
韓流アイドルグループのBTSがメンバーの兵役による活動中断から復活して、新しいアルバムを引っ提げて色んなライブをしたりNetflixのドキュメンタリーを発表したり色々してるんですが、なんか色々と考えさせられることが多いなと感じてます。
何が・・・かというと、要するに本質的には「アイドル」っていう存在と「兵役」という仕組みについて・・・かな?
ちょっと連想しちゃうんですが、この2つの矛盾に直面した歴史上初めての存在はエルビス・プレスリーだと思うんですよね。
エルビス・プレスリーは鮮烈な歴史初の「ロックンロールスター」として世界中に名前を売ったあと、数年間アメリカ陸軍に入隊してドイツの基地で働いてたんですよね。
個人的には、エルビス・プレスリーは軍歴前と後じゃかなりパフォーマンスの雰囲気が違うと思ってて、そこで「失われたもの」と「そこで得たもの」みたいなものがなんだったのか?みたいな事を長年色々と考えてた事があって。
で、BTSの復活ライブやアルバムについても色々と賛否両論で、今色んな事が言われてるんですが、これも「アイドルという存在」と「徴兵的なしくみ」との間の難しい問題みたいな観点から考えてみるとなにか違う視点が見えてくるのかもと思ってそういう話を書きます。
それと、日本で人気が高かったNewJeansとそのプロデューサーであるミン・ヒジンさんとバチバチの法廷バトルを経て実質的に「潰して」しまった事で徐々にめちゃくちゃ批判されるようになってきているBTSの親会社ハイブのパン・シヒョク氏とかの、「グローバルアイドルビジネスの事情」と「アーティスト性」みたいな矛盾についても考えたいと思っています。
1. 光化門復活ライブとアルバムへの批判
3月21日に韓国の光化門という歴史的モニュメントがある広場を政府権限で貸し切る感じで復活公演をしたんですが、なんかこのやり方自体が相当批判大きかったみたいですね。
日本の新聞でも芸能記事というより社会面の記事で扱われる感じになっていました(以下は毎日新聞)。

現場に来た参加者の人数が想定よりかなり少なかったのは、単にネットで見た人が多かっただけなのか、それともBTS自体の人気が昔ほどじゃないということを意味しているのかわかりませんが・・・(とはいえ、コロナ禍の頃世界中でみんなDynamiteを聞いてた時期に比べると明らかに人気は落ち着いているとは言えそう)
とにかく大きくなりすぎたBTSという存在と韓国政府が一蓮托生みたいになって、多額の経費をかけて大掛かりな警備体制を敷いて、なんか近くのビルからたまたま見るみたいなのも規制するみたいな強権ぷりだったのがよく批判されていました。
あと新アルバムの内容としても、
・また「Dynamite」みたいなハッピーで元気な曲期待してたけど新曲「Swim」は地味
・韓国の第二の国歌といわれる「アリラン」をフィーチャーした割には全編英語詞ばかりで”韓国色”が薄い
・毎回違った斬新で明確なコンセプトに合わせて一糸乱れぬパフォーマンスをするのがBTSだったのに、今回はフォーカスがぼやけていて何がしたいかわからない
っていうあたりが、SNSを各国語で(特に韓国語で)飛び交ってるアルバムの感想としてある感じの批判だったようです。
2. Netflixドキュメンタリーから見えてくるもの
で、そういう「色んな意味で賛否両論」だった状況の答え合わせみたいな感じとして、Netflixでアルバム制作に関する密着ドキュメンタリーみたいなのが公開されていたんですが・・・
それを見ていると、「新曲が皆が期待してる感じよりは地味なのでは」だとか、「韓国語部分が少なすぎるのでは」とか、「アリラン型のナショナリズムの寄せすぎる事の賛否について」みたいなことは、それそっくりそのまま全部メンバー自身が真剣に考えて議題にして、「どうしたらいいのか」を言葉にして考えた上でのことなんだな、ということが伝わってきてそこはなんか良かったです。
なんとなく流れで結果こうなっちゃって、それで突然批判受けてるというよりは、ネットにある批判みたいなものは既にメンバー内で何度も議論した上で「それでも今はこうしよう」と”意図的に”決めたことなんだなという感じ。
BTSが公開する素材って結構、メンバーが率直に意見を述べてこれからどうしていきたいかを議論するシーンをそのまま公開してる事が多くて、そのフラットで率直な感じがファンに信頼されてるんだろうなと思う事は多いんですが、そういう部分でちゃんと「意思決定が公開」されて納得づくで進んでる感じなのは好感しましたね。
確かに、今回の議題について、例えば韓国語詞が少ない部分だとかアリランというコンセプトをゴリ押してる部分とかは、メンバーというよりハイブ社とパン・シヒョクCEOの意向である面が大きいようにそのドキュメンタリーの対話でも描かれているので、
「メンバーがやりたかった本当の望み」が、「ハイブとパン・シヒョクの儲け主義」によって潰された結果がアレなのだ
・・・という理解はできなくもないし、実際そういう方向で批判してるファンも沢山SNSで見かけました。
それについては、まあそうなのかもしれんけど、とはいえ、「こうなるしかなかった」みたいな面もどうしてもあったように思うし、それはBTSにとって悪いことでもないのかもと思うところもあるんですね。
そのあたり、「軍歴」「徴兵」みたいなシステムと「アイドル」の関係性みたなところから考えてみたいんですけど・・・
3. エルビス・プレスリーの話とビートルズとの比較
冒頭にも書いたけど、「人気絶頂期に軍歴に入って戻ってきたアイドル」として、エルビス・プレスリーが有名ですよね。
エルビス・プレスリーは1950年代デビューだから、まだ当時は今より圧倒的に雰囲気が保守的で、徴兵に応じないなどということはありえない感じで、で、実際普通に軍歴をこなしてもどってきただけだったんですが、ただ結構その前後で「雰囲気」は変わったなと個人的にずっと思っているんですよね(同じことを言っている長年のファンみたいな人は結構いると思います)。
これが軍歴前の、デビュー直後のエルビス・プレスリー。
なんか、いわゆる「キマッテル」というか「イッチャッテル」感じっていうか、別に客観的にはそんな卑猥な動きしてるわけじゃないんだけど苦情が殺到して、腰を動かして歌うなと厳禁されたみたいなレベルの「ヤバさ」が伝わってくる感じがします。
つまり、当時の保守的な観客からすると、「ポルノ的に不謹慎ななにか」だと受け取らせるだけのものがあった存在で、「これを普通にお茶の間で流すとかありえない!」「規制しないと社会が崩壊する!」みたいなレベルの反応を巻き起こしちゃうレベルのなにかだったんですよね。
また、ジョン・レノンがこれをラジオで聞いて「それまでとはぜんぜん違う世界になった」みたいなことを言って人生を決定づけたりした存在だったらしい。
一方で、軍歴を経て、そして音楽自体もお茶の間にもっと馴染んだ状態のエルビス・プレスリーはこんな感じ↓で・・・(これは30代前半の、つまりだいたい今のBTSの年齢ぐらいの時のエルビス)
なんかこっちは、個人的な印象としては「みんな知ってるあの曲」を「みんな知ってるあの感じ」で演奏する、安心安全なおもしろおじさんぐらいのテイストだなと思っていて(笑)
この後どんどん太ったり体調が悪くなったりスキャンダルがあったりしながらも、死ぬ直前まで変わらず歌い続けた感じと、既に”地続き”なものが上記の動画にはあると思います(以下が死ぬ直前ぐらいの40代のライブ)。
どっちが良い悪いではなく、軍歴後の方がエンタメとして完成されてるとも言えそうだし、ただなんか軍歴前の「狂気」とか「奇跡」とか呼ぶべきレベルの完成されたパフォーマンスではなくなった感じがしていて、その事自体にすごく考えさせられるところがあるなと思っていたんですよね。
それと、BTSとの符号でいうと、晩年のエルビスはゴスペルソングとかのレパートリーが増えて、単に「若い個人のヤンチャ精神」ではない「大きな国とか文化とかを背負う存在」になっていったところも注目ポイントだなと思います。
そんなの軍歴とか関係なく年取ったらそうなのでは?って思うかもしれないけど、例えばビートルズって軍歴とか全然関係ない存在だったので、メンバーのエゴをどんどん大きくしていった結果ぶつかりあっちゃって、ちょうどBTSの今頃(30代前半)には完全に喧嘩別れ的に解散しちゃったんですよね。
その後もジョン・レノンなんかは次々と尖らせた新機軸のソロ作を出し続けたのはすごい事ではあるけど、一方でそういう存在は、
もう馬鹿らしくって20代の頃のヒット曲なんて歌ってられないよ
みたいな存在になりがちだなと思います。
ある意味で、軍歴を経て「皆様あってのプレスリーでございます」みたいな精神が叩き込まれたことで、晩年になってもちゃんと「皆が期待するヒット曲」を変わらず歌い続ける存在になれたのがエルビスなのだ、という風に考えることもできるはず。
だからBTSの今向かっている方向というのは、
40代、ひょっとすると50代になっても、皆知ってるあのヒット曲を変わらぬダンスで見せてくれる存在
…みたいな方向へ進むための大事なステップなのかもと思います。
エルビスが単にハウンドドッグとかハートブレイクホテル型の曲ばかりを30代でも歌ってたら続かなかっただろうし、徐々にゴスペルソングなんかも取り入れて「責任ある大人の男性像」みたいなのを歌えるようになっていったからこそ、1時間半のコンサートのうち10分間ぐらいではごく若い頃の大ヒット曲を演奏してみせることもできた。
「アリラン」以後の「30代以後のリアルな自分」をちゃんと曲にしていく流れを丁寧にやってるからこそ、BTSも将来10年20年たってもDynamiteを歌って踊れるグローバルスターであり続けられるということなのかも?
4. 「失われた奇跡」みたいなものは確かにありそう
ただそうはいっても、多くのファンが「見た瞬間すごい!ってなってたような迫力が今回のカムバック公演にはなかった」って言ってたような、「失われた奇跡のパワー」みたいな話はやはりあるなと個人的には感じてます。
それは、エルビスの軍歴前の「ヤバい、これは規制しなくては社会が崩壊してしまう!」とか保守派が大騒ぎしていたような「ざわつく」存在だったパワーが軍歴後には失われて「安心安全」な存在になった変化に近い。
やっぱこの頃↓とか、
の感じは「世界を制覇する奇跡」みたいなんがあった感じはすごいありますよね。
特に軍隊式に完全に統制して揃える感じではなくむしろ「バラバラで自由」でズレあって動いているように見えてある意味で「ピタッと合っている」ダンスとか。あと細かい投げキッス型のキザな動きが全然照れてなくて嫌味がないとか、コンセプトが隅々までポジティブでスネたりヒネたりしてる部分が全然ない感じとか・・・そういうところが本当に他には全然ない唯一無二のなにかがあるなと衝撃を受けていました。
いやもちろん、長年の防弾少年団!ファンからするとこの二曲だけで語ってほしくないんだけど!って思ってるお気持ちはわかるんですけどw
でも、そこまでの時期のたとえば「耽美」だったり「ヒップホップ型イキリ精神」とかのコンセプトに毎回毎回ビタッと集中した作品も見事ではあるけど、そういうのはどうしても入口が狭くなりがちで、「なんかすごいけどこういうのが好きな女性ファン向けのものだな」っていう印象だった感じだったのが・・・
DynamiteやButter、あとPermission to Danceとかは、そういう「女性ファン向けのフック」に対してちょっと「ケッ」と思う一般男性の心も溶かす最大限のポジティブネスが素晴らしかったように思うんですよね。
ある意味で「米国文明」の一番良い部分を代理で代表するような、それこそ大昔にまだ米国文化が世界中に愛される存在だった、RM氏が大好きだとかいう「フレンズ」とかのシットコムが世界中にお茶の間に受け入れられていたような、そういう時代の「一部の人工的にカッコつけた男だけでなく”みんな”のための本当のかっこよさ」を結晶化したようななにかがあって。
そして同時に、人類社会におけるアジア人男性の地位とか、「過剰にマッチョぶる必要がない男性らしさの価値」とか、そういうレベルの新機軸を印象づけるパワーがあった。
大げさにいえば、エルビスがもともとの黒人ロックを応用して「ロックンロールスター」的な概念を発明した・・・みたいな形に似た、欧米のポップミュージックを流用してなにか全く新しい素晴らしい「価値観」をBTSが創造したってぐらいのなにかがあったように個人的には思っていて。
でもこういう「奇跡」的なことって、維持するの大変なんですよね。ある意味でものすごく心の底からナルシスティックに「自分自身に陶酔」してないと最後の最後のミリ単位の完成度を追い込んだりはできないので。
なんか、ジャニーズの「嵐」の二宮さんが、「ワンマンライブとかでほんのちょっとしょうもないこと言うだけで皆に大絶賛されたりするの、それに慣れちゃうと人間オカシクなってくる気がする」みたいな懸念について話しているのを聞いたことがあるんですが・・・
そういうの、「ギャップ」がどうしても長期的に「普通な生活」をする上では大事な問題なんだと思うんですよね。普通の良識を持った人だと耐えられなくなってくる。
軍隊経験もそうなんですが、それ以後「大スター生活」が中断してから、BTSのメンバーが米国のスポーツイベントとかの観客席で目撃されるたびに、ちょっと「キザ」っぽい動きをどうしても常にしちゃう部分について、めちゃくちゃSNSで嘲笑されてるのとかかなり見てたんですが、そういうのって地味にチクチクとメンバーのメンタルに効いてきて、そのままではサステナブルじゃなくなっていく問題としてあるなと思っていて。
そういう細部における「日常の生活体験」と「奇跡のパフォーマーである自分の自意識」とのギャップって本当に大変なので、最近はメンバーが自分はイケメンかイケメンじゃないかとか思い悩んでる?ような会話とか、その他色々な日常レベルの悩みを吐露するような動画が話題になったりしていたので・・・
「最後のミリ単位までの完璧に追い込まれたパフォーマンスの奇跡」みたいなのは失われていくとしても、それによって「みなさまのBTS」としての安心をお互いに持てるようになった方が「長続き」させられるよね・・・という決断を、全体としては下したのだと理解してあげるのが良いのかなと個人的には思いました。
さらにトキントキンに尖らせて行ってたらどこかで折れちゃってたかもしれないけど、もっと広く深い文脈と接続して「みんなの」存在になったら長く続けられる。
それに、晩年のエルビスには晩年のエルビスにしか歌えない名曲!みたいなのもいくつかあるんですよね(”Burning love”、とか”you don’t have to say you love me”とか、あと晩年ライブで中心になった宗教的に雄大な曲たちとか)。
だからこそ、「果てしなく尖らせていくだけが人生じゃなかったね」的な魅力をこれからBTSが見つけていくことだってできるはずだと思っています。
30代なかばを迎えるにあたって、「なんかdynamiteみたいなのもう一曲やってくださいよぉ」みたいな話に乗らなかった事自体はそういう意味で健全だし、軍隊やソロ経験を経て色んな事を考えた大人の男性7人が全然違うことをはじめようとするのは、その事自体もやはり「健全」なこととして理解していいのではないかと思いました。
5. 日韓ファンダムのカルチャーの違い?
最後にちょっと面白いなと思ったデータがあるんだけど、BTSの新アルバムのSpotifyストリーミングを、最も「持続的に」聞いてるのは日本らしい。
BTSさん復帰作『ARIRANG』を聴き続けているのはどこの国か?リリース日からの再生回数増減率を算出して視覚化しました。注目したいのは日本の圧倒的な持続性です。持続性スコアは-7.7%で、2位の韓国(-19.6%)に12ポイント近い差をつけて首位に立っています。72カ国の中で唯一安定型で分類され、3月22日… https://t.co/KF1RWnjOvh pic.twitter.com/HUDQKdGNvT
— 徒然研究室✍🏻 (@tsurezure_lab) March 30, 2026
もちろん、もともと熱量が高いファンだけが聞いていたから減衰率も低いのだ、という傾向はあるにせよ、ちょっと面白い話だなと思いました。
最近のXはどんどん言語の壁が消えてきてるから、BTS関連を調べていると大量の日本だけでなく韓国語のポストも見たんだけど、韓国ファンの一部の「手のひら返し」っぷりはちょっとすごいなと思うところがあって。
数日前まで、タブレットにノートPCに・・・と5台とか8台とか動員して必死に再生数を底上げしようと熱中してたのに(それ自体どうかと思うけどw)、ふと突然我に返っちゃって「もう全然好きじゃなくなった!」とか言ってかなり攻撃的な批判してるポストみたいなのがあって、「何があったんだw」と思ったりした。
それに比べると日本のファンのポストは、もちろん色んなタイプの人がいるとはいえ、「アーティストがどちらに進もうと、そこには彼らなりの必然があるんだろうし尊重してこっちは楽しもう」みたいな精神がある事が多いかもしれない。
歴史的にジャニーズファンが蓄積してきたカルチャーがベースになってる面もあるのかも。
もちろん、ジャニーズの性加害問題があれこれあってからも態度を変えなさすぎるファンってどうなんだ、みたいな話はあるとは思うけれども、一方でアーティストが時流に潰されずに自分たちらしさを積み重ねていくためには、そういう「優しいファンダム」のあり方も悪くないなと思いました。
ついこないだ、
日本文化好きの韓国人は日本文化の「無理して変わらなくていい安定感」に癒され、韓国文化好きの日本人は「必死に変わり続けるダイナミズム」に魅了されている
・・・みたいな韓国語のポストがバズっていて「なるほど!」と思ったんですが、そういう「違い」を、10年前ぐらいはお互いの違いとして認められずに「どうして自分たちと同じ理想を目指さないんだ!」ってなってたけど、最近の両国間は「それぞれの良さがあるよね」という理解が普通に立ち上がってきているように思います。
その事自体は素晴らしいことだと思いますよね。
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長い記事をここまで読んでいただいてありがとうございました。
一点お知らせですが、「SNSの紋切り型の罵りあい」を超えて、人間がわかりあえる感覚を取り戻すための、「敵とも話せる」SNSを主催してます。よかったらどうぞ↓

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ここ以後は、もう少しこのBTS問題について掘り下げます。
A・BTSが他の韓流グループと違う良い点はどこにあったのか?
B・パン・シヒョクってどういう能力がある人っぽいか?最近色々と毀誉褒貶の激しい彼のことをどう考えるべきなのか?
C・韓流型に「あまりにトップダウンでビジネスサイド寄り」のビジネスではない、日本ならではのやり方で、韓流の「スケール」に対抗していくにはどうしたら良いのか?
ぐらいの話を書きます。
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つづきはnoteにて(倉本圭造のひとりごとマガジン)。
編集部より:この記事は経営コンサルタント・経済思想家の倉本圭造氏のnote 2026年3月31日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は倉本圭造氏のnoteをご覧ください。







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