1990年代は、私の人生にとっても激動の時期だった。1993年にサラリーマンをやめて大学院に入ったのは個人的な理由もあったが、バブル崩壊と政権交代という出来事を取材して、日本社会が大きく変わると感じたからだ。
その変化は予想以上に大きく、かつての経済大国が10年余りで「衰退途上国」と呼ばれるようになった。その一つの原因は、政治の混乱が続いたことだ。自民党政権が倒れたが、その後の政局は不安定で、経済的なカオス状態を増幅してしまった。

細川内閣は小沢一郎のギャンブル
1993年6月18日、宮沢内閣の不信任案が可決された歴史的瞬間を、NHKで国会中継を担当していた私は、現場の中継車で見ていた。自民党政権が終わるとは誰も思わず、ぎりぎりまで落とし所をさぐると思っていた。
「本会議が始まる」と聞いたとき、中継車ではどよめきが起こった。それは宮沢内閣不信任案が提出され、可決されることを意味していたからだ。小沢一郎のひきいる「改革フォーラム21」が不信任案に賛成票を投じたとき、議場では大きな拍手が起こった。38年間続いた自民党政権が倒れたのだ。
このときサラリーマンをやめるかどうか迷っていた私は、やめる決意をした。自民党を離党するという大きなリスクを取った小沢の行動に感銘を受け、リスクを取らないと何も得ることはできないと感じたのだ。
その後の歴史はよく知られている通りである。小沢の一世一代のギャンブルは当たり、解散・総選挙で非自民連立政権ができ、細川内閣が生まれた。そこまでは順調で、小沢が日本の政治を大きく変えると多くの人が期待した。
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