
petesphotography/iStock
私の祖父、杉山甫(はじめ)は、営林署長として北海道中を回った。昔の営林署長というのは、それなりに町の中では尊敬されていて、腰には銃も身につけていたと言われている。仕事柄、山に入ることは当然よくあり、冬にはアザラシの皮をつけた木製のスキー板を履いていたという。
その祖父に、子供のころ、「ヒグマに会ったことがあるの?」と聞いたことを覚えている。答えは、「無い」、ということだった。これだけ山に入る人ですら、見たことがない、という答えだったことは、つよく印象に残った。
ところで今、春になってまた熊の出没があちこちで相次いでいる。ゴールデンウィーク中にも全国各地で熊の目撃が報じられ、岩手県紫波町では、山菜採りに出かけた女性が熊に襲われて死亡したもようだと報じられている。環境省も令和8年度の熊による死亡事故数を随時更新するページを設けている。

この状況をどうすれば改善できるのか。
以前、元日本生態学会会長の松田裕之先生にお話を伺った。動画「熊が人を襲う本当の理由は? 人と熊は友でなく、恐れ合う関係に」で解決策が提示されている(講演資料も同じページから読むことができる。)
松田先生の答えは明快である。人と熊は友達になって共生などできない。互いに用心し、怖れ合う関係にならなければならない、ということだ。熊には「良い熊」と「悪い熊」を分けて考える。良い熊とは、人を怖れ、自然に人を避ける熊である。悪い熊とは、人を怖れず、人家や農地に近づき、やがて人を襲う危険のある熊である。ゴミや食べ残しを口にした熊は、人を避けなくなる。人の食べるものは美味しいし、人を怖れなくてよいと学習するからだ。
いま行われている対策は、間違いではない。個体数管理、ゾーニング、生ごみや果実など誘引物の管理、市街地に現れた熊の捕獲などである。環境省も2026年のガイドライン改定で、従来の「維持・増加」を基本とした考え方から、「維持・減少」を含む管理へ方針を見直し、市街地・農地等を「排除エリア」として、そこに出没する熊は問題個体として原則捕殺することが適当だと整理した。(環境省)
だがこれだけでは足りないのだ。人里に出てきた熊を捕獲するだけではすでに後手に回っている。逆に、山へと銃を担いだ人間が入り込んで、熊が人間の殺気を感じ、人を避けることを学ばなければならない。人が山に入って熊を撃ちに行く。これは残酷なようであるが、これによってこそ、人と熊が共存するために必要な距離を作ることが出来るのだ。
北海道では、かつては昭和41年から残雪期の「春グマ駆除」が行われていたが、やがて、個体数の減少が懸念されたため、平成元年度に廃止された。その後は保護に重心を置いた施策が続いたが、近年は、捕獲圧が緩んだことが一因と考えられる、人への警戒心が希薄なヒグマの出現が指摘されている。(札幌市)
行政もこのような方向性に踏み出している。北海道はすでに「春期管理捕獲」を始めている。これは2023年2月に始まった事業で、人里周辺に生息・繁殖するヒグマの低密度化と、人への警戒心の植え付けを目的としている。つまり、松田先生が言う「恐れ合う関係」の回復について、行政でも意識的な対応が始まっている。(釧路市)
昭和の春グマ駆除をそのまま復活させればよい、ということではない。個体群ごとの科学的推定、捕獲上限、地域差への配慮、熟練ハンターの育成、モニタリング、情報公開など、より近代的な対応が望ましい。
しかし、結論は避けて通れない。人が山に撃ちに入らず、熊が人を恐れなくなれば、人里に降りてくる熊は増える。熊の狩猟・管理捕獲を本格的に再開し、拡充すること。おそらくこれしか答えはない。それは人命を守るためであり、結局は、人を避けて山で生きる熊を守るためでもある。
■








コメント