静かな退職の次は静かな休暇…プロ化するサボりの手口

黒坂岳央です。

海外から輸入された「静かな退職」。なんとその次が「静かな休暇」というものがあるらしい。

米国で話題になっていると聞けば、いかにも時代の最先端の概念に思えるが、その実態は驚くほどチープである。静かな休暇とは、要するに「リモートワークで働いているフリをして、実際にはこっそり休む」というものである。

「マネジメント出来ない会社が悪い」といった意見があるが、筆者は違った考え方を持っている。持論を述べたい。

maroke/iStock

有給を申請せず、こっそり休む

静かな休暇と普通の休暇、その最大の違いは「会社に申告して休んでいるか」「勤務していると偽って休んでいるか」にある。

休みたければ有給を取得するか、週末に堂々と休めばいい。だが、それではもったいない。せっかくなら給料をもらいながら休みたい、と考える人が一定数いる。

静かな休暇を具体的にいうと、旅行先にいながらWeb会議に出たり、Slackのステータスをオンラインに保ったり、キーボードを叩いて稼働しているように見せたりする例が挙げられている。

これはワーケーションのような「場所を変えて働く」話ではない。むしろ「勤務していないのに勤務しているように見せる」行為である。一部の人からは「要領がいい」「管理しない会社が悪い」「搾取への反抗」という意見があるようだ。

静かな休暇は単なる賃金詐欺

筆者から言わせればこれは新しい働き方ではない。単にリモートワークを悪用したサボりであり、企業の視点から見れば賃金詐欺と同じである。

No work, no payという言葉の通り、労働の対価として賃金が支払われる以上、働いていないなら受け取るべきではない。会社が悪い、制度が悪い、文化が悪いと他責にしているだけである。

ではなぜ、今になって米国でこの概念がバズっているのか。理由は「先進的」などではなく、「バレにくくなった」からである。

リモートワークの普及によって、労働者は物理的に席に座る必要がなくなった。すると当然、サボりも進化する。オフィスなら机にいなければ一発で分かるが、リモートなら「オンラインの緑ランプ」と「数回の返信」だけで稼働しているように見せられる。監視が弱くなった場所では不正が増える。これは人間の性である。

加えて、米国は近年レイオフが日常化した。職を失う恐怖がある一方で、燃え尽きも広がっている。休みたいが休みづらい。そこで「休暇を申請せずに休む」という歪んだ解が出てくる。

繰り返すが、こうした辛い事情は理解できなくはないが、まったく正当化はできない。

日本ではずっとあった静かな休暇

日本では「静かな休暇」という言葉はそこまで浸透していない。しかし実態としてその歴史はむしろ、他国より長いと思っている。

日本には元祖・静かな休暇がある。窓際族である。かつての企業には「Windows2000(窓際族で年収2000万円)」があった。そこまで高給でないにしろ、仕事がないのに会社にいる、資料を眺めるフリをする、会議に出て頷くだけで終わる。

要するに、出社型の“働いている感”である。静かな休暇は、それがリモートに移植されただけである。「生活残業」という言葉もあり「会社が給与を出さないのが悪い」と開き直る風潮もあるが、これも弁解になっていない。

安いと思うなら高い場所へ転職すればいいだけであり、それが出来ない市場価値がないことを改善するべきだ。サボりで取り戻そうとする発想はズレていると感じる。

「静かな休暇」が企業からなくならない理由

厄介なのは静かな休暇が「成果が見えにくい職種」で起こりやすい点である。

事務、企画、管理、社内調整などは、成果が定量化しにくい。だからこそ、働いているフリが成立しやすい。企業が成果指標を設計できない限り、静かな休暇はなくならない。

一方で、成果が出ている人に対して過度な監視をすると、優秀層から辞めてしまい、監視を強めれば全体の生産性は落ちる。企業はこのジレンマに直面している。

一方で静かな休暇の概念が存在しない世界もある。それは「完全成果報酬」の仕事だ。この場合、報酬は結果に対して支払われるので、サボろうが苦労しようがAIやプログラミングで自動化しようが、手作業だろうが一切関係ない。価値のある成果物が全てである。

たとえば、営業職には昔から「外回り」という万能の隠れ蓑がある。成績がよければ喫茶店で時間を潰しても、顧客訪問と言えば許される場面もあった。

筆者は企業から書籍や記事の執筆、テレビ出演、講演依頼の仕事を頂いている。相手から求められているのは「サボらず真面目に頑張ること」ではない。「納期までに報酬以上の価値を出すこと」だけである。

だから独立後は、「静かな休暇」という発想そのものが入り込む余地がなくなった。成果物が出なければ即座に信用を失い、次の仕事は来ない。外注とはそういう世界である。

一方で、会社員の頃を思い返せば、金曜日の午後に疲れが溜まり、退社時間までダラダラと仕事をして「時間が過ぎるのを待つ」瞬間がゼロではなかった。これは筆者だけではないだろう。

つまり、静かな休暇が発生しやすいのは、個人の倫理の問題というよりも、「時間を切り売りする報酬形態」が持つ構造的な弱点である。サラリーマンの月給制も本質的には時給労働である。

しかし、ここで勘違いしてはいけない。構造が誘発しているからといって、欺いて給料を受け取ってよい理由にはならない。静かな休暇は、どれだけ言い訳を重ねても「勤務していると偽って賃金を受け取る行為」である。正当化はできない。

結局のところ、静かな休暇は昔からあるサボりのリモート版である。新しいのは行動ではなく、それを正当化する言葉である。静かな休暇とは、静かな賃金詐欺なのだ。

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なめてくるバカを黙らせる技術」(著:黒坂岳央)

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働き方・キャリア・AI時代の生き方を語る著者・解説者
著書4冊/英語系YouTuber登録者5万人。TBS『THE TIME』など各種メディアで、働き方・キャリア戦略・英語学習・AI時代の社会変化を分かりやすく解説。

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