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正直に言う。私は自分の子どもを責めそうになる瞬間が、いまだにある。昨夜もそうだった。娘のランドセルの連絡帳袋を開けたら、せっかく一緒に仕上げた宿題がそのまま入っていた。
「発達障害・グレーゾーンかもしれない親の子育て」(中村郁 著)かんき出版
提出していない。持っていったのに、出さずに持って帰ってきた。「なんで……」と、喉の奥まで言葉が出かかった。でも、飲み込んだ。
口を手で覆って、グッとこらえた。大げさに聞こえるかもしれないが、本当にそれくらいしないと出てしまうのだ、責める言葉というやつは。
私には発達障害がある。だから知っている。責められることの破壊力を、身をもって知っている。
失敗した時点で、もう十分に落ち込んでいるのだ。自分でもわかっている。「またやってしまった」と。そこにさらに「なんでできないの?」と追い打ちをかけられたら、心は地の底に落ちる。比喩ではなく、本当に落ちる。元気な自分に戻るのに何日もかかる。ひどいときは何週間も。
発達障害を持つ人間には「反芻思考」というやっかいな癖がある。失敗するとグルグルと同じことを考え続けてしまう。普通の人よりも自分を責めすぎる。そして自責の念にかられると、本来できるはずのことまでできなくなる。負のスパイラル。わかっていても止められない。
だからこそ、私は自分に言い聞かせている。「しゃあない! しゃあない!」と。
失敗したことは、もうどうしようもない。どれだけ自分を責め続けたって、何も良くならない。同じことを繰り返さないように工夫すればいい。それでもまた繰り返してしまったら? そのときにまた考えればいい。それだけの話だ。
で、ここからが大事なんだけど——「自分を責めない」を徹底していると、不思議なことに子どもへの態度が変わってくる。自分の失敗を許せる人間は、子どもの失敗も許せるようになる。当たり前と言えば当たり前なのだが、これが実感としてわかるまでに、私はずいぶん時間がかかった。
話を昨夜に戻そう。宿題を出し忘れた娘に、私は「明日からは忘れずに提出しようね」とだけ伝えた。そして連絡袋に大きくマジックで「宿題はぜったいに出そうね!」と書いた。
……まあ、これで忘れたらもう知らん(笑)。
でもたぶん大丈夫。責めなかったから、娘は委縮していない。「次は出す」と自分で思えている。それでいい。
責めるのではなく、「どうしたらうまくいくか」を一緒に考える。失敗を叱る材料にしない。次のチャレンジのきっかけにする。言葉にすると簡単だが、これがどれほど難しいか。特に疲れているとき、余裕がないとき、自分自身が落ち込んでいるとき。
ちなみにこの「責めない」ルール、夫婦間でも結婚当初から決めている。お互いに発達障害の特性があるとわかっているからこそ、だ。
もし子どもの頃から「責められ続ける」環境で育ったら、その子の人生はどうなるだろう。考えただけで胸が痛い。というか、自分がそうだったから痛いのだ。
だから私は、口を手で覆う。何度でも。
※ ここでは、本編のエピソードをラノベ調のコラムに編集し直しています。
尾藤克之(コラムニスト、著述家、作家)
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