「恨み」と「憎悪」を拡散させる戦争

イラン国営通信IRNAが10日、報じたところによると、イラン最高指導者モジタバ・ハメネイ師が同日、イスラム革命防衛隊(IRGC)の中央司令部司令官アリ・アブドラヒ少将との会談で新しい指令を発し、「戦闘準備態勢を強化し、攻撃的な敵に決定的に対処するように」と言い伝えた。

アブドラヒ司令官は会議中、国の防衛準備態勢に関する包括的な報告書を提出し、「イラン軍、IRGC、治安・国境警備隊、国防省、バシジ志願兵などが、高い士気と戦略的計画でアメリカ・シオニストの敵に立ち向かう準備ができている。敵による戦略的誤り、攻撃性、軍事的悪戯はイスラムの戦士たちによって迅速かつ、激しく、力強く対処される」と強調したうえで、モジタバ師に対し、「軍はイスラム革命の理想だけでなく、愛するイランの主権、領土保全、国益を守り続ける」と保証した。

イランの元最高指導者アリー・ハメネイ師と4人の息子たちの写真(資料写真)、イラン・インターナショナルから

ロイター通信は11日、イランの精鋭軍事組織「革命防衛隊」に近いタスニム通信の報道として、イラン政府が米国の戦闘終結に向けた提案に対し、米軍による海上封鎖の終了や、戦闘を再開しない保証、制裁の解除、イランによる石油販売の禁止措置の終了などを求めた。さらにイラン国営メディアの報道を引用し、レバノンを含む全戦線での戦闘終結に加え、戦争の被害に対する賠償の要求、ホルムズ海峡を巡る主権の承認などもイランの回答に含まれていると報じた。それに対し、トランプ米大統領は10日、SNSで、回答を読んだとした上で「まったく受け入れられない」と反発した。イラン戦争を早期終焉したいトランプ政権にとって次の対応に苦慮することになる。

ところで、海外のイラン・メディア「イラン・インターナショナル」には米イスラエル軍の空爆で殺害されたアリ・ハメネイ師の家族写真が掲載されていた。その一枚にはハメネイ師とその息子4人が写っている。

ちなみに、2月28日の米イスラエル軍の空爆でハメネイ師は妻や孫たちを失っている。生き残った息子のモジタバ師自身も奥さん(ザーラ・ハッダド・アデル)と息子モハンマド・バゲルを失っている。モジタバ師は父親の後継者に選出されたものの、顔面から足にかけ重傷を負って、最高指導者に選出された後も今日まで公の場に姿を現していない。

モジタバ師については、①死亡説、②治療中説、③「隠れイマーム説」などの推測がメディアで報じられてきた。空爆後70日以上経過した現時点で①は完全には排除できないが、非現実的となった。③「隠れイマーム説」は宗教的には考えられるが、現実ではない。となれば、②の治療説が有力となる。ちなみに、ペゼシュキアン大統領は過去、最高指導者アリ・ハメネイ師の後継者、モジタバ師との緊急会談を繰り返し要求してきたが、IRGCのヴァヒディ司令官から拒否されてきた。しかし先日、やっと会見が実現したという報道が流れてきた。②の説が現実味を帯びてきた。

以上から、モジタバ師は生きており、治療中で、最高指導者としてその使命を今後実行していくと考えるのが現時点では最も説得力がある。実際、米情報機関は「モジタバ師は戦闘終結を巡る交渉に関与している可能性が高い」と見ている。複数の米メディアが報じている。

問題は、モジタバ師の出方だ。同師が戦争の早期停戦を指令し、外交、対話を通じて解決するように要請するかだ。IRNA通信によると、同師は戦闘の継続を命令しているのだ。

考えてほしい。父親、母親ばかりか、妻、息子も空爆で失ったモジタバ師が米国との戦闘は勝ち目がないとして停戦をIRGCに指令するだろうか。もちろん、戦略的な計算が働くだろうが、モジタバ師の米国、イスラエル両国への恨み、憎悪は2月末の空爆前より強固となっていると考えて間違いがないはずだ。

戦争は、その犠牲者に恨み、憎悪を植え付け、それを拡散する。敵国に対して容易には恨みを昇華することはできない。モジタバ師だけではない。イランの治安部隊に射殺されたイランの抗議デモ参加者の遺族にもいえることだ。戦場での戦闘が終わったとしても、犠牲者の憎悪、恨みが直ぐに消えることはないはずだ。モジタバ師の家族写真を見た時、同師には米国、イスラエルへの深い憎悪、恨みが燃えているだろうな、と強く感じさせられた。

ところで、イスラム教の少数派シーア派の盟主イランにはサウジアラビアやエジプトなど多数派のスン二派とは異なり、「殉教の信仰」(アシューラー)という歴史的なアイデンティティがある。シーア派の「殉教の信仰」は、現代においても「不当な支配や抑圧には屈しない」という政治的なエネルギーとなって発揮されてきた。

例えば、1979年のイラン革命の時、当時の国王パフレヴィ―2世を「現代のヤズィード(フサインを殺した暴君)」になぞらえ、民衆の抵抗を促した。また、イラン・イラク戦争の時、「天国の鍵」を首にかけた少年兵が地雷原に突撃した際も、この殉教思想が精神的な支えとなり、犠牲を恐れずに戦い続けることが美徳とされた。殉教思想はシーア派勢力に、軍事力だけでは測れない不撓不屈の精神を作り出す。

世界の原油の安全輸送ルート確保に腐心するトランプ氏に対し、死を恐れない「殉教の美学」に酔いしれるモジタバ師を中心としたイラン軍との戦いはこれから幕を開けようとしているのではないか。トランプ大統領はシーハ派の「殉教の美学」を侮ってはならない。

昔、一人の霊能者から聞いた話だ。神はユダヤ人を大量殺害したアドルフ・ヒトラーを許そうとしたが、自分や家族を殺されたユダヤ人がヒトラーを絶対に許さないため、ヒトラーを許すことができなかった、というのだ。犠牲者が許さない限り、神は加害者を一方的に許すということはできないのだ。

戦争は恨み、憎悪を拡散する。その恨み、憎悪は代々継続され、消えない。恐ろしいエネルギーだ。父母、妻、息子を殺害されたモジタバ師の動向は、ホルムズ海峡の封鎖問題以上に本来、深刻なテーマだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2026年5月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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