「田舎は暇!都会育ちは移住するな」は正しい?

黒坂岳央です。

「田舎は暇だから都会育ちの人は移住をおすすめしない」という意見をよく耳にする。

自分は生まれてずっと都会育ちの人間だ。大阪生まれ、アメリカのシカゴへ留学、そして東京で働き、独立を機に熊本県へ移住した。熊本県、といっても熊本市ではない。周囲は農家や酪農家ばかりで、コンビニまで徒歩ではいけない距離の家に住んでいた。先日、引っ越しをしたが、今回も東京ではない地方である。

ずっと都会育ちだったので正直、田舎暮らしは心の奥底で避けていたというのが正直なところだ。自分は都会向きの人間だと思っていたし、だから東京に住んだ時は気分が高揚して休日はあちこちお出かけをしていた。

だが、そんな立場の筆者から見ても、「田舎は暇」という前提で移住を避けるべきという意見には違和感がある。

BrianAJackson/iStock

「田舎は暇」は間違い

まず「田舎は暇になる」という前提から疑うことから始める。結論から言えば、「田舎だから絶対的に暇」ではない。

自分は田舎に住んでいるが、育児、仕事、学習で毎日とてつもなく忙しく、「暇」とは全く無縁の生活を送っている。

外部刺激についても都会とは質的に異なる要素が田舎にはある。たとえば広々とした戸建てに住むと、あれこれと家をカスタマイズしたり、花や野菜を植えてみたりと楽しいことは山ほどある。

子供が遊び盛りなので、自宅の庭にサッカーゴールなんかを作ってシュート練習の相手に付き合ったりする。近所に温泉やBBQ、自然の観光地やイベントができる場所が盛りだくさんでとても楽しい。

地元で知り合った人たちを見ていると、釣り・キャンプ・家庭菜園といった選択肢で十分に充実した週末を過ごしている。確かにここにはディズニーランドはないが、それを必要としてない娯楽にあふれている。

都会育ちの筆者からすると当初は意外だったが、よく考えれば当然だ。娯楽の満足度は絶対量ではなく、その人が何に慣れているかで決まる。都会の刺激も田舎の刺激も、慣れれば日常になるのだ。

「田舎の娯楽を楽しめるのは人を選ぶ」という反論がありそうだが、それをいうなら都会の刺激も同じ事が言える。質と量が違うだけで、都会も田舎もそれぞれの楽しさがあるのだ。

以上の根拠を元に「田舎は絶対的に暇で退屈」という意見には反対したい。

30代後半から東京の楽しさが消えていく

筆者は今でも東京に月1度のペースで仕事で訪れるが、かつてのように出張時にあえて連泊してあちこち見て回ることはしなくなった。人生経験を経て、もはや受動的な娯楽に飽きたからだ。

先日も出張で一人、五つ星ホテルに宿泊したが、結局やったことは部屋でノートパソコンを使った記事執筆だった。部屋で仕事をしていると「早く帰って自宅の最適化されたマシンで仕事したい」と思っていた。仕事が終わり、夕方からあちこち歩き回って買い物でもして帰ろうと思ったが、特に欲しいものは見つけられなかった。

これは筆者の精神的な加齢もるかもしれないが、決して特別なケースではなく、年齢という要素が最も大きい。自分自身も20代は「東京って最高!」と思って遊び回っていた。だが、年齢を重ねて欲しいものを一通り買い、刺激的な体験をすると受動的な娯楽に飽きる。似たような人は多いのではないだろうか。20代で週末は常にイベントや遊び歩いていた人が40代以降に同じ頻度、同じ刺激を楽しめている、というのは例外だろう。

つまり「田舎は暇」という命題が成立するのは、外部依存型の人間に限定される。そしてそれは田舎の問題ではなく、その人間の問題だ。

東京最大の魅力は仕事!だが…

東京の最大の魅力は間違いなく仕事だ。東京にしかないダイナミックな仕事、グローバル規模の仕事は大変魅力的である。また、メディアの仕事も圧倒的に東京に集中する。だから筆者もテレビ、出版、動画出演などメディアの仕事ではほぼ確実に東京に行くことになっている。

だが、時代も変わった。確かに駆け出しは東京でスキル、経験、キャリアを作るのは非常に強いが、一度それができれば筆者のように地方移住をする方が合理的になることもある。「東京の収入で安い地方で生活する」というスタイルはただ経済的メリットがあるというだけでなく、子育て環境や過密の解消などのメリットも付随するのだ。

筆者が今住んでいる地方エリアには、外国人富裕層に加えて、東京からの移住者も増えている。話を聞くと、エンジニア職でリモートワークをしている人が多い。

「子育て環境を考えたとき、田舎すぎず、都市でもないこのエリアが最適だった」と言う。通勤がないので、広々とした公園を毎日のように使えるという。仕事の問題さえ解決すれば、東京に住み続ける合理性は年齢とともに下がっていく。これは筆者個人の話ではなく、すでに起きている現象だ。

都市の刺激が価値を持つのは20代まで

「外部依存型なら都市に住むべきだ」という暗黙の前提は本当に正しいのか?

外部刺激への依存度は、年齢とライフステージによって構造的に変化する。20代は自己形成の途上にあり、社会的ネットワークを構築している時期だ。この段階では都市に集積する人・情報・機会へのアクセスが、キャリアと人格形成の両面で合理的に機能する。外部依存型の生活が正当化されやすい唯一の時期と言ってもいい。

しかし30代後半になると状況が一変する。家庭を持ち、人間関係はクローズドになっていく。受動的な娯楽にも飽和が生じる。外食・バー・観光・エンタメといった都市の刺激に対する限界効用が急激に低下する。

40代ではこの傾向がさらに加速し、時間そのものが最大の希少資源となる。この段階では外部刺激より余白と集中の方が、生産性と満足度の両面で価値を持つ。

「都会の刺激が楽しいのは20代まで」という命題は、感覚的な話ではない。ライフステージによる需要構造の変化として、論理的に導出できる結論だ。

「自分は40代だが東京の刺激が好きだ」という人はいるだろう。それ自体は否定しない。ただ一度、「その刺激は消費しているのか、それとも生産に繋がっているのか」を問い直す価値はあると思う。答えによっては、居住地よりも先に変えるべきものが見えてくるかもしれない。

「田舎は暇だからおすすめしない」と言う人の多くは、自分が外部依存型であることを普遍的な人間の性質として一般化している。これは統計的に言えば、自分のサンプルn=1を母集団の代表とする誤謬だ。

移住を検討している人は、「都会か田舎か」という問いよりも先に「自分の生産性の源泉は内部にあるか、外部にあるか」を問うべきだろう。その答えが明確なら、居住地の選択は自ずと決まる。ずっと都会育ちだった筆者でさえそうだったのだから。

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働き方・キャリア・AI時代の生き方を語る著者・解説者
著書4冊/英語系YouTuber登録者5万人。TBS『THE TIME』など各種メディアで、働き方・キャリア戦略・英語学習・AI時代の社会変化を分かりやすく解説。

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