
東京都内の小学校で麻疹による学年閉鎖が実施された。
2014年以来の都内流行として報道されており、麻疹対策を改めて議論する契機となっている。麻疹が重篤な感染症であること、ワクチン接種の勧奨を強化すべきことは論を俟たない。
しかし、学年・学級単位での一律閉鎖は、現在の接種状況と教育権の観点から見て、比例原則を著しく欠く措置である。
努力義務を果たした者が不利益を被る「制度の矛盾」
まず制度的な矛盾を指摘しよう。教育を受けさせることは親の法的義務であり、学校の存在目的そのものである。一方、麻疹ワクチンは予防接種法上の定期接種として「努力義務」が課されているが、強制ではない。
つまり、努力義務を誠実に履行してワクチンを2回接種した児童が、その義務を果たさなかった未接種者の存在を理由に教育機会を奪われるという、法的バランスを著しく失した事態が生じている。
もし麻疹の感染リスクを理由に教育参加を制限するのであれば、接種を教育参加の条件として義務化すべきである。義務化しないのであれば、未接種者が一定数いることを理由に接種者の教育を止めることは許されない。
インフルやコロナとは違う「ワクチンの圧倒的有効性」
次に感染リスクの実態を確認する。麻疹ワクチンを2回接種した者においては、感染リスクは大幅に低下し、仮にブレイクスルー感染が生じても重症化は稀である。これはインフルエンザワクチンや初期のコロナワクチンとは根本的に異なる有効性であり、この差異は政策判断において決定的に重要だ。
現在の小学生における2回接種率は概ね90%を超えている。
麻しんワクチン接種率について
リスクを実質的に抱えるのは、未接種者・接種歴不明者・免疫不全者などの限られた層である。
国のガイドラインもこの論理を支持している。厚生労働省・文部科学省が作成した「学校における麻しん対策ガイドライン」の基本的な考え方は、一律の学校閉鎖ではなく、免疫を持たない者を個別に特定した上での出席停止措置を軸としている。
ガイドラインが重視するのは接種歴・罹患歴の把握であり、その情報に基づく精密な対応である。一律閉鎖はあくまで選択肢の一つに過ぎず、原則ではない。
それにもかかわらず現場が反射的に学年閉鎖を選択するのは、精密な判断を回避した責任分散の論理に他ならない。
母子手帳のコピー1枚で完結する「精密な対応」
では精密な対応とは具体的に何か。
方法は単純である。流行発生時に保護者へ通知を行い、翌日登校時に母子手帳のコピーで2回接種を確認する。確認できた者は登校可、未確認・未接種・免疫不全者は自宅待機とする。これだけである。コロナ禍で学校が毎朝実施していた健康チェックよりはるかに簡潔な運用だ。接種証明者のみで構成される教室は、実質的に全員が免疫を保有しており、集団内での流行は成立しない。
登校できないハイリスク層の教育機会についても対応は可能だ。学年閉鎖は全員の教育機会を停止するが、選択的出席停止であれば対象は限定される。オンライン授業や課題提出による補完はコロナ禍で既に経験済みであり、技術的・制度的な障壁はない。全体への影響を最小化しながら、ハイリスク者を保護するという二つの目標を同時に達成できる。
そもそも、学年閉鎖に流行を止める実効性があるかも疑わしい。麻疹の潜伏期は10〜14日であり、学年閉鎖が決定される頃には感染性のある期間はすでに終わっている。実態として、閉鎖は流行への事後的な対応に過ぎない。効果が不明な措置のために、なぜ子どもたちの教育を止めるのか。
学年閉鎖の実態は、90%を超える接種者から教育を奪うことで10%以下のハイリスク者を守るという、著しく非効率な設計である。しかも皮肉なことに、全体主義的な一律措置でありながら、本来保護すべきハイリスク者の教育機会をも奪っている。比例原則からも、自由の観点からも、行政効率の観点からも、正当化の根拠が見当たらない。
コロナ禍の教訓はどこへ。教育現場は「思考停止」をやめよ
コロナ禍における過剰な学校閉鎖が子どもたちの教育と発達に与えた影響は深刻であり、その検証は今なお続いている。あの経験から得るべき教訓は明確だ。感染リスクと教育権のバランスは、ワクチンの有効性・接種率・代替手段の有無を踏まえて、個別具体的に判断しなければならない。
麻疹の状況はコロナとは根本的に異なる。有効率の高いワクチンが普及し、接種率は90%を超え、母子手帳一枚で接種歴の確認もできる。それでも一律閉鎖を選ぶのは、判断を放棄して前例に逃げているに過ぎない。これを思考停止と呼ばずして何と呼ぶのか。
麻疹を理由に教育を制限するのであれば、接種を教育参加の前提として義務化。それをしないのであれば、努力義務を果たした接種者の教育機会を奪うことは許されない。現行の対応はそのいずれでもなく、制度の不整合を放置したまま子どもたちに負担を押しつけている。
子どもたちの教育と健全な成長のために、我々が今すべきことは、過去の誤りを検証し、正常な思考を取り戻すことだ。
編集部より:この記事は精神科医である東徹氏のnote 2026年4月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は東徹氏のnoteをご覧ください。







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