イスラエルとアメリカによるイランへの攻撃、とくに、指導者層を皆殺しにしようとするようなやり方は、いかなる意味においても容認できず、世界史的な暴挙であろう。
世界の指導者がトランプ大統領を批判する中で、高市首相だけが孤立してトランプ大統領に何のブレーキもかけないことは、世界への恥であろう。イタリアのメローニ首相ですらトランプ大統領には手厳しい。高市首相本人は「東の高市・西のメローニ」気分だが、このふたりはまったく違う。
そんななかで、中道改革連合の伊佐進一広報委員長が、「予算委員長 坂本哲志君解任決議案 趣旨弁明」(3月13日)のなかで行った演説が話題になっている。保守系の「自称愛国者」とどちらが愛国者らしいか明瞭であろう。
日米同盟が大事であることは言うまでもありません。しかし、攻撃した側には一言も諫めることなく、攻撃された側にだけ鎮静化を求めることは、日本政府として正しい対応なんでしょうか。
我が国とイランは歴史的に見ても長い交流の歴史があります。先進国の中でも重要なパイプ役になり得る。戦後に海外石油会社が暴利を貪るなか、出光興産の創業者・出光佐三さんは、重量18000トンのタンカー「日章丸」を建造しました。イランに対して戦勝国だったイギリスと対立して手を差し伸べる国はありませんでした。しかし、イラン経済が干上がる寸前に日章丸はイギリスの包囲網をかいくぐり、イランに到着し、ガソリンと軽油を大量に買い付けました。当時イラン国民は大歓迎で迎えたそうです。
敗戦で自信を失っていた日本国民も戦勝国イギリスを敵に回してのこの出来事に、強く勇気づけられたそうです。東日本大震災にあたっては、各国大使が日本を離れる中でアラグチ大使(現外相)は、日本に残り続けて炊き出しのボランティアを行ってくださったこともよく知られています。こうして日本と独自の歴史を築いてきたイランとの関係で、日本が果たすべき役割は大きいと思われます。
しかし、残念ながら、この国会では外交・安全保障をテーマにした集中審議は一度も開かれませんでした。立法府として混迷を極める世界情勢の中で、日本の舵取りをどう進めていくのか。本来であれば、もっと充実した審議が必要だったと思います。
また、伊佐氏は党のHPなどで、次のようにもいっている。
今回の米国・イスラエルによるイラン攻撃を、日本政府は国際法上どのように評価するのか。本来なら、そこを明確にしなければならなかったはずです。なぜなら、その評価こそが、今後日本が米国とどう向き合うのか、機雷が敷設された場合にどう対応するのか、ペルシャ湾にいる日本関係船舶をどう支援するのか、そうした具体的判断の土台になるからです。にもかかわらず、高市総理は法的評価を示さず、まずトランプ大統領と会って米国の話を聞くという姿勢を取りました。であればなおさら、本日ここで強行に衆議院を通過させるのではなく、首脳会談の後に、外交・安全保障をテーマとした集中審議を行うべきではなかったでしょうか。
そして今、何よりも大事なのは、一刻も早く戦争を終わらせることです。これ以上犠牲者を増やさないことです。さらに、国際社会や日本に及ぶ影響を最小限に抑えることです。そのためには、日本政府としても、当事者と周辺国に対して働きかけを行う必要があります。ところが政府の対応を見ると、イランに対しては早期の鎮静化を申し入れた一方、先制攻撃を行った米国には、同様の働きかけをした形跡が乏しい。
あらためて、自らイランに出かけてアリー・ハメネイ師を訪問し大歓迎された安倍晋三元首相の路線を継承していると、よくいえたものだ。
宗教的指導者であり国家指導者でもあるハメネイ師を殺し、指導部を大量に道連れにさせ、さらに気に食わない指導者をイラン国民が選んだら殺すというやり方を非難しないばかりか称賛する人は、先の戦争で昭和天皇を標的にするとか、皇族や政府首脳に対して同様の作戦をとったとしても賛成したのではないかと思えてしまう。
アメリカに対して批判をすると、中国の工作員だとかいうレッテル貼りをするひとがいる。しかし、それではパレスチナ系の住民のほとんどを追い出して選挙を行ってそれを民主主義だと言い、パレスチナ二国家構想を否定しながら新たにイスラエルの支配下に入る地域でのアラブ系住民の参政権は認めないというネタニヤフの構想のどこが民主主義なのか。この点は、『国家の興亡史からわかる現代地政学――西欧の衰退』(さくら舎)で詳しく論じた。

イスラエルに対して融和的なアラブ諸国の国王や首長たちの前近代的な封建主義に比べて、中国の体制のほうがはるかにましだと思うが、それはどうなのか、聞きたい。
また、中南米は自分の庭だというドンロー主義は国際法上容認できるはずない。スペインのサンチェス首相の筋の通った言動は、いずれドンロー主義にとって脅威となるだろう。
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衆議院事務局HPより








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