日本ではこれまではどこの中高にも吹奏楽部が当たり前にあり、吹奏楽部の話が漫画やアニメに登場することも当たり前でした。学校では合唱コンクールがあるのが当たり前で、クラスの多くの子が何らかの学級活動をやっていると言うのも普通の光景でした。
しかしそれもそろそろ終わりになっているというニュースを目にしました。
【参照リンク】吹奏楽部の危機…少子化と教員の働き方改革で揺れる学校現場「部員数が減って部活が成立しない」「お金も場所も足りない」
吹奏楽専門誌『バンドジャーナル』(音楽之友社)によれば、中学校の吹奏楽部のメンバーは少子化もあってどんどん減りつつあり、また部活指導が教員の大きな負担になっているので部活動を地域クラブに移そうと言う話もあるのですが、吹奏楽の場合は演奏する場所や楽器が必要なためになかなか難しいという話です。
paylessimages/iStock
そして吹奏楽部が地域クラブでの活動になった場合は、セキュリティーの問題やコストで学校の音楽室を練習に使うことが難しくなるのです。
またこれまでは学校が提供していた楽器も管理やコストの関係で使えなくなるでしょう。
私はとうとう日本にも部活で吹奏楽や音楽関係の活動ができなくなる時期が来ているのだなと感じました。
なぜなら私が住んでいるイギリスでは、日本のように公立の学校に通う生徒が吹奏楽や音楽に触れる機会というのが非常に限られているのです。
そもそも日本のように教員が無料で指導する部活というのがどこの学校にもあるわけではありません。
教員の労働工数の管理は日本よりはるかに厳しいですから、授業が終わった後に部活動を無償で指導するという事はありません。
では生徒たちはどこで音楽をやっているのかというと、はっきり言うと公立の学校に通ってしまうと日本のように吹奏楽やクラシック音楽を部活でやるとか音楽の授業で触れるということがほぼ不可能です。
予算削減で音楽の授業は本当に触りしかやらないとかほぼ無い学校も少なくありません。そもそも学校に楽器や音楽室がないのです。
小さい頃から吹奏楽や管弦楽をやる生徒というのは私立の学校に通っており、学校の授業内で音楽の授業が週に2回以上あったり、その上で学校で授業中に個人レッスンを受けている生徒だけになります。
公立の生徒の場合は保護者にやる気があれば外部のグループレッスンや個人レッスンに通うこともありますし、学校によっては専門の音楽講師を招いて格安でレッスンを受けられる場合もあるのですが全部の学校ではありません。
しかし私立の学校のように管弦楽や吹奏楽のクラブは無いのです。
しかも日本と違って外部の音楽教室も数が非常に限られています。
これは何故かと言うと日本のようにヤマハや河合楽器のように音楽教育を早く大衆化し産業にした楽器メーカーがないからです。
全国チェーンの教室はありませんから、オーケストラに所属している先生などを個人で探してきて授業を受けるほかありません。しかしそういう個人の教室の場合は教える場所が限られています。
日本と違って立派な公民館や市民ホールは非常に少ないので、場所を借りることが困難です。公立や私立の学校の場所を借りることも不可能ではないのですが、費用も安くはなく、ウィークデイは学校で使っていますし、管理の問題もあって借りることができません。
週末に借りることになりますが、そうすると他の習い事とバッティングしてしまうのでなかなか予約を取ることができません。賃料が安い場所は治安が悪いので受講者が通うことが難しく、楽器を置いておくことができないのです。街中には楽器を置ける貸しスタジオや貸しオフィスは少なく、日本のように自治体が提供する激安の公営の場所もほとんどありません。
したがって音楽に触れる機会というのに大きな格差があり、公立に通う生徒はその多くが管弦楽や吹奏楽に一生触れることがなく終わります。
ですから日本のように全国の学校が参加するような管弦楽や吹奏楽の大会がありません。大会はあっても参加するのは私立の学校が大半です。
私立の学校の場合は特に歴史的なところは学校の敷地内に大変立派なチャペルやホールがあり、定期的に音楽会が開催され、楽器は個人レッスンです。
したがってイギリスだけではなく他の先進国の人々は日本では公立の学校で吹奏楽部があったり、合唱コンクールが開催されることにとても驚くのです。そして日本では楽譜を読めることが当たり前の人が多いのですが、それも他の国では当たり前ではありません。楽譜を読むスキルというのは特殊なスキルで、ある意味エリート向けの学習なのです。
公立の学校の教育がどんどん薄くなっているので、日本でも音楽教育はこのように大きな格差が生まれるようになるでしょう。
【関連記事】
■
世界のニュースを日本人は何も知らない7 フェイクだらけの時代に揺らぐ常識