「日本が貧しくなりパスポート率が低下」は大ウソ

黒坂岳央です。

最近、日本のパスポート保有率が17.8%に落ち込んでいることが国会で取り上げられた。

この事象に対し、政治家は「円安や物価高、少子高齢化による影響で、由々しき事態」と問題提起を行った。メディアやSNSでは、若者の海外離れを「経済力低下」と結びつけ、とにかく悲観的に日本の国力低下を嘆くような声が散見される。

だが、結論から言えば、日本人のパスポート保有率が低い本質的な理由は、「経済力低下」ではない。データで証明する。

Yobab/iStock

日本人は昔から内向き志向だった

そもそも論として、「経済力低下が原因」というなら昔はパスポート保有率が高くなければ話がおかしくなる。ではデータはどうなっているか?

日本のパスポート保有率は円安が話題になる前、2019年時点で23.8%に過ぎなかった。さらに今より若者が多く、1ドル80円台という歴史的な円高を謳歌していた2011年前後であっても、日本人のパスポート保有率は一貫して20%台の低空飛行を続けていた。今は確かに当時よりさらに低下しているが、「経済力低下で急落」というのは明らかにミスリードと言わざるを得ない。

また、国会答弁で引き合いに出されたドイツの保有率80%という数字と日本を比較するのもナンセンスの極みだ。欧州は陸続きであり、シェンゲン協定によって国境審査すらなく、日常の買い物や通勤のレベルで隣国へ移動できる環境にある。

一方、日本は四方を海に囲まれた島国である。海外へ出るには必ず航空機や船で海を越えなければならず、物理的な移動にかかるトータルコスト(時間、金銭、出入国手続き)が根本的に異なる。

EUと違い、島国である日本は「海外は遠い」という感覚が非常に強い。これは物理的だけでなく、精神的な意味でもだ。

「日本はダメになった」という結論ありきでパスポート保有率の低下を騒がしく取り上げるのは、大きな違和感がある。

海外に行くインセンティブがない

ではなぜ、日本人は海外へいかないのか?筆者は昔から人一倍、海外への憧れが強く、大学在学中もアメリカの大学に留学しているし、海外旅行も一般より多めに経験している。外資系で外国人と働いてきたし、今でも海外企業と仕事でやり取りもある。その立場から見解を述べたい。

まず、そもそも論として、日本人にとって海外にいくインセンティブは他国と比較すると圧倒的に低い。日本はあまりにも住心地が良すぎるのだ。

これはもう20年以上前の書籍で読んだ話だが、「日本は母国語で高度な技術、医学を大学で学べる大国だ」という記述があり、印象的だった。それは今も変わらず、日本で医師になるには海外の大学にいかずとも、医学部に進学すれば医師になれる。

筆者が米国の大学に留学したのは「米国会計」を学ぶためだったので、いかざるを得なかった。当時、米国会計を学び、監査法人や税理士法人、外資系企業を目指せる大学が日本になかったので留学したのだ。

だが、筆者のような人間は例外的であり、「デザインを学ぶため」「プログラミングを学ぶため」という動機でわざわざ英語を学んで海外留学する人は極めて少数派だろう。もちろん、それをする経済的メリットは大きいが、「外国語取得」「高額な学費」「異文化学習」といういくつもの壁を超えてまで行く人は少ない。

日本はあまりにも便利で楽しい

さらに大きな理由は、日本の国内インフラとサービスの完全性である。

日本の最大の特殊性は、母語である日本語のみで、高度な教育だけでなく、多様なエンターテインメント、そして世界トップクラスの治安水準を享受できる点にある。非英語圏でありながら、これほど高度に国内市場が完結し、生活水準を極大化できる国は他に類を見ない。

アニメ、ゲーム、ドラマは日本語のコンテンツが面白すぎるので、「内容を理解するために必死に英語を学ぶ」というインセンティブがない。他国では真逆で「日本のアニメやゲームに触発され、日本文化と日本語を学ぶため」と留学する人に出会ってきた。だが、「ハリウッド映画にハマったので」と英語を学ぶ人は多くない。この非対称性は無視できない。

そして海外といえば「旅行」だが、これも日本の外へ出る理由があまりない。正直、日本はあまりにも豊かな観光資源が多すぎる。

筆者はなるべく日本経済に寄与するため、海外旅行もするが日本国内旅行を意識していくようにしている。だが、正直、ハワイより沖縄、北欧より北海道が好みだ。

移動にかかる時間的拘束、渡航先での犯罪被害リスク、為替変動リスク、そして何より現地で提供される食事やホスピタリティの質を総合的に勘案すれば、国内旅行が圧倒的にコストパフォーマンスが高いと感じてしまう。

「貧しくて円安なので行きたくてもハワイに行けない」のではない。「高いコストとリスクを負って海外に出るより、低コストで質の高いインフラを享受できる国内を選択する方が、消費者としての満足度が高い」のだ。これはおそらく筆者だけではないだろう。

逆に海外に行けば、憧れの国の観光地へ行くと、薬物中毒者がいたり、ボッタクリや差別にあうなど、不快な思いもする。

このように明確な目的を持たずに漠然と海外へ行けば、高いコストに見合うリターンが得られず、単に不便とリスクを消化するだけの「修行」のような経験になりかねない。いや、実際「居心地の良い日本を出て、海外で苦労してこい」みたいな話があるあたり、修行的要素が強いといえる。

総じて、日本のパスポート保有率の低さを「貧困による国家衰退のシンボル」として消費するのは、事実を見誤っている。それは単に、地理的に隔離されながらも独自の発展を遂げ、国内市場だけで極めて高い生活水準を維持できる社会構造がもたらした、合理的な最適解に過ぎない。

むしろ、誰もが海外脱出を試みるような国家になった時が本当の危機だろう。

2025年10月、全国の書店やAmazonで最新刊絶賛発売中!

なめてくるバカを黙らせる技術」(著:黒坂岳央)

アバター画像
働き方・キャリア・AI時代の生き方を語る著者・解説者
著書4冊/英語系YouTuber登録者5万人。TBS『THE TIME』など各種メディアで、働き方・キャリア戦略・英語学習・AI時代の社会変化を分かりやすく解説。

コメント投稿をご希望の方は、投稿者登録フォームより登録ください。

コメント