黒坂岳央です。
先日、SNSに「上京しちゃいけない側」の人たちという投稿が流れてきた。
最近「上京しちゃいけない側」なのに上京しちゃう人が多すぎるんだよね。東京への憧れを持って上京するのは良いけど、初任給30万も貰えないような企業で上京したところで無駄に高い家賃を払わせ続けられて満員電車で疲弊する養分になるだけだぞ。
東京はあなたを幸せにしてくれない https://t.co/oMWs1Re7nx— ブギーちゃん@Z世代戦士 (@sonshi600913) May 17, 2026
非常に大きく拡散されており、これだけの数字が出るということは、同じ現実に直面している人間がそれだけ存在するということだ。
筆者はかつて「東京で成功したい」と夢を持って上京した人間だし、過去には「40代年収400万の上京組は実家へ帰りなさい」という記事を書いた。
若者なら誰しも東京へ行き、荒波に揉まれることで成長できる時代があった。だがそれは2019年までの話であり、今は時代が変わった。現在は東京へ行くべきでない属性がある。
上京しちゃいけない側の人間とは、up or outという厳しい東京という場所で年齢とともに上へいく気概を持てない人たちだ。

lechatnoir/iStock
東京は競争で勝つ前提の街
そもそも東京は「地方でくすぶった人が受け身で幸せを期待する場所」ではない。「厳しい他者競争を勝ち抜いて幸せを掴む場所」という本質がある。
競争を勝ち抜く能力と意志がある人間には、地方では得られない密度の機会を提供する「競争インフラ」だ。実際、筆者は地方では得られない外資系企業でのキャリアを作るために上京し、戦っていた。年収が右肩上がりに増え続ける人間には、東京は確かに報いる街である。
だが年収が横ばいのまま年齢だけを重ねると、家賃や物価の上昇に確実に追い越される。地方で暮らしていれば普通に手に入ったはずの「結婚」「ゆとりある住まい」「子供」といった幸福が、東京では永遠に手の届かない場所へ移動し続ける。
ここで「人生はお金だけじゃない」という反論が想定されるが、問題の本質はそこではない。東京という街は、お金以外の価値を享受するためにもお金が必要な構造になっているのだ。
友人と食事をするにも、子供を公園で遊ばせるにも、休日に気分転換するにも、あらゆる行動にコストが乗る。地方なら無料の自然や空間が、東京では有料施設に置き換わる。
「お金より時間が大事」と言っても、満員電車に1日2時間を奪われる生活で時間的豊かさは生まれない。「人間関係が大事」と言っても、会うたびに割高な飲食代が発生する街で気軽な付き合いは維持しにくい。
お金がないと買えないのは物質だけではない。時間、余裕、選択肢、精神的なゆとり、そのすべてが東京では課金が必要になる。
さらに2019年以降、東京の競争はさらに激化した。ポストコロナで金利、インフレ、不動産価格が大きく変化したからだ。
インフレが定着し、住宅ローン金利も上昇局面に入った。都心の不動産価格は一般サラリーマンの手が届かない水準へと高騰している。それ以前の東京には、築古物件を選べば家賃を抑えられるような「貧乏でも工夫すれば住める抜け道」があった。そこから努力してより良い住処へ下剋上する、というルートには夢があったのだ。
その抜け道が今、完全に塞がれつつある。所有権での購入が困難になった結果、定期借地権という形態に押し込まれる構造が急拡大しているからだ。
不動産経済研究所のデータによると、2025年の首都圏における定期借地権分譲物件は1,502戸と過去最多を更新。中古流通件数も前年比136%と急拡大している。定期借地権とは土地を買えない人間が地代を払い続ける契約であり、更新のたびに条件が変わる。
「安く住める選択肢が増えた」のではなく、「所有権で買えない層が増えた結果、そこに押し込まれる人間が増えた」という構造だ。東京23区の新築マンション平均価格は1億3,613万円。一般的なサラリーマンが所有権で都心に住むという選択肢は、事実上消滅しつつある。
かつての東京は「頑張れば普通の生活が買えた」街だった。しかし今の東京は完全な「課金ゲー」だ。課金力がない状態で参加すると、「普通の生活」すら手が届かなくなる。富む者がますます富み、海外からの買い手増加で競争は更に激化、インフレが進んで課金ゲーで押し負けるとますます厳しくなっていくのがメガトレンドである。
東京で課金ゲーしないと買えないもの
課金力不足の人間が直面する現実は、以下の3つの戦線に現れやすい。
1つ目は恋愛や結婚市場である。
地方では年収300万円未満でも結婚している若者は山ほどいるが、東京の恋愛市場では経済力がまず最低限の参加資格になる。代替が無限に存在する超巨大市場では、経済力のない人間は最初のフィルターで弾かれる。もちろん、それが全てとは言わないが、若さという魔法が解けた後は経済力が残酷なまでの壁として立ちはだかる場所が東京である。
2つ目に住居だ。
家賃8万円台でも「安い」と言われる東京で、手取り20万円の生活をすれば、収入の40%以上が家賃に消える。これではまったく貯蓄もできず、生活防衛のために消費を削り続けることになる。お金の切れ目が夢の終わり。これでは毎日、ただ生きていくのに精一杯で、その間に年を取るだけで相対的に後退していく。
3つ目は育児だ。
筆者は東京と地方の両方で育児を経験したが、子供が生まれると人生のステージが変わる。東京では夜泣きひとつで隣人トラブルになりかねない過密空間だ。こうなると選択肢は二つしかない。超高額な家賃を払って都心の広い部屋に課金するか、千葉や埼玉へ下って長距離通勤を受け入れるかだ。前者は人を選ぶので、必然的に後者となる。
東京に滞在し続けるために、どこまで子供の数を絞るかという天秤が発生するのが今の東京だ。地方では2000万円台の戸建てで子供を3〜4人育てる家庭がいくらでもあるが、東京ではその選択肢が最初から存在しない。
自分にとっては「お金のために子供を減らす」という発想が受け入れられない。幸せになるためにお金を使うべきが、幸せを削ってお金を確保するのは人生の大きな矛盾に感じてならない。
東京のきらめきは年齢とともに消える
これは何度も過去記事で書いていることだが、東京のきらめきは年齢とともに消えていく。
若い頃は「イオンと実家の往復で20代を過ごしたくない」という反発が上京の動機になる。六本木や新宿の娯楽を消費することに価値を感じ、都会にいる自分に意味を見出す。筆者も20代の頃は都会の輝きの前で「来てよかった」と感じていた。食事、娯楽、イベント。地元では得られない刺激があった。
だがある年齢を境に、受け身の娯楽に飽きて疲れる。これは個人差というより年齢と慣れから来る普遍的現象だ。
決定的なのは結婚して子供ができた後だ。かつてキラキラに見えた都心が、単に過密で割高な場所に見えてくる。都内の高級フレンチは子連れでは入れない。複数の用事を一度に済ませたいと思うと、東京の街の構造は著しく非効率だ。
逆に、食料品・衣料・医療・娯楽がワンストップで揃う地方のイオンが、極めて合理的な空間に変わる。筆者にとって今や新宿や渋谷より、イオンのある地方の方がありがたい。これはライフステージに応じた合理的な更新だ。
本稿には「地方に雇用がないから東京しか選択肢がない」という反論が想定されるが、それは「東京か地元か」という視野狭窄な二択思考にすぎない。
九州なら福岡、関西なら大阪がある。テレビ局・外資系金融など一部の特権的な職種を除けば、普通の人間が求める質の高い仕事は主要地方都市に存在する。最もコストが高く競争が激しい都市を、消去法で選ぶ必然性はどこにもない。
◇
上京しちゃいけない側の正体はなんだろうか?
夢がない人間のことではない。地元が嫌いでない人間のことでもない。東京という課金ゲーで年収を上げ続ける設計を持たないまま、逃避だけを動機に受け身で期待する人のことだ。
上京1年目で泣く人間が量産されるのは、東京が残酷だからではない。課金ゲーのルールを知らないまま参加したからだ。
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