衆議院選挙が、自民党の大勝で終わった。「奇襲選挙」とも描写されているが、「奇襲」そのものは、狙い通りであった。自民党は、初の女性首相の高市氏に擁立し直し、刷新したイメージで支持率を上げたところで、政策の成果等が見える前に、急ぎ解散・選挙を行った。首相は、予定された討論会の類は欠席し続ける一方、SNS等の広告には1億回再生などの雰囲気で、徹底してイメージ中心の短期の選挙戦を主導して、勝ち切った。
高市首相 自民党HPより
私は、昨年7月に、「日本政治はいよいよ本格的な流動化の時代に入ったか」という題名の記事を『アゴラ』に書いた。多数派を獲れる政党が生まれないまま、複数の連立のパターンが摸索される流動性の高い状況について書いたものだった。
疑問形の題名にしたとはいえ、当時の私の現状認識は、間違いであったことになった。自民党の徹底したイメージ戦略選挙が、状況を覆した。
もっとも流動化を作り出している状況の分析そのものは、私の分析と、自民党の広報担当(あるいは自民党が雇った広告代理店)のそれとは、同じだったようだ。自民党の課題は、高齢者層に支持者が偏ってしまったことなので、現役層への切込みが必要だったことだ。また、自民党の最大の強みは冷戦期から日米同盟体制を運営してきた政権党であったことなので、石破政権時代のように、そのイメージが弱まると不利になるので、立て直しが必要だった。
55年体制が崩れた冷戦終焉後の全般的な流動性の高い状況の中で、自民党が安定した支持基盤を確保したのは、二人の首相、つまり小泉純一郎氏と安倍晋三氏の下においてであったが、二つの要素が共通していた。一つは、徹底して親米路線をとって特にアメリカの大統領との個人的な親密さをアピールしつつ、日米同盟さえあれば日本の安全保障は安心していい、というイメージを作り出すことであった。第二は、経済低迷に苦しむ現役層に対して、経済政策の「改革」を断行する姿勢をアピールし、それによって経済状況が改善されるようなイメージを作り出すことだった。
今回の高市首相も、小泉氏や安倍氏を凌駕する徹底度で、親米路線を強調し、経済政策「改革」のイメージを振りまいた。冷戦終焉後の時代の二度の「例外的」な自民党長期政権のパターンを踏襲する王道路線をとり、功を奏したことになる。
ただ、上記の二つのアピールを実質的内容を伴った形で行うのは、過去2度の「例外的」な時代と比しても、非常に厳しくなっている。
アメリカとの関係について考えてみよう。小泉内閣の時代は、アメリカの「一極支配」が懸念されるほどの圧倒的な国力を、アメリカが持っていた。ブッシュ政権との蜜月関係は、アフガニスタンやイラクをめぐる失敗に付き合わされる苦渋を日本外交にももたらしたが、当時のアメリカの圧倒的な国力を考えると、合理性の度合いは高い、つまり、いずれにせよ消去法では選択せざるを得ない政策姿勢であり、小泉首相の外交姿勢で日本が多大な不利益を受けた、とまでは言えないものであった。
安倍首相が第二次政権を組閣したのは、オバマ大統領の時代で、平和安全法制を通じた日米同盟強化の努力を、穏健に評価してくれる人物であった。平和安全法制そのものは、非合理的な性格が残っていた日米同盟の運営体制を、制度的に整理するもので、当初は反対運動も根強かったとはいえ、内容的には納得感を国民に感じさせることができるものだった。なんといっても、超大国として台頭しつつあった中国に対する抑止体制の整備について、日米間で見解の相違がなかったことが大きい。トランプ大統領が登場した後は、安倍首相は、もっぱら平和安全法制の成果を強調することによって、日米関係の安定を図った。
現在のトランプ第二期政権の性質や、日本を取り巻く国際環境は、過去に2回の「例外的」時代とは、異なっている。トランプ大統領は、同盟国の防衛費の5倍増を要求する態度を強調している。その背景には、累積した巨額のアメリカの財政赤字と貿易赤字の事情がある。防衛費の大幅増加の内実を、アメリカの兵器産業が潤うものにしなければ、トランプ大統領を満足させることができない。この状況は、過去2回の「例外的」時期と比して、非常に厳しい。しかも中国の経済力・軍事力の規模が圧倒的に大きくなっている。西太平洋地域におけるアメリカの軍事的・経済的優位は、中国に深刻に脅かされている。もはや日米同盟さえあれば、日本の安全保障は安心だ、と言える状況ではない。アメリカは、不足分は日本の防衛努力の強化によって補うべきだ、という態度を明確に打ち出しているが、やはり巨額の財政赤字を抱える日本が、そのような防衛負担に耐えられるのかは、未知数だ。中国との関係改善が難しいという問題の負担も、日本の外交政策には重すぎる。
高市首相は、こうした困難な事情を全て捨象し、自分はトランプ大統領と親密で、日米同盟さえあれば中国との関係が悪化しても大丈夫だ、という「世界の真ん中で咲き誇る日本外交」イメージ戦略で、選挙を乗り切ってしまった。ある意味で狡猾だった。だが、内実の乏しいイメージ選挙を行ってしまうことの責任の重さを感じ取るタイプの人物であったら、耐えられなかっただろう。
経済政策については、さらに評判が悪いことは、ここで指摘するまでもない。「行き過ぎた緊縮志向からの脱却」路線は、経済学者にほとんど意味不明の扱いを受けている。そもそも高市首相に経済政策と呼べるものがあるのか、疑問だ。これは郵政改革のような政府機構の改革を通じた新自由主義的政策を推進しようとした小泉氏や、アベノミクスのスローガンで知られる実際に存在していたデフレからの脱却を目指す一連の経済政策をとった安倍氏の場合と比しても、高市首相の経済政策の空虚感は、印象深い。過去2度の「例外的」首相の時代には、賛否両論があったが、確かに経済政策の考えがあった。今、高市首相の「責任ある積極財政」が何なのかを、体系的に説明できる者は、ほとんどいないのではないか。これもやりたり、あれもやりたい、これはダメ、あれはやめておこう・・・、というものはあったとしても、体系的な経済政策の考えがあるようには見えない。
そもそも日本の経済情勢・財政事情は、年々深刻度を増しているのであり、過去2度の「例外的」時期と比しても、厳しい政策を目指さなければならない必要性は増しているはずだ。それがバラ色の未来だけを語るイメージ戦略の選挙で乗り切ってしまったのだから、大変なことである。これもやはり、高市首相が、内実の乏しいイメージ選挙を行ってしまうことの責任の重さを感じ取るタイプの人物であったら、耐えられなかっただろう。
こうした事情を鑑みて、高市政権は、仮に選挙で大勝しても、現実の厳しさに直面して、短命で終わるのではないか、といった予測をする方もいらっしゃるようだ。これは仮に選挙で自民党が大勝しても、やはり政局そのものは流動的なままだろう、という予測だとも言える。
しかし選挙で大勝した後、政権を放り出すことなど、自民党の政治家たちが許すはずがない。万が一の場合に、自民党の中で総裁/首相をたらい回すような事態になるとしても、本当の意味での政権交代は、約4年間行われないはずだ。
政策的には流動しても、政局は流動しない。それは良いことなのか、悪いことなのか。
実は、あまり良いことではない可能性がある。仮に政策の破綻が明らかになっても、政権交代の選択肢がないとしたら、むしろ最悪だ。
果たして、イメージ先行で選挙に大勝したが、現実には政策的な内実を持たない政権が、4年間にわたる長期の国政運営を委ねられると、いったいどうなるのか。
日本は、新たな危険な実験の時代に突入したのだと言える。
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