50代から人生が温まる、ということ

VolodymyrKozin/iStock

書評を仕事にしていると、「何歳からでも人生は変えられます」という類いのフレーズに、年に何百回と出会う。だいたい眉に唾をつけて読み流す。が、たまに、本当にそう思える話に行き当たることがある。

優子さん(仮名)の話がそうだった。

複雑な家庭環境で育ち、家族のなかで孤独を抱え続け、50代になっても心の奥にあきらめがあった人が、フラクタル心理学を学んで1年経ったころ、こう言ったという。

「ものを見て『素敵だな』って感動したり、いつものジムの光景なのに、人が楽しそうに会話しているのを見て『なんかいいな』と微笑ましく感じるようになったんです。これまで一度もそんなふうに思ったことがなかったので、そう感じられる自分がうれしくて」

この一節を読んで、私は手が止まった。

「素敵だな」「なんかいいな」——そんな当たり前のことを、50代になって初めて感じた、と本人が言っているのだ。逆に言えば、それまでの50年間、彼女の世界には「素敵」も「なんかいい」も存在していなかったということになる。

これは重い。書評として軽く流すには、あまりに重い告白だ。

そういえば、自分の母親も似たような世代の女性だ。家庭の事情を背負い、寂しさを抱えたまま、ある時期からそれを口にしなくなった。たぶん「言っても仕方がない」と思ったのだろう。私はそれを、ごく普通の昭和の母親像として受け取ってきた。だが、優子さんの話を読んで、本当はあれもひとつの「あきらめ」だったのではないか、とふと思った。

話を戻す。優子さんはその後、パートナーと出会い、二人で事業を始め、ウエディングドレスを着ることを夢見るようになる。50代で、である。一度はあきらめていた「誰かに必要とされて生きる」を、彼女は遅れて手にした。

これを「奇跡」と呼ぶのは簡単だ。だが、本人は奇跡だとは思っていないだろう。彼女がやったのは、心のなかの「もうダメだ」という解釈を、別の解釈に書き換えただけのことだ。世界の側は何も変わっていない。変わったのは、世界に向ける本人の温度のほうである。

私たちはつい、「環境が変われば心も変わる」と考える。だがこの順序、案外逆なのかもしれない。心のほうが先に変わると、不思議なことに環境も追いついてくる。少なくとも、見え方は確実に追いついてくる。

50代でも、60代でも、心が温まり始めるのに遅すぎることはない。これはきれいごとではない。優子さんという、たった一人だが具体的な例が、現にそこにいる。それで十分ではないか。

少なくとも、「もう遅い」と思っている人ほど、この一例だけは知っておいて損はない。私はそう思う。

※ ここでは、本編のエピソードをラノベ調のコラムに編集し直しています。

尾藤克之(コラムニスト、著述家、作家)

わたしを変える魔法 フラクタル心理学でもっと幸せな未来をつくる』(白石美帆 著)同文舘出版

<書籍評価レポート>

■ 採点結果
【基礎点】  40点/50点(テーマ、論理構造、完成度、訴求力)
【技術点】  19点/25点(文章技術、構成技術)
【内容点】  20点/25点(独創性、説得性)
■ 最終スコア 【79点/100点】
■ 評価ランク ★★★ 標準的な良書
■ 評価の根拠
【高評価ポイント】
テーマの普遍性:
「思考が現実化する」「心は何歳からでも育つ」という主題は、年齢や属性を問わず幅広い読者に響く射程を持っており、現代の生きづらさを抱える層に対する訴求力は高い。

構造論としての切り口:単なる精神論や引き寄せ系の言説に留まらず、「フラクタル=相似形」という構造的視点を持ち込んだ点に独自性がある。心のなかの葛藤と外界の対立を同じ構造として捉える発想は、類書との差別化要素として機能している。

実践者の語り口:著者自身が2012年からカウンセリングを続けてきた実践者であり、自身の変化体験を交えた語りには、机上の理論にはない説得力がある。

【課題・改善点】
既存類書との重なり:
「思考が現実化する」という主題自体は、引き寄せの法則や類似する自己啓発書で繰り返し語られてきた領域であり、フラクタルという切り口を除けば、訴求軸の新規性は限定的である。

検証可能性の弱さ:個別事例の説得力は高い一方、効果の再現性や科学的裏付けの提示が弱く、「主観的体験談の集合」という印象を与えかねない。

構成上の冗長さ:同じ主旨が表現を変えて繰り返される箇所があり、編集面での絞り込みがあれば、論旨はさらに鋭く伝わったと思われる。

■ 総評
フラクタルという構造論的視点を心理に応用した発想は類書と一線を画しており、テーマの普遍性と具体例の臨場感によって、読者を引き込む力は十分に備えている。一方で、既存の引き寄せ系言説との重なり、科学的裏付けの薄さ、自己責任論への滑りやすさといった課題も残る。著者の実践的な語り口と50代女性の事例は確かに胸を打つが、書籍全体としては「考え方の枠組みを提示する書」の域に留まる。標準的な良書として、この種のテーマに関心のある読者には一読を勧められる一冊である。

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コメント

  1. 岡本マヤ より:

    マチュアーな魅力

    周りに対して寛容になったり感受性にまろやかさが加わったり、年を重ねるとそうなると思います。
    心のサイズが広がってくる。

    自分はどうだろう…と時々考える。
    若々しさの秘訣にあまり老成しない事だと思います。円熟さを求めるなら。