破壊的技術「人工ダイヤモンド」に対抗するデビアスの戦略

De Beers Groupのプレゼンテーション資料より

「婚約指輪は、給料の3ヶ月分が目安です」

これは「結婚のご祝儀は、友人なら3万円が相場」みたいな常識になってますが、実はデビアスのマーケティングプロモーションにより作られた「婚約指輪の相場」です。

こうして莫大な給料をもらっている人はとんでもない価格のダイヤモンドを、そうでもない人でもそれなりに高いダイヤモンドを、それぞれ購入するわけです。実に優れた戦略です。

「ダイヤモンドは永遠のかがやき」

これも、デビアスが仕掛けた強力なブランドメッセージです。

こうしてデビアスは、周到なマーケティング戦略によって需要をコントロールしてます。

さらに長年に渡ってダイヤモンドの供給と流通網を押さえ、今も大きな影響力を持っています。

こうしてデビアスは100年間、圧倒的な競争力を獲得してきました。

しかし、技術革新はこうした分野にも波及しています。

人工ダイヤモンドの登場です。

ダイヤモンドとは、言ってしまえば木炭と同じ炭素原子による「炭素の結晶」です。

天然ダイヤモンドの場合は、地球の地殻変動の力によって、数億年という膨大な時間をかけて炭素を結晶させることで生まれています。まさに「ダイヤモンドは永遠のかがやき」ですね。

しかしダイヤモンドの多くは、不純物も含まれています。そこで純度が高く、かつ大きいものが選ばれて、高い価値がつけられて、高価格で取引されてきました。

一方で人工ダイヤモンドは、こうしたプロセスを工場内で行っています。

炭素を原材料に使い、科学的プロセスにより数週間で高品質なダイヤモンドを合成しています。

こうした人工ダイヤモンドは、様々な工業的用途で使われるようになりました。最近はその優れた電気特性を活かして「ダイヤモンド半導体」も開発されています。

天然ダイヤモンドでは、高級な品質と廉価版は、素人でもある程度の見分けがつきました。しかし高い純度の天然ダイヤモンドと人工ダイヤモンドは物理的に言えばほぼ同じで、素人には見分けがつきません。

これは、デビアスにとって大問題でした。

ダイヤモンド「永遠のかがやき」のはずだったのに、完璧な純度の天然ダイヤモンドとまったく同じ人工ダイヤモンドが、工場でたった1ヵ月で作れてしまうわけです。

経営学者のクレイトン・クリステンセンは、「従来の主な顧客には製品性能が下がっているように見えるけど、低価格・シンプルなどの価値を提供して新たな顧客に普及し、やがて主流市場を制覇する技術」を「破壊的技術」と呼びました。

人工ダイヤモンドは、天然ダイヤモンドに対する破壊的技術ともいえます。しかも物理的な組成はほぼ同じで製品性能は下がりません。デビアスにとって、とてつもない脅威です

そこで、デビアスは色々と手を打ちました。

まず2018年、人工ダイヤモンドのブランドLightboxを立上げました。

「人工ダイヤモンドにやられる位なら、人工ダイヤモンドを使ったジュエリーを安く提供することで、新しい市場を立ち上げてしまおう」ということです。

しかし人工ダイヤモンドの価格は急速に低下しました。2018年から2025年にかけて卸売価格は90%下落しています。

ちなみに2020〜2024年の価格低下率は、年間換算で小売価格で-27%。卸売価格で-38%でした。「将来的には限界生産コストまで下がる」という予測もあります。

100年間、わが世の春を謳歌してきたデビアスにとって、「人工ダイヤモンド」という破壊的技術の登場は、危機的な状況を生み出しているのです。

そこで2024年5月、デビアスは“ORIGINS戦略”を発表しました。

まず現状認識です。

・人工ダイヤモンドの価格は、今後も下がり続けます
・一方で、天然ダイヤモンドも長期的に供給が低下し続けると予想されています
・人工ダイヤモンドも、天然ダイヤモンドも、同じ炭素結晶の物質です
・一方でダイヤモンドそのものは、依然として独特のプレミアムな価値があります

そこで、デビアスは、こう考えました。

「天然ダイヤモンドと人工ダイヤモンドは『同じ炭素結晶』だが、『同じ価値商品』ではない」

そして、ジュエリー向けの人工ダイヤモンドの生産は停止して用途を産業・テクノロジー分野へ転換。その後、Lightboxブランドも販売を打ち切りました。

そして天然ダイヤモンドを「希少性・感情的価値・独自性を持つ高級品」として位置づけることにしました。

しかし、これを実現するためには、物理的には同じ物質である天然ダイヤモンドと人工ダイヤモンドを、しっかりと区別できる仕組みが必要です。

そこで信頼性の確保が必要になるので、こんな施策を行っています。

① Tracrによる原産国情報の追跡

0.5カラット以上の天然ダイヤモンドについて、採掘元から店舗までの流通経路を追跡できるTracrというプラットホームを提供する。ブロックチェーンを活用しています。

② 天然ダイヤモンドの認証制度「キンバリープロセス」の改革

キンバリープロセスでは、これまでも紙の証明書で「混合原産地」がわかるようになっていましたが、より厳格に採掘された特定の国名を明記する証明書に置き換えることで、紛争地からのダイヤを排除できるようにします。

③ 天然ダイヤモンドの検知装置の導入

店舗で即座に天然ダイヤモンドかどうかを判定できる最新検知装置「DiamondProof」を店頭に導入します。

「あれ? 天然ダイヤモンドと人工ダイヤモンドって見分けられないんじゃなかったの」と思ってしまいますが、デビアスはダイヤモンドを長年鑑定してきた経験があり、自ら人工ダイヤモンドを作ってきたので、それらの経験をこの装置に詰め込んだそうです(具体的には、天然ダイヤモンド特有の不純物の痕跡や、光への反応を検知します)。

こうしてデビアスは消費者の信頼を守ることで、天然ダイヤモンドのポジショニングを、従来の「愛と結婚」から、「自己表現、個人のアイデンティティ、唯一無二の体験」へとアップデートしようとしているのです。

こうしてデビアスは生き残りをかけて新戦略を推進しています。2025年の売上は微増でしたが、利益は大きく悪化しました。

100年間続いた成功体験を変革するのは、並大抵のことではありません。

現在は変革の途上なのでしょう。

一方で自社の存亡をかけて「モノの価値から、体験への価値へ」を考え抜いて、「モノとしてのスペック」で勝負するのではなく「ナラティブ」で勝つために、具体的な施策に落として実行をしているデビアスの挑戦は、私たちにとっても参考になると思います。

【参考情報】

  • ”De Beers unveils ‘Origins’ strategy to grow value and revitalise desire for natural diamonds”, 2024, 5/31, De Beers Group
  • ”SPOTLIGHT ON DIAMONDS PRESENTATION, NOVEMBER 2024″, 2024/11/27, De Beers Group

編集部より:この記事はマーケティング戦略コンサルタントの永井孝尚氏のオフィシャルサイト(2026年4月7日のエントリー)より転載させていただきました。永井孝尚氏のメルマガのご登録はこちらから。

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