日本の安全保障・経済安全保障の根幹、科学技術を発展させる「技術安全保障」とは(藤谷 昌敏)

filo/iStock

政策提言委員・金沢工業大学特任教授 藤谷 昌敏

「技術安全保障」はなぜ重視されるのか

安全保障とは、「国家・社会・個人が脅威から守られ、望ましい状態を維持できるようにするための仕組み・政策・考え方の総体のこと」を言う。伝統的には軍事的脅威から守ることを指していたが、現代では「軍事攻撃(武力紛争、侵略)」「経済的圧力(制裁、資源依存)」「サイバー攻撃」「テロリズム」「パンデミック」「気候変動・自然災害」「重要インフラの破壊・停止」「情報操作・世論工作(認知領域)」「金融」「医療」など幅広い脅威が問題となっている。

中でも、昨今、関税・輸出規制・市場アクセスなどの経済手段を外交・安全保障の圧力として使う、いわゆる経済の武器化が増えたことや、コロナ禍やウクライナ戦争の教訓によって、サプライチェーンが簡単に途絶することなどが明らかになったことで「経済安全保障」(Economic Security)が重視されるようになった。

そして経済安全保障とともに重視されるようになったのが、「技術安全保障」である。これは、「国家の安全保障や経済安全保障にとって重要な科学技術を、外部流出・悪用・依存リスクから守りつつ、戦略的に育成・活用するための政策領域」のことを言う。

科学技術が国家間のパワーバランスを決めるようになった現在、技術は、政治、経済、軍事、外交、産業など様々な分野を決定づける。これまでのように技術を民間任せにするのではなく、国家がある程度コントロールする「技術安全保障」という戦略的取り組みが必要となったのである。ではなぜ、これほど技術安全保障が取り上げられるようになったのであろうか。具体的には、次のような理由があるとされる。

第1に現在の安全保障の概念は多様化しており、軍事安全保障だけではなく、経済安全保障、人間の安全保障 、サイバー安全保障、環境安全保障など様々な安全保障政策がある。国家の安全保障は軍事と外交が核心であり、国家の独立、領土、国民の生命・財産、社会の安定、経済活動などを軍事的脅威、テロ、サイバー攻撃、自然災害、感染症、経済的圧力などから、守ることがその根幹であり、いずれも科学技術を抜きには語れない。

第2に経済安全保障は、国家の存立に不可欠な技術・物資・インフラを外部依存から守る枠組みであり、日本では経済安全保障推進法により制度化が進むが、中国によるレアアース規制など依然として運用面の課題が大きい。技術は部材・装置・ソフトウェア・人材の複合体であり、各サプライチェーンの強靭化に欠かすことができない。

第3に技術覇権競争(Techno-geopolitics)は、米中対立を中心に、技術が外交・軍事・経済のパワーを左右している。特に半導体、AI、量子は覇権競争の中核であり、日本も半導体ファウンドリーTSMC(台湾)の誘致やラピダス(日本)を設立するなどの施策を次々に立ち上げている。

第4にデュアルユース化と境界の消失という問題がある。以前は民生技術は軍事技術のスピンオフでしかなかった。民生技術が軍事転用される速度が加速し、従来の外為法による輸出管理や軍事規制では対応が困難になっている。

現代の日本が抱えるリスク

我が国は、科学技術の先進国として、名実ともに戦後世界を引っ張ってきた。だが、バブル崩壊とともに「失われた30年」という停滞期に入り、中国や東南アジア諸国の躍進も相俟ってその輝きは失われてしまった。

ここでは現代日本の科学的リスクを簡単に整理してみる。

  • バブル崩壊以降、研究者の海外流出、企業買収による技術移転、大学研究の管理不足による技術流出などが慢性的に発生しており、日本のR&D投資はGDP比で主要国に劣後し、国の科研費の不足などから大学の基礎研究力が低下している。
  • 半導体製造装置や素材など一部強みがあるが、最終製品やプラットフォーム領域では競争力が低下している。かつての主力製品だったパソコンや家電製品などは、既に中国企業に移転され、自動車(EV)や鉄鋼などの過剰生産により国内企業は圧迫されている。
  • 米国が「国防高等研究計画局」(DARPA)を設立し、軍事的・国家安全保障上の技術革新を推進して、インターネット、GPSなどの革新的技術を生み出す中、日本は省庁縦割りと短期予算が障害となり、長期的な技術戦略が立てにくい。それに伴い、同盟国との技術協力は進むが、制度・人材交流・共同研究の規模はまだ限定的にとどまる。

リスクに対応する「技術安全保障」

① 国家が特定する「重点技術領域」の明確化と積極的な国家投資

半導体(先端・成熟ノード、パワー半導体)、量子技術(量子計算、量子暗号、量子センシング)、AI(基盤モデル、エッジAI、AIセキュリティ)、バイオ(創薬、ゲノム編集、バイオ製造)、宇宙(衛星コンステレーション、ロケット、宇宙利用)、先端材料(レアアース代替、炭素繊維、次世代磁性材料)、サイバーセキュリティ(ゼロトラスト、重要インフラ防護)など国家存立に不可欠な領域を明確にし、中長期的な継続投資を図る。

② 大学・研究機関の技術流出防止体制の強化

共同研究において、秘密管理規定とアクセス権管理が不明確なことがあり、相手の研究機関に技術が漏洩することがある。産学連携の管理能力の差があり、セキュリティの脆弱な組織から技術流出のリスクが高まる。また技術移転禁止の契約書の見直しや徹底を図り、研究者の国際流動化による技術移転などを防止する。

③ 産業基盤の再構築と人材育成

製造業の国内回帰を促進し、半導体、蓄電池、造船など重要部材・装置の国内生産能力を維持する。中小企業の持つ希少技術の発見と技術継承支援を促進する。米国のCFIUSのような外国企業による投資・買収を安全保障の観点から審査する強力な制度を設立する。また、研究者の待遇改善や技術者の育成を強化し、セキュリテイクリアランスを活用する。

日本が今後も国際社会で存在感を維持するためには、技術を単なる「経済の道具」ではなく、「国家の基盤」として扱う発想転換が不可欠である。そのためには、政府・企業・大学・国民が一体となり、技術を守り、育て、世界に展開する総合戦略を構築する必要がある。「技術安全保障」は、技術立国日本を再び取り戻し、強靭な民主主義国のリーダーとして世界平和に貢献するために是非とも必要とされるものなのである。

藤谷 昌敏
1954(昭和29)年、北海道生まれ。学習院大学法学部法学科、北陸先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科修士課程卒、知識科学修士、MOT。法務省公安調査庁入庁(北朝鮮、中国、ロシア、国際テロ、サイバーテロ部門歴任)。同庁金沢公安調査事務所長で退官。現在、経済安全保障マネジメント支援機構上席研究員、合同会社OFFICE TOYA代表、TOYA未来情報研究所代表、金沢工業大学特任教授(危機管理論)。


編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2026年2月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。