AIの哲学入門(2) 近代科学はオッカムの「唯名論」から生まれた

AIの驚異的な進歩によって、いま「人間の知性とは何か」「知性の限界とはどこにあるのか」という根本的な問いが、かつてない熱量で議論されている。大規模言語モデル(LLM)はどのようにして言葉をあやつり、論理的な思考を模倣し、時に人間を超えるような知性を見せるようになったのか。

この最新テクノロジーの根底で駆動している思想は、決して新しいものではない。そのアーキテクチャの元祖は、14世紀のヨーロッパで繰り広げられた神学・哲学論争に行き着く。現在のAIの圧倒的な成功は、中世の哲学者オッカムのウィリアムが提唱した唯名論の勝利なのだ。

学校の歴史の授業では「近代科学は、カトリック教会の抑圧に打ち勝ち、理性と観察を重んじた科学者たちの科学革命によって生まれた」と教わるが、歴史的事実は異なる。科学はカトリック教会に反抗して生まれた「革命」ではなく、キリスト教の神学論争の中から生まれたのだ。

天動説などの宇宙観は聖書の教義ではなく、元をたどればアリストテレスやプトレマイオスなど古代ギリシャの自然哲学に由来する。中世にトマス・アクィナスなどの神学者が、キリスト教の教義を体系化するために、当時最先端の学問であったアリストテレス哲学を取り入れた。これがスコラ哲学である。

ガリレオが異端審問で投獄され、悲惨な最期を遂げたというのも神話である。当時の教皇はすぐ彼を恩赦で帰宅させ、彼の著作も比較的自由に流通していた。コペルニクスやガリレオが否定したのはキリスト教の信仰ではなく、神学に混入していたアリストテレスの自然哲学という異教の教えだったからだ。

ではアリストテレス哲学という「不純物」は、どのようにしてキリスト教から取り除かれたのか。ここで登場するのが、オッカムである。彼はウンベルト・エーコの小説『薔薇の名前』の主人公ウィリアムのモデルだが、不要な仮説を切り捨てるオッカムの剃刀で広く知られている。

スコラ哲学はアリストテレス哲学で神を語ろうとしたが、オッカムは「全知全能の神の力は絶対である。神の意志を、人間のちっぽけな理屈(アリストテレスの法則など)で拘束することなどありえない」と批判し、アリストテレスの自然哲学を不要な仮説として切り捨てた。

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