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私は一人の地権者として、中野区による立ち退き要請に応じた経験を持っています。10年以上前の話ですが、当時の区には用地交渉に関する実務ノウハウが決定的に不足しており、現場は混乱の連続でした。
私は中野区議会議員として、そして一当事者として6年間にわたり翻弄され続けた経験を糧に、区の職員と切磋琢磨しながら実務を研鑽してきました。そして2026年、ついに中野区弥生町三丁目の避難道路が完成予定で、無電柱化された安全な街並みが姿を現します。
この節目に、私が歩んだ「闘いと再生」の軌跡をここに記します。
入居すぐに突きつけられた「立ち退き」
2014年、中野区弥生町三丁目に新築の戸建て住宅を購入し、希望に満ちた新生活が始まるはずでした。しかし、入居から一カ月も経たない時期に区から「弥生町三丁目地区防災まちづくり事業説明会」開催の案内があった。説明会に参加すると、私は突如として自分が「立ち退き対象者」であることを知らされたのです。
私が当時購入した住宅(写真1、2)は、その時点で区が想定している「道路計画線(図1)」が引かれていました。区道の拡幅をして、避難道路とするために道路区域の変更をするものでした。その計画線通りに道路を拡幅するには私の自宅を解体する必要がありました。
不動産業者は「把握していなかった」と釈明しましたが、これほどの重要事項をプロが察知していなかったとは到底考えられず、今振り返っても憤りを感じます。まさに青天の霹靂でありました。

写真1 筆者邸(南西方向から北東方向)

写真2 筆者邸(北方向から南方向)

図1 筆者邸と道路計画線(赤線)[青い部分がはみ出した部分]
命を守るための「防災まちづくり」
同事業は、東京都が推進する「木密地域不燃化10年プロジェクト」の一環であり、東京都から指定を受けた実施地区における取り組みです。
当該地区は、狭隘(きょうあい)道路や行き止まり道路が多く、震災時の火災延焼リスクが極めて高いという課題を抱えています。そのため、延焼遮断帯の形成や、消防車・救急車が円滑に通行できる道路幅員の確保が不可欠です。
中野区とUR都市機構が主導となり、避難道路の拡幅や建物の不燃化・耐震化を並行して進めることで、災害に強い「防災まちづくり」の実現を目指す極めて公共性の高い事業です。特に私の自宅があった道路は無電柱化をする計画であり、大きなプロジェクトとなっている。

図2 弥生町三丁目周辺地区防災まちづくり事業計画の概要図
「防災まちづくりのルール」という高い壁
説明会から1年間、区からは何の連絡もありませんでした。私が区議会議員に当選した直後の2015年5月下旬、ようやく具体的な説明が行われましたが、長い時間を費やされて提示された選択肢は、主には以下の二つでした。
- 現地建て替え: 道路拡幅(幅員6メートルへの拡幅)で削られた残地に建てる案。
しかし、良好な住環境を維持するための壁面後退(隣地境界から0.5メートル)などの制限もあり、将来の家族設計を描くにはあまりに狭小でした。 - 代替地への移転:区が用意した代替地への移転。
地区計画で定められた「建築物の敷地面積の最低限度(60㎡)」というルールが立ちはだかりました。この基準を満たす土地を確保するには、購入時より遥かに高額なローンを組み直す必要があり、資金的に不可能な案でした。
どちらもとも無理筋な提案でした。
また「来月伺います」と言われたまま半年間放置されるなど、当事者の痛みを理解しない当時の行政組織に対し、私は「このままでは地権者の誰も救われない」と危機感を募らせました。
170のプロセスを経て掴んだ「二世帯住宅」という解
私は自ら打開策を模索し、妻の両親を巻き込んだ「二世帯住宅(マスオさん状態)」の構築という道を選びました。土地探しから設計、金融機関の内諾、ハウスメーカーの選定まで、すべてをゼロから自力で進めました。
旧居の「抵当権抹消」においては、区側から「地権者が自分でやってくれ」と突き放される一方、銀行側は「区の説明がなければ応じられない」と門前払い。こうした板挟みの状況に陥ってはまた区に対して、苦情ともいえる要望を伝えました。そして、旧居からの引っ越し、旧居を自ら業者に発注して解体、更地での引き渡しまで、私が経験した作業は実に170のプロセスに及びました。
表1 170の立ち退きプロセスの概要
| フェーズ | 具体的な作業・タスク | 防災まちづくりルールの影響と行政側の改善ポイント |
| 1.交渉初期 | 測量・境界立ち会い、物件調査の受け入れ | 【信頼構築の迅速化】 連絡の遅延は不信感に直結する。用地買収の決定から着手まで、地権者を孤立させない即応体制を構築する。 |
| 2.再建手法の検討 | 現地建て替えvs代替地移転の比較検討、将来設計の再構築 | 【現実的な選択肢の提示】 拡幅による残地での「現地建て替え」の狭隘さや、「60㎡ルール」下での移転コストを精査し、机上の空論ではない選択肢を提示する。 |
| 3.新居確保 | 代替地の選定、二世帯住宅の設計・見積・建築確認 | 【ルールの壁を越える提案】 地区計画による敷地制限を考慮し、生活再建が破綻しない現実的な代替地提案と、新たな融資計画を連動させる。 |
| 4.資金計画 | 住宅ローン抵当権抹消の金融機関交渉、新規ローン | 【行政主導の銀行交渉】 「地権者任せ」にせず、区が直接金融機関へ事業説明を行うことで、抵当権抹消やローンの組み直しを円滑化する。 |
| 5.契約・補償 | 用地買収契約の締結、建物補償金の確定手続き | 【不透明さの解消】 複雑な地区計画(壁面後退制限等)下での建て替えがいかに困難かを理解し、納得感のある透明な補償解説を実施する。 |
| 6.旧居処分 | 自ら解体業者の手配、近隣周知、解体工事管理 | 【解体実務のサポート】 解体から更地化までを地権者が担う負担を直視し、業者の選定基準やスケジュールの適正な管理を指導する。 |
| 7.新居移転 | 旧居からの引っ越し、不用品整理、仮住まい(必要な場合)の手配 | 【生活継続への配慮】 1日がかりの不用品整理など、移転に伴う多大な精神的・身体的負担を理解し、円滑な引っ越しを支えるきめ細かな情報提供を行う。 |
| 8.引き渡し | 更地化の確認、境界標設置、所有権移転登記手続き | 【完遂に向けたトータル支援】 170に及ぶプロセスの最終工程。登記を含む煩雑な事務手続きにおいて、行政側のサポート機能を強化する。 |
2026年、不条理が「安全なまち」へと形を変える
私は血の滲むような試行錯誤を経験しましたが、あえて区の担当者にぶつけ続けてきたのは、単なる苦情ではありません。
「半年間も放置されれば、やる気になった地権者もやる気がなくなる」「なぜこのフローでは銀行が動かないのか」といった実務的な改善案を突きつけることで、区の組織に「真の交渉ノウハウ」を蓄積させるためでした。
当時、新築の地権者である私が立ち退きに応じたという事実は、他の地権者の方々への大きな説得材料になったと聞いています。そして2026年年度、かつて私の家があった場所を含む避難道路が完成を迎え、空を遮る電柱は消え、災害に強い安全な街へと生まれ変わります。

写真3 自宅跡地に設置された地上設置形トランス
6年間にわたる当事者としての苦闘は、単なる個人の犠牲ではなく、この街の未来を創るためのまちづくり行政の確かな礎となりました。行政が語る「数字」の裏にある、そこに生きる人々の「血の通った生活」を守る視点を、私はこれからも持ち続けてまいります。







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