黒坂岳央です。
「静かな退職」が話題になるたびに、決まって同じ議論が繰り返される。「社員のやる気がない」「会社が評価しないのが悪い」といった従業員VS企業の構図である。
それぞれの言い分はあるだろう。だが、静かな退職の主語は従業員ではなく、会社だ。つまり、労働者が会社を見限っているようで、実際には会社から戦力外通告を受け、結果として「静かな解雇」を許容されているのだ。
本稿は労働者、企業どちらかに肩入れしてダメ出しをする意図はない。あくまで社会現象として起きている「静かな退職」を考察し、問題構造の指摘の意図を持って書かれた。

Mina Kaito/iStock
労働者をどうするかは会社が決める
昨今の風潮で「労働者の方が強いパワーバランスの転換が起きた」といった話があるが、実態はそんなことはなく会社が労働者の処遇のすべてを決める。
これは特に外資系企業において、露骨に可視化される。可能性があると判断した人材には社費でMBAに行かせ、幹部の右腕に据え、ファーストトラックに乗せる。一方で見限った人材には地方の支社に飛ばすか、本社のデスクワークから現場仕事に切り替えて静かな退職をさせなくする。
これは意図的な人材管理であり、感情の問題でも偶然でもない。
以前、職場でサボっている同僚のオジサンに腹を立てていたことがある。誰がどう見てもやる気はゼロ。エクセルを開いて、小さなウィンドウでYahooニュースを読んでいた。
見かねて上司に訴えた。「あの人、仕事をするふりをしてサボってますよ」と。だが上司の答えは拍子抜けするほど簡潔だった。「あの人はもういい。できる仕事をさせておけばいい」。
その瞬間に気づいた。この人はすでに実質的に解雇されているのだと。年下で役職も同じ平社員の自分が会議に出ている間、その人は電話番をさせられていた。
本人は「自分のペースでお気楽に働いてラッキー」と思っていたかもしれない。だがその人の命運は、本人が気づかないうちに会社が決めていたのだ。
「戦力外通告」は静かに行われる
日本企業は解雇規制があるため、明示的に「お前はいらない」とは言えない。だから代わりに戦略的放置という手法が使われる。重要な会議には呼ばない。大きなプロジェクトから外す。簡単な仕事だけをやらせる。
これは投資における損切りと同じ構造だ。会社はこれ以上リソースを投入しても回収できないと判断したら、最小コストで維持するか、自然退職を待つ。
本人は「評価されないからやる気が出ない」と思っている。だが因果は逆だ。会社が育てる気をなくしたから放置されており、評価されないことへの抵抗として静かな退職を「選んでいる」わけではない。選ばざるを得ない。すでに投資対象から外れていて、評価の土俵にすら上がれない状態に置かれているのだ。
ここに静かな退職の最大の逆説がある。成果を出している人間、期待をかけられている人間は、そもそも放置されない。上司が声をかけてくる。新しい仕事が降ってくる。責任が増える。仮にミスマッチを感じれば、市場価値があるから転職して条件を上げにいく。静かな退職が「できる」環境にいること自体が、すでに戦力外判定を受けた証拠なのだ。
やる気は手放すな
自分が言いたいのは、「結果を出せない人は投資不適格」などといった極論ではない。世の中で結果を出せる人間は少数派であり、会社はさまざまな人が支え合って回る仕組みになっている。また、事情があってフルタイムで働けない人もいるはずだ。
言いたいのは「思うように評価されないからと、ふてくされて会社を搾取対象にするようなポジションはリスキー」ということだ。誰もが結果を出せるわけではない前提を踏まえつつも、「やる気は失うべきではない」と主張したい。
会社も上司も冷たい機械ではない。特に若手のうちは意欲を買ってポテンシャルにベットしてくれる上司はいる。筆者自身、仕事ができる方ではなかった。むしろ、足を引っ張っている場面も多かった。だがやる気は買ってもらえたので、当時の上司にありがたい指導をして伸ばしてもらえた記憶がある。会社とは案外、人情で動いている部分も大きい。
問題は結果が出ないことではない。やる気まで失った時だ。結果が出なくてもやる気があれば、上司は見捨てない。だが結果もやる気も両方なくなった瞬間、会社の損切り判断が静かに下される。静かな退職の本当の分岐点はそこにある。
◇
「静かな退職はまるでベーシックインカムのようでラッキー」と思われるかもしれない。だが変化の早い時代はその牧歌的な時間を保証しない。ある日突然、外資に吸収される。いきなり現場仕事に配属される。縁もゆかりもない地方に飛ばされる。こうした青天の霹靂は十分ありえる話だ。
そしていざ労働市場に放流された時、20代であれば年齢だけでポテンシャル採用の余地がある。だが30代・40代になってスキルも実績も積み上がっていなければ、ただ仕事のできない中高年として市場価値はほぼゼロだ。静かな退職中もその間に市場価値の差は広がり続ける。
静かな退職とは従業員の戦略ではなく、企業側の損切りである。「自分が選んでいる」という錯覚に気づかないまま時間を費やすこと、それが唯一にして最大のリスクだ。
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