ベネズエラ崩壊は「対岸の火事」か?「管理主義」が招く日本の医療崩壊

アメリカによる電撃的な介入と報じられ、ベネズエラのマドゥロ大統領夫妻が拘束・連行されたとされる一連の動きが、世界に波紋を呼んでいる。

その背景には、チャベス前大統領時代からの過剰福祉政策による経済的困難と、国民の困窮があることが指摘されている。そして、今回の事件は少なからぬベネズエラ国民に歓迎されている、ということも議論の的となっている。

この論考は、アメリカの介入に対する是非はあえて問わず、その背景となったベネズエラの社会主義的過剰福祉政策の問題について論じ、翻って日本の福祉政策と比較しながら今回の事件をまさに「対岸の火事」とせず、せめて他山の石として日本の政策分析に活かせないか、という試みである。

前提として、ベネズエラの崩壊は石油依存、為替統制、強権政治などが複雑に絡み合った結果であることは論を待たない。しかし、本稿ではあえてその根幹にあった「医療福祉政策」の構造的欠陥に焦点を絞って論じる。筆者は国際政治に関しては門外漢であるため、その点はご承知おきいただきたい。

「善意」が招いたベネズエラの悲劇

まず、大雑把にチャベス、マドゥロ両大統領によりベネズエラがどうなったか、を概観しておく。

チャベス大統領が掲げた「21世紀の社会主義」は、豊富なオイルマネーを原資とした極端な再分配政策の上に成り立っていた。貧困層への現金給付や住宅の無償提供などは、一時的に熱狂的な支持を集め、貧困率の数字上の改善をもたらした。

しかし、産業構造の多角化を伴わない砂上の楼閣は、原油価格の暴落とともに崩れ去った。後を継いだマドゥロ政権下でも失策を重ね、ハイパーインフレと物資の枯渇が常態化し、かつて南米有数の豊かさを誇った国は、極度の貧困が社会問題化する事態へと転落した。

政治的腐敗、独裁化、治安の悪化など、この両大統領が招いた惨禍は枚挙にいとまがない。だが前述の通り、本稿では医療福祉政策における致命的な失策のみを抽出して論じる。

ベネズエラ医療崩壊、5つの失策

ベネズエラの医療福祉政策における代表的な失策を集約すれば以下のようなものとなる。

1. 地域医療ミッション「ミシオン・バリオ・アデントロ」  国内医師会の排除と石油バーター取引によるキューバ人医師の大量導入、および国内医療育成への投資停滞による自国供給体制の空洞化。

2. 憲法による「医療の完全無償化」  不安定な原油収入に依存した憲法上の完全無償化規定、および価格暴落による財政破綻と施設の維持管理不能によるインフラの物理的崩壊。

3. 医薬品の公定価格統制と外貨割当規制  「公正価格法」に基づく原価割れの価格統制と外貨割当制限、および民間事業者の採算悪化による撤退と必須医薬品の市場消滅。

4. 実質賃金低下による医療人材の国外流出  ハイパーインフレ進行に伴う実質賃金の崩壊、および数万人規模の医療従事者国外流出によるソフト・ハード両面の供給能力喪失。

5. IDカード「祖国カード」による受給管理  電子IDを用いた医療・食料配給と政権支持の紐付け、および社会保障の「国民の権利」から政権への「忠誠の対価」への変質。

日本で進行する「5つの類似点」

いずれも既視感のあるような政策、状況であるが、これらを詳述するよりも、実際の日本の政策を見直すことが理解を早めるだろう。そのうちいくつかをみていこう。

1. 公定価格制度(診療報酬・介護報酬)  物価上昇局面における価格統制の強行による市場調整機能の麻痺と、それに伴う医療・介護事業者の経営体力剥奪および供給体制の破壊。

2. 低負担の受療制度(高齢者1割負担・こども医療費助成)  受益と負担の分離による利用者コスト意識の希薄化と、医学的必要性の乏しい過剰需要(モラルハザード)の構造的定着。

3. 高齢者偏重の社会保障給付  シルバー民主主義に基づく特定層への利益誘導と抜本改革の先送り、および現役世代への一方的な負担転嫁による世代間不均衡の固定化。

4. 赤字国債と保険料増額による財源調達  経済成長なき歳出拡大を国債と保険料引き上げでファイナンスすることによる、将来世代へのツケ回しおよび現役世代の実質的な貧困化。

5. 補助金による病床機能の維持  市場原理による自然淘汰と再編の阻害、および補助金投入による非効率な供給体制の「ゾンビ化」と延命構造の温存。

一度始めたら止まらない「不可逆性」の罠

いかがだろうか。これらベネズエラ、日本の政策に共通する最も恐ろしい点は、「一度始めた低負担・無償化は、政治的に後戻りができない」という不可逆性にある。

目先の利益を国民に示すことで短期的な支持は獲得できるが、それを是正する政治コストは極端に高い。結果、公平性と持続可能性が失われていると知りつつも、破綻するまで先送りが選ばれ続ける。

さらに根深い問題が、「国が管理することで上手くいく」という設計主義、管理主義的な思想であろう。

高市政権下で加速する「管理主義」

ここで現在の高市首相の政策についても見ておこう。これは単なる「福祉政策」というよりも、国家による市場への介入、すなわち「管理主義」の強化という、大臣時代からの一貫した文脈で捉える必要がある。

【経済安全保障担当大臣時代】

2022年:経済安全保障推進法の成立  市場原理に代わり、国家がサプライチェーンに直接介入し、企業を管理する法的根拠の確立。

2023年:抗菌性物質製剤(抗菌薬)の「特定重要物資」指定  民間が撤退する不採算事業に対し、安全保障を理由に国費を投入して維持させる「国策民営」モデルの適用。

2024年:医師の働き方改革(罰則付き労働規制)の完全施行  地域医療の需給よりも国が定めた統一基準を優先し、違反管理者に刑事罰を科す厳格な労務管理体制への移行。

【高市首相時代】

2025年:プライマリーバランス黒字化目標の事実上凍結  財政規律を棚上げし、社会保障費の削減を行わず、国債発行(将来へのツケ)で現状維持を図る路線の固定化。

2025年:重要医療機器(人工呼吸器等)の国家買い上げ制度化  平時の需要がない機器の生産ライン維持費を国が負担し、産業構造の一部を事実上国営化して競争から隔離。

2026年:「国土強靭化」を名目とした公立病院統廃合の凍結  災害対策を理由に不採算病院の救済・存続を正当化し、強靭化予算を充当することで非効率な供給体制を温存。

2026年:全医療法人の経営情報データベース化の完了  改正医療法に基づき、民間医療機関の財務・給与情報を国が完全に把握・監視する体制を敷き、統制を強化。

これらは個別には合理性を持つ政策も多いが、全体として見た場合、国家による直接管理の比重が着実に高まっている点は看過できない。

問題意識、解決する方向性に関しては頷ける面もあるが、一貫しているのは国家による介入によって改善を図ろうとする設計主義、管理主義的な姿勢である。

目的の正しさは政策の正しさを証明しない。もう一度、ベネズエラの医療福祉政策を見ればわかるが、どれも動機(国民救済)は正しい。しかし、現実に起こったのは、財源を伴わない机上の空論が破滅へと導いた、という悲惨な結末である。

「東洋のベネズエラ」と呼ばれないために

もちろん、日本には自国通貨建ての国債消化能力や、過去の蓄積による社会的な安定性があり、ベネズエラのように明日破綻するわけではない。しかし、問題は「同じ結末になるか」ではなく、「同じ歪みを積み上げているか」である。

現在、高市政権は空前の高支持率を維持している。その支持を背景に行なっているのが、管理主義的傾向を強めた医療福祉政策である。これを見てチャベス、マドゥロの辿った道を重ねてしまわない方が不自然だろう。

「対岸の火事」を見て今一度、日本の福祉政策を見直し、他山の石とすべき機会であるのは間違いない。

日本が将来、「東洋のベネズエラ」と呼ばれないためにも。


編集部より:この記事は精神科医である東徹氏のnote 2026年1月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は東徹氏のnoteをご覧ください。