安楽死というと、皆さんはどういうイメージを連想するだろうか。
日本終末期ケア協会によると、「安楽死」とは「患者が病気や怪我などから回復の見込みが無くなった場合や、「死」以外に人間らしさを保つ方法がないと判断される場合に、苦痛から解放されるために意図的にもたらされる死」を指す。
また、「尊厳死」とは、「その人がその人らしく、人間としての尊厳を保ったまま死に至ること」であり、「患者の意思に基づいて延命処置は施さず、自然に迎えた死」を意味する場合もある。
いずれの場合も、多くの国では違法行為となるか、厳しい条件のもとでのみ認められている。「安楽死」と聞くと、多くの人は「病気に苦しむ人が、やむにやまれず行き着く最終的な選択」を思い浮かべるのではないだろうか。
筆者が住む英国でも、日本同様安楽死は違法である。だからこそ、先月報じられたあるニュースは大きな衝撃を呼んだ。身体的には健康な女性が安楽死を選び、亡くなったからだ。
スイスで亡くなった女性
先月24日、英国中部ウェスト・ミッドランズ出身の女性が、スイス・バーゼルにある安楽死クリニック「ペガサス」で生涯を終えた。
女性の名前はウェンディ・ダフィーさん(56歳)。元介護福祉士だ。ダフィーさんは末期がんでも、余命宣告を受けていたわけでもなかった。身体的には「健康」だった。
そんなダフィーさんが死を望んだ理由は、一人息子を失った悲しみだった。
夫やパートナーについては報道されておらず、苦悩の期間の中で傍らに寄り添う存在がいたのかどうかは定かではない。
息子の死、そして4年間の苦悩
4年前、ダフィーさんの息子マーカスさん(当時23歳)は、前夜に深酒をして二日酔いの状態で、ソファでサンドイッチを食べながらうとうとしていた。
ある瞬間、マーカスさんはサンドイッチを喉に詰まらせた。「顔が紫色になっていました」とダフィーさんは語る。医療訓練を受けていたダフィーさんは、すぐに息子を床に横たえ、心肺蘇生を始めた。
まもなく救急隊員が駆けつけ、マーカスさんは病院に搬送された。サンドイッチに入っていたチェリートマトの半切れが気道に詰まっており、専門器具を使って摘出しなければならなかった。
5日間にわたってダフィーさんは息子の傍らに寄り添い続けたが、脳への酸素供給が断たれたマーカスさんは、そのまま亡くなった。生命維持装置が取り外され、臓器は移植のために提供された。
後日、ダフィーさんは心臓移植を受けた男性から手紙を受け取った。「おかげで子どもたちと遊べるようになったと書いてありました」と話す。ほかの臓器の受け取り手となったのは4歳の子どもだったという。「救いではありましたが、同時に胸が引き裂かれるような思いでもありました」。
息子の死後、ダフィーさんは深刻なうつ状態に陥り、心理療法を受け、抗うつ薬を服用し続けた。しかし息子の死を乗り越えることはできなかった。死から9か月後には自殺を図り、人工呼吸器につながれる状態になったこともある。
ダフィーさんはペガサスに1万ポンド(約190万円)を支払い、複数回の精神科的評価を受けたうえで、クリニックは彼女の申請を承認した。
死の数日前、ダフィーさんは地元紙にこう語っている。
「気持ちは変わりません。私は死にたい、そうするつもりです。そのときは笑顔でいるでしょうから、どうか私を祝福してください。私の人生、私の選択です」。
「正気の自殺」という概念
クリニック創設者のルエディ・ハベガー氏は、ダフィーさんの死を「sane suicide(正気の自殺)」と表現し、スイス法に完全に準拠した手続きだったと述べた。
「正気の自殺」――あまり馴染みのない言葉だ。
スイスでは、重篤で治療抵抗性の苦痛を条件に、末期疾患を抱えていない人の自殺幇助も認めている。ペガサスのハベガー氏はこれを「判断能力が保たれている限り、その人の自己決定は尊重されるべきだ」という考え方に基づくものと説明している。
2024年にはオランダで、29歳の女性ゾラヤ・テル・ベークさんが、身体疾患ではなく、重度の精神的苦痛を理由に安楽死を認められたケースが国際的に報じられ、大きな議論を呼んだ。
精神疾患を理由とした安楽死はオランダだけでなく、ベルギーやルクセンブルクなど一部の国でも条件付きで認められており、「体は健康でも、心の苦痛で死を選べる」という状況はすでに現実のものとなっている。
家族は「報道で」知った
ダフィーさんの双子の姉妹と甥は、クリニックから事前に何も知らされず、彼女の死を報道を通じて知ったと主張している。
「私たちは何も知りませんでした。誰も、まったく予期していませんでした」と双子の姉妹はラジオ番組で語った。
「もし知っていたら、すぐに駆けつけて、止めていたでしょう」。
これに対しペガサス側は「4人の兄弟姉妹に連絡し、祝福を受けた」と主張しており、双方の言い分は食い違っている。
ダフィーさん自身は「兄弟姉妹たちはクリニックへの申請を知っていた」と述べていたが、最終的な連絡については「スイスに着いたら電話する」と語っていた。
安楽死・自殺幇助が認められている国
ダフィーさんが旅立ったスイスをはじめ、現在、安楽死や自殺幇助を一定条件のもとで認めている国・地域は複数存在する。
なお、「積極的安楽死」は医師が致死薬を投与する行為を指し、「自殺幇助」は医師が処方した致死薬を患者自身が服用する行為を指す。両者を認めている国と、自殺幇助のみを認めている国とに分かれる。
積極的安楽死と自殺幇助の両方を認めている国としては、オランダ(2002年合法化)、ベルギー(2002年、2014年に未成年にも拡大)、ルクセンブルク(2009年)、スペイン(2021年)、カナダ(2016年)、ニュージーランド(2021年)、コロンビア、オーストラリアの全州などがある。
自殺幇助のみを認めている国・地域としては、スイス、ドイツ、オーストリア、米国の一部州(オレゴン州など)が挙げられる。
「坂道を滑る」拡大の懸念
英国の安楽死反対団体「ケア・ノット・キリング」は、ペガサスを「死の流れ作業」と批判し、「脆弱な人々が適切なメンタルヘルスケアや緩和ケアの支援を受けないまま命を絶っている」と主張する。
緩和ケア専門家の中には、スイスの一部の運用を「無法地帯」と表現する声もある。
制度の対象が徐々に広がっていくことへの懸念は、「滑り坂」とも呼ばれる。オランダでは孤独を理由に安楽死を求めるケースが報告されており、カナダでは精神疾患への適用拡大をめぐる議論が続いている。
同じ日に廃案となった英国の法案
ダフィーさんが亡くなった4月24日は、奇しくも英国の安楽死法案(「末期患者〈生の終わり〉法案」)が議会で廃案となった日でもあった。
法案は、余命6か月以内の末期患者に限り安楽死を認めるという内容だった。2024年11月に下院で可決されたが、その後の上院での審議で1200件を超える修正案が提出され、最終的に成立には至らなかった。
ダフィーさんのケースはこの法案の対象外で、仮に成立していても認められなかった可能性が高い。しかし安楽死反対派はこのケースを、「合法化すれば適用範囲の拡大は避けられない」という主張の根拠として取り上げた。一方、支持派は「英国に制度がないため、海外へ行くしかなかった」と反論した。
日本では
日本では積極的安楽死を認める法律はなく、医師が患者の死を積極的に幇助した場合、嘱託殺人罪または殺人罪に問われる可能性がある。
1995年の東海大病院事件では、横浜地裁が「耐え難い肉体的苦痛」「死期が迫っている」「本人の意思」などの要件を示したが、法制化には至っていない。2019年の京都ALS患者嘱託殺人事件も大きな議論を呼んだ。
現在の日本で主に議論されているのは、積極的安楽死そのものよりも、延命治療の中止や「尊厳死」、本人意思を事前に示すリビング・ウイルのあり方だ。

recep-bg/iStock
精神的苦痛と自己決定
精神的苦痛を理由とした安楽死は、すでに一部の国では制度上認められているが、今回のダフィーさんのケースは、本人が死の直前に自ら語り、英国メディアが大きく報じたことで、改めて注目を集めた。
身体的疾患ではなく、深い悲嘆や絶望を理由に人が死を選ぶことを、社会はどこまで認めるべきなのか。
また、「自己決定」を制度の根幹に据えるとしても、人は常に安定した判断を下せるとは限らない。深い悲嘆や抑うつ状態にあるとき、自分の価値や将来を極端に悲観してしまうこともある。
自己決定を尊重することと、脆弱な人を保護すること。その境界線は今も明確には定まっていない。
安楽死の合法性はいったいどこまで拡大適用されてしまうのだろうか。
編集部より:この記事は、在英ジャーナリスト小林恭子氏のブログ「英国メディア・ウオッチ」2026年5月21日の記事を転載しました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、「英国メディア・ウオッチ」をご覧ください。







コメント