「男系の皇統」について多くのリプライがあったので、まとめて整理しておく。これは明治時代に井上毅が決めた皇室典範で初めてできた言葉だが、小林政調会長の「ただの一つも例外がない」というのは明らかに史実と異なる。
最大の反例は、皇祖たる天照大神が女神であることだ。皇統が男系なら神話で男系の正統性を語るはずだが、これは『日本書紀』を編集した持統天皇をモデルにしたといわれる。古来の伝統は女系だったのだ。
「初代天皇」は2人いた
5世紀までの日本には「大和朝廷」という統一国家があったわけではなく、近畿地方に複数の王権が並立していたと考えられる。これを本書はヤマト王権と呼ぶが、その指導者がオオキミだった。その記録を天武天皇の時代に編集し、過去のオオキミにさかのぼって「**天皇」という諡号をつけたのが『日本書紀』である。
したがって天武天皇より前には、同時代に天皇と呼ばれた王はいなかった。その記録には矛盾した神話が混在し、第10代の崇神天皇にハツクニシラススメラミコトという和名がつけられている。これは「初めて国を統治した天皇」という意味だが、神武天皇にも同じ和名がつけられている。
初代という意味の称号が2回使われたのは、『日本書紀』が複数の王家の系譜を編集したからだ。その原典は帝紀とか旧辞と呼ばれているが、そういうまとまった書物があったわけではない。大部分は口頭の伝承を話者が暗唱して伝えたもので、そのテキストにも多くの異本があった。
崇神天皇は古い資料にも出てくるので、これを初代とするのが初期の伝承だと考えられる。それより前の神武から開化までの天皇は旧辞がなく、想像上の人物と考えられる。それ以降も崇神天皇は119歳、応神は111歳、仁徳は143歳というありえない寿命で、この時期に複数の王家が併存し、王位継承をめぐる紛争があったことを暗示している。
世襲の王家は継体以降
実在の人物として疑問がないのは第26代の継体天皇(和名ヲホド)からで、この時期以降は多くの記録に整合性がある。それ以前は複数の王家が近畿地方の各地にあったと思われ、「河内王権」とか「難波王権」などと呼ばれている。
こうした王家の合議で、全体のリーダーとしてオオキミが選ばれた。男女は問わず、世襲でもなかった。したがってヲホドまでは「万世一系」の皇室はなく、男系で継承された記録もない。それ以降も持統天皇などの女帝がいるが、これを「中継ぎ」とするのは誤りである。持統天皇は3代の天皇を指名する大権力者だった。

持統天皇
男系の皇統という言葉は、井上毅の造語である。彼は「女帝はいても男系継承には例外がない」と信じたが、その根拠は『日本書紀』の偽造した系図だった。現在の皇統譜も、1926年に宮内省が男系男子の皇室典範に合わせてつくったものである。今の歴史学の成果をもとにすると、「万世一系」も「男系の皇統」も史実ではない。
こういう皇国史観を個人が信じるのは自由だが、自民党の政調会長が読売新聞で「ただの一度も例外のない男系継承」と公言し、それを根拠に男性宮家の復帰などの皇室典範を改正するのは危険である。それは政治が神話にミスリードされた戦前の歴史を繰り返すものだ。








コメント
この記事には、「なるほど」と思える部分と、「それはちょっとおかしいのでは?」と思う部分の両方があります。
## いいなと思える部分
日本のとても古い時代の歴史は、はっきりしないことが多いです。また、『古事記』や『日本書紀』という古い本には、当時の政治の都合や神話(神様の物語)が混ざっていることもわかっています。これは今の歴史学でも認められていることです。だから「どこまでが本当の歴史なのか、しっかり考えよう」という記事の姿勢そのものは、とても大切だと思います。
## でも、ここはおかしいと思う部分
問題なのは、「昔のことはよくわからない」という話から、いきなり「だから昔は女系だった」「男系で続いてきたなんてウソだ」と決めつけてしまうところです。これは話が飛びすぎています。特に次の4つが気になります。
**1. 「女性の天皇」と「女系の天皇」をごちゃ混ぜにしている**
まず、言葉の意味をはっきりさせましょう。
– 「女性天皇」=性別が女性の天皇。
– 「女系天皇」=お父さん側をたどっても天皇にたどりつかず、お母さん側を通して天皇とつながる天皇。
記事は「持統天皇という女性の天皇がいたから、男系のルールには例外がある」と言っています。でも、これは間違いです。これまでの女性天皇(10人)は、全員お父さん側をたどると天皇にたどりつきます。つまり「女性だけど男系」なのです。お父さんが天皇でない人が天皇になった例は、一度もありません。だから「女性天皇がいた」ことと「女系の天皇がいた」ことは、まったく別の話なのです。
**2. 天照大神(女神)を理由にするのは、自分で矛盾している**
記事は「神話ではなく本当の歴史で考えよう」と言っているのに、いちばん大事な根拠として「いちばんえらい神様が女の神様(天照大神)だから、昔は女系だった」と言っています。これでは「神話を使うな」と言いながら神話を使っていて、矛盾しています。
しかも、その神話の中でも、天照大神から神武天皇まではずっと「父から子へ」とつながっています。つまり男系でつながっているのです。神様が女性であることと、跡継ぎの決め方が女系であることは、別の話です。
**3. 「中継ぎ(なかつぎ)」の意味をすり替えている**
記事は「持統天皇は大きな力を持っていたから、ただの中継ぎではない」と言っています。でも、ここでいう「中継ぎ」とは、力が強いか弱いかの話ではありません。「次の正しい後継ぎ(男系の男子)が大人になるまで、いったん天皇の位を預かる役目」という意味です。
実際、持統天皇は、早くに亡くなった息子(草壁皇子)のかわりに、その子ども(孫の文武天皇)に位を渡すために天皇になりました。これはまさに「中継ぎ」そのものです。力が強かったかどうかと、継ぎ方が女系だったかどうかは、別の問題です。
**4. 当時の記録(一次史料)を無視している**
記事は「継体天皇より前は、世襲(親から子へ受け継ぐこと)ではなかった」と言っています。でも、これも記録と合いません。
5世紀ごろの中国の本『宋書』には、当時の日本の王たちのことが書かれています。「讃が死んで弟の珍が王になった」「済が死んで息子の興が王になり、興が死んで弟の武が王になった」とはっきり書かれています。つまり5世紀には、もう兄弟や親子で位を受け継ぐ「世襲(しかも男系的なやり方)」が行われていたことがわかるのです。
**おまけ**:記事には「『日本書紀』を編集した持統天皇」とありますが、これも正確ではありません。『日本書紀』は720年にできた本で、天武天皇が「作りなさい」と命じ、のちに舎人親王が元正天皇に「完成しました」と報告したものです。「持統天皇が編集した」と言い切るのは間違いです。
## まとめ
明治時代に井上毅という人が「男系男子」という言葉を法律で正式に決めました。でも、「言葉が新しく作られた」ことと、「それより前に男系で受け継ぐ実態がなかった」ことは、別の話です。言葉が新しいからといって、昔のことまでウソだとは言えません。
また、昔の皇族の家から男系の男子を養子に迎える案は、2021年に専門家が集まった会議でも、まじめに検討された案の一つです。それを「神話にもとづいた危険な話だ」と一言で片づけるのは、ちょっと乱暴だと思います。
「昔のことはよくわからない」ということを盾にして、まだ決着していない学説を「これが事実だ」と決めつけ、そこから「今の制度を変えるのは、戦前みたいで危険だ」と話をつなげるやり方こそ、人をまちがった方向に誘導しているのではないでしょうか。本当に事実にもとづいて話し合いたいなら、まず「女性」と「女系」のちがいをはっきり区別することから始めるべきだと思います。
>最大の反例は、皇祖たる天照大神が女神であることだ。
日本神話では、イザナギ、イザナミが自然発生して、イザナミの死後、イザナギ(男神)から産まれたのが、アマテラス、ツクヨミ、スサノオの三貴神。
そしてスサノオが産み出した男神が天皇家始祖の理解です。
(その後、天皇家始祖まで男神が繋ぐ)
天皇は男の血筋を継ぐものが継承する事に矛盾はないと思います。
なぜこれが反例となるのでしょうか?
> スサノオが産み出した男神が天皇家始祖の理解です。
該当箇所について、
皇統の系譜を記紀の建てつけ上でみれば、
天照大神 → 天忍穂耳尊(五男神の筆頭) → 瓊瓊杵尊(ニニギ) → 火遠理命 → 鸕鶿草葺不合尊 → 神武天皇
と、
アマテラスを起点(皇祖神)として下るのが、
正統な読み方と言える。
古事記ではアマテラスが
「後に生まれた五柱の男子は、わが物実(勾玉)によって成ったのだから、自然にわが子である」
「先に生まれた三柱の女子は、あなたの物実(剣)から生まれたのだから、あなたの子である」
と宣言している。
すなわち記紀の論理では、
天忍穂耳はアマテラスの子であって、
スサノオの子ではないという帰属を、
『古事記』が明記している点が決定的となる。
天孫降臨でニニギに三種の神器を授け、
地上を治めよと命じるのもアマテラス、
伊勢に皇祖神として祀られるのもアマテラスであって、
スサノオは出雲系に属し皇統の祖ではない。
政府有識者会議の定義
(母方の系譜で皇統に連なるのが女系)
を機械的に当てはめれば、
母→子の女系リンクとなるのだから、
「男の血筋を継ぐものが継承する事に矛盾はない」という整理は、
少なくとも記紀のテキストそのものからは出てこない。
記載頂いた点は認識してますが、とはいえ、敢えてスサノオに産ませた意味は何か?という点です。
自分の持ち物から産まれたから自分の子、という例はこれだけという理解です。
無理やりスサノオに産ませて、アマテラスの子として権威を受け継がせたように思います。
権威の継承としてはアマテラスが祖として異論なく、だから女性天皇も中継ぎではなく権威があったという論理も否定してません。
とは言いつつ、無理やりスサノオに産ませている事から男系の血筋を継ぐ事の正当性を残したように見える事から最大の反例というのは違和感あります。
該当コメントについては、
池田氏の主張を批判しようとして、
矯枉過直に陥るという構造的な傾向が確認でき、
論理的支持には至らない。
> 無理やりスサノオに産ませている事から男系の血筋を継ぐ事の正当性を残したように見える
問題は該当箇所から始まっている。
「スサノオが産んだ→だから男系の血が通っている」という、
神話の隠れた要石とするような積極的扱いは、
『日本書紀』本伝のテキストと正反対の内容を宣言しており、
ここで論理が反転している。
アマテラスによる「子養焉」は、
スサノオが物理的に生成したという事実を、
あえて「〜だから親はアマテラスだ」と、
打ち消す装置としてこの場面を置いている。
「子養焉」とまで明示している意図は、
テキストの力点は男系の血を残すことではなく、
生成(スサノオ)と帰属(アマテラス)を切り離し、
生成者を継承から「外す」ことにある。
何よりも決定的なのは、
「無理やりスサノオに産ませる」という、
異伝を通じて一定していない設定を、
神話の確定した設計として扱っている点である。
『日本書紀』第一及び第三の一書では、
それぞれが自分の物実を用いて子を産んでおり、
交換は経ていない。
つまり本伝・古事記の、
「スサノオがアマテラスの勾玉から男神を産む」
という機構は版本のひとつにすぎず、
別系統ではスサノオは皇祖につながる男神を産んでいない。
「敢えてスサノオに産ませた意図」を読み取ろうにも、
産ませていない異伝が並立している以上、
それを「神話の意図」と一般化することは不可能であり、
「欲しい結論が出るほうの版・帰属を選ぶ」操作の再現にあたる。
> 自分の持ち物から産まれたから自分の子、という例はこれだけという理解です
該当観察は狭く見れば概ね当たっている。
生成者ではなく物実の所有者に、
親を帰属させるという二者間の裁定装置は、
本伝・古事記のこの誓約に固有のものというのは慥かである。
※神々が物から生まれること自体は、
イザナギの禊など多数あるが、
二人の生成者のうち、
所有者を親とする裁定はここに特有である。
しかしその特異性は、
該当発信者の論証を支えるのではなく、
むしろ警告灯である。
・版が複数ある
・機構が一回限り
・学界でも解釈が割れている
逸話の上に、
男系正当性という重い結論を載せること自体が脆い。
特異な単一逸話は断定の土台ではなく、
「ある版ではこう読める」という、
限定用途でしか使えないものである。