道の駅「もっくる新城」でTKG
4月のある土曜日。朝ごはんでどうしても卵かけご飯が食べたくなりました。でも、あいにく家には新鮮な卵がありません。じゃあ、どこかの店で卵を買いにー

ではなく、車を1時間飛ばして愛知県新城市の道の駅にやってきました。「もっくる新城」は新東名高速道路の新城インターをおりてすぐのところにあります。ETC2.0なら高速を降りて立寄っても高速料金が通算されます。利便性の高い立地のため、朝からお客さんがたくさんいます。


ここに朝くるお客さんの目的は、これ。もっくる新城名物の卵かけご飯モーニングです。遠方からだけではなく、近所からも多くのお客さんがこれ目当てでやってきます。卵かけご飯は卵3個、ご飯盛り放題で720円。以前は卵も無制限だったらしいですが、原価高のこのご時世、難しくなっているようです。それでもこの値段は良心的だと思います。

トッピングも選び放題。のりやねぎといった定番から粉チーズといった変わり種もあって、ここでしか味わえないTKGが楽しめます。
戦国史の転換点となった戦いの舞台・設楽原(したらがはら)を訪ねる

腹ごしらえをしたあと、道の駅からすぐのところにある「設楽原歴史資料館」を訪ねます。1575年に新城市内にある長篠(ながしの)城を巡り、織田信長・徳川家康連合軍と武田勝頼軍が戦った「長篠の戦い」の決戦地となった場所です。

資料館には多くの鉄砲が並びます。日本では1550年ごろに戦で使われるようになりましたが、鉄砲隊が大いに活躍し、その後国内に広まっていったきっかけとなったのが長篠の戦いでした。

戦の場で合図を行うのに使われたほら貝の陣笛。武田軍が使用していたものです。ドラマなどの戦の場面でよく耳にしますが、実際に音を鳴らしているところは見たことがないですね。どのくらい音が響くものなのでしょうか。

資料館の屋上からは設楽原の戦いの現場に復元された馬防柵を見ることができる、ということで登ってみました。どこにあるかわかりますか?

お、あそこだ!近くまで行くことができるということなので、資料館を出てあそこまで行ってみることにします。

鉄砲を利用していた織田・徳川連合軍に対し、武田軍は騎馬隊が主流でした。手前の川のぬかるみに足を取られながら進軍する武田軍に対し、織田・徳川連合軍は三重の、全長2キロ以上に及ぶ馬防柵の内側から鉄砲で応戦し、勝利します。
この戦いで織田信長は天下人に近づき、徳川家康は三河を平定して遠江に対する影響力を強めていきました。一方、武田軍は南信濃に退き、後の織田、徳川、北条氏による甲州征伐による武田氏滅亡のきっかけを作ることとなってしまいました。
よう来たのん!四谷の千枚田

よくきたね!と東三河弁で迎えられます。
戦国の歴史を学んだあとは車を北に向かわせて山の中へと入っていきます。25分ほど走ってやってきたのは「四谷の千枚田」。以前にも来たことはありますが、ちょうど田植えが始まったころだと思い、その風景を見ておきたいと思ったのです。

山間に作られた棚田の風景がこちら。鞍掛山の斜面を活用して連なる1000枚以上の棚田。開墾以来400年、ここで稲作が続けられています。狭い斜面に開かれた小さな田んぼたち。ここを開墾した人たちの苦労がしのばれます。

リアルな造りの案山子もこの棚田の名物。リアルに作ることで、カラスとかは警戒してこなくなるんでしょうかね?


田植えの時期、水路に水が流れていました。今年の冬、太平洋側は雨が少なかったですが、特にこの地域は雨が少なく取水制限が取られていました。今は水も戻り、一安心です。鞍掛山は湧水の湧く土地であり、こんな時期でも水枯れしにくい場所に開墾したと言われています。先人の知恵に頭が下がります。

棚田の里に泳ぐ鯉のぼり。失われつつある日本の原風景。残していく側の苦労は相当のものがあると思いますが、いつまでも後世に残してほしいものだと思います。
奥三河ドライブはまだ続きます。次回はこの春高速道路が開通し、愛知最後の秘境から観光地への転換を図ろうとする場所へご案内したいと思います。
編集部より:この記事はトラベルライターのミヤコカエデ氏のnote 2026年5月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はミヤコカエデ氏のnoteをご覧ください。







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