ユダヤ人に見られる「反キリスト教」傾向

イスラエルのエルサレムのシオンの丘近くで、39歳のユダヤ人男性が4月28日、道を歩いていたフランス人修道女を突き飛ばし、倒れた修道女を足蹴にするなどの暴行を加えた。修道女への暴行事件の様子は今月3日に入って動画で拡散され、イスラエル国内で衝撃を与えている。

キリスト教徒のイスラエル兵士たちと会見するネタニヤフ首相、2026年4月26日、イスラエル首相府公式サイトから

それに先立ち、レバノン南部のデブル村でイスラエル軍兵士が先月19日、ハンマーでイエス・キリストの像を損壊する画像がSNSで拡散された。デブル村のファディ・ファルフェル司祭は「イスラエル兵が十字架を壊し、私たちの神聖な象徴を冒涜するという恐ろしいことをした」と述べ、地元コミュニティの深い憤りを伝えた。

その他、ユダヤ教、キリスト教、そしてイスラム教の3宗教の聖地があるエルサレム旧市街では、超正統派ユダヤ教徒がキリスト教の聖職者に唾を吐きかけたり、暴言を吐いたりする行為が常態化している。

2025年には、ガザ唯一のカトリック教会「聖家族教会」の敷地が攻撃を受け、避難していた市民が死傷した事件がある。また、ガリラヤ湖畔にある著名な教会「パンと魚の奇跡の教会」が2015年、ユダヤ教過激派によって放火され、壁にヘブライ語で異教徒を侮辱する落書きがされた。エルサレムのシオンの山にあるキリスト教徒の墓地で、墓石や十字架が破壊される事件が発生した。

レバノンの十字架像への冒涜事件についてはこのコラム欄で詳細に報じたが、イスラエル社会における反キリスト教傾向について、もう少し突っ込んで考えてみたい。

①イスラエル政府内に超国家主義者や宗教的極右勢力が参画したこと、②一部の過激派が「ユダヤ人の土地における異教の排除」という排他的な考えを正当化し、行動をエスカレートさせている、③ユダヤ教の超正統派や右派若年層の一部において、キリスト教を「偶像崇拝」とみなし、エルサレムから排除すべき存在と捉える過激な思想が強まってきている、④ガザ情勢やレバノン国境での緊張が続く中、宗教的なアイデンティティが先鋭化し、他宗教への不寛容さが攻撃的な形で表出しやすくなっている、等々が要因として挙げられている。

イスラエル中央統計局(CBS)の最新データに基づくと、イスラエルのキリスト教徒の人口(2025年末時点)は 約18万4,200人で、総人口の約1.9%だ。そのうち約78.7%がアラブ系キリスト教徒だ。ちなみに、エルサレム市には約1万3400人のキリスト教徒が住み、ナザレ(1万8,900人)、ハイファ(1万8,800人)に次いで3番目に多い居住地となっている。

ユダヤ人がキリスト教徒へ強い反発を有する背後には、キリスト教会が久しくユダヤ民族を「メシア殺害民族」として蔑視してきた歴史と密接な関連性がある。「メシア殺害民族、神殺し(deicide)」という非難は、何世紀にもわたりユダヤ人迫害の神学的根拠となってきた。これに対し、現代のユダヤ社会は「歴史的・学術的な反論」と「宗教間の建設的な対話」を通じてこの問題を克服(昇華)しようとしてきた。

ユダヤ社会は先ず、キリスト教会側の一方的な非難を「虚偽の主張(The Christ-Killer Lie)」として退けている。理由は、①十字架刑は当時の統治者であるローマ帝国の刑罰であり、ユダヤ教の処刑方法(投石など)ではないこと、②当時のユダヤ教指導層の一部が関与した可能性は否定できないが、民族全体や後世の世代に責任を負わせる「民族罪」という考え方は不当、③神学的反論としては、ユダヤ教の教義において、イエスはメシア(救世主)の条件を満たしていないから、神殺しという概念自体が成立しない、④福音書の中の反ユダヤ的表現が当時のユダヤ教内部の派閥争いや、後のキリスト教共同体の政治的背景から生まれたものであること、等々が挙げられている。

また、⑤イエスが当時のユダヤ教の文脈の中で活動し、律法を重んじる一人のユダヤ人であった。それゆえに、イエス対ユダヤ人という「対立構造」ではなく、「ユダヤ教内部の多様な議論の一つ」として新約聖書を読み直す必要があること、⑥新約聖書には「ユダヤ人たち」を悪役のように描く記述があるが、これらの記述は「ユダヤ教対キリスト教」の争いではなく、当時のユダヤ教内の異なる派閥(ファリサイ派、サドカイ派など)による激しい主導権争いの反映であったこと、そして⑦キリスト教がローマ帝国で普及する際、ローマ側の責任を軽くし、ユダヤ側に責任を転嫁せざるを得なかった政治的背景があったことなどが指摘されている。

「メシア殺害民族」問題では、キリスト教側とユダヤ教側から相互理解を促進する動きがあった。キリスト教側からは、1965年の第2バチカン公会議による宣言「ノストラ・アエターテ」(キリスト教以外の諸宗教に対する教会の態度についての宣言)で、カトリック教会は「イエスの死の責任は当時のユダヤ人全員にも、今日のユダヤ人にも帰せられない」と公式に宣言した。ユダヤ教からは 2000年、200人以上のユダヤ人学者やラビが連名で「ダブルー・エメット」(真実を語れ)という声明を発表した。これは「キリスト教徒を敵ではなく、神を敬うパートナーとして見る」という前向きな姿勢を示したもので、歴史的な敵対心を乗り越えようとする動きだ。

現代では、イスラエルとキリスト教会の間で、聖地の保護や人道支援といった共通の利益のために協力する関係が築かれてきている。過去の呪縛を解き、現代社会の課題に共に立ち向かう実務的な共生が模索されてきたわけだ。

レバノンの十字架像の破壊や修道女への暴行事件は、こうした歴史的対話の進展とは逆行する動きであり、ユダヤ社会の主流派や政府は「恥ずべき行為」として非難している。

なお、イスラエルのネタニヤフ首相は先月26日、イスラエル国防軍(IDF)の部隊に所属するキリスト教徒の兵士や指揮官と会談している。同首相は「私は今、首相官邸で、素晴らしい若者たちのグループと会っている。彼らはイスラエル国防軍に所属するキリスト教徒の兵士たちだ。彼らは私たちの素晴らしい軍隊のあらゆる重要な役職を担い、素晴らしい働きをしている。イスラエルは中東で唯一、キリスト教徒コミュニティが繁栄し、成長し、拡大している国だ」と自負している。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2026年5月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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