
「地元の総合病院へ行けば、どんな病気でも診てもらえる」——私たちが当たり前のように信じてきたこの「安心」が今、音を立てて崩れようとしている。
ある日突然、救急車の受け入れが止まり、慣れ親しんだ診療科が閉鎖される。現在、全国の公立病院の8割以上(約83%)が赤字に陥っている。「コロナ補助金」の終了、物価高騰による医療材料費の跳ね上がり、そして人件費の上昇が、病院経営の息の根を止めにかかっているのだ。
もはや、市立病院の累積赤字が自治体の財政そのものを道連れにする「財政破綻へのカウントダウン」は始まっている。「何でも揃うフルスペック病院」を維持するというこれまでの常識は、物理的にも財務的にも限界を迎えている。
筆者はかつて、地方自治体の職員として行政改革の最前線に身を置いていた。その経験から冷徹な事実として断言できるのは、自治体財政における病院の累積赤字は「一事業の不振」などという生易しいものではなく、放置すればすべての住民サービスを道連れに麻痺させる致命的な劇薬だということだ。
現役時代、限られた予算の現場で骨を折るなかで、一度「聖域化」して硬直化した組織が、いかに自治体の財政活力を奪っていくかを嫌というほど見てきた。公立病院の経営悪化は、単に医療の枠に留まらない。教育、福祉、道路や水道といった生活インフラの維持費をも底なし沼のように食いつぶし、地域社会そのものを内側から崩壊させる最大の「財政爆弾」に他ならないのである。
だからこそ、かつて行政の内側にいた人間として、あえて厳しい言葉で訴えたい。首長や幹部が「住民の安心のため」という耳当たりの良い言葉に逃げ、フルスペックの幻想にしがみつき続けることこそ、未来の住民に対する最大の裏切りである。今求められているのは、政治的な反発を恐れずに現状のコスト構造へメスを入れる、不退転の覚悟が必要だ。
もう「何でも揃う巨大病院」は維持できない
地域医療の現場では、かつての「自前主義」が完全に破綻している。地域の環境に関わらず、共通しているのは「医師が確保できず、稼働率が上がらない」という物理的な限界だ。現場で起きている危機は、主に以下の3パターンに分類される。
- 広域連携の難航(パターンA): 近隣の民間病院と機能分担を模索するが、利害調整がまとまらず時間を浪費するケース。
- 単独限界による突然死(パターンB): 深刻な医療従事者不足により、連携を議論する前に病院機能が突如停止し、劇的な再編を迫られるケース。
- 孤立による機能縮小(パターンC): 周辺にパートナー病院が存在せず、単独での縮小や診療所化を余儀なくされるケース。
この過酷な現実に対し、多くの自治体や病院経営者が「致命的な勘違い」を犯し、自ら首を絞めている。それが「ダウンサイジング(単なる規模縮小)」という愚策である。
致命的な勘違い:「ダウンサイジング(縮小)」では病院は救えない
経営が苦しくなると、直感的に「ベッド数を減らして規模を縮小(ダウンサイジング)しよう」という議論になりがちだ。しかし、これは確実に病院をジリ貧に追い込む。私たちが断行すべきは、ダウンサイジングではなく「戦略的ダウンシフト(機能の転換)」である。この2つは似て非なるものだ。
1. 「規模」をいじるか、「コスト構造」を変えるか
高度急性期の機能(7対1看護など)を維持したまま、単にベッド数だけを減らすのが「ダウンサイジング」だ。一見コストが下がるように見えるが、高度医療を維持するための高額な医療機器や専門医の配置など「重たい固定費」はそのまま残るため、損益分岐点が跳ね上がり、あっという間に赤字が拡大する。
一方「戦略的ダウンシフト」は、ベッドの総数は大きく変えずに、病床の「種類(中身)」を変える。手厚い看護師配置が必要な急性期から、配置基準が緩い回復期・慢性期(13対1など)へと「要件を下げる」ことで、固定費の構造そのものを劇的に軽くするのだ。
2. 車の運転に例えれば「ギアチェンジ」である
車の運転に例えればわかりやすい。ダウンサイジングは、維持費がかかるからと大型車から軽自動車に「乗り換える」ようなもので、いずれ患者(荷物)を運びきれなくなる。
対して戦略的ダウンシフトは、「超高齢化・人口減少」という急な上り坂を登るために、高速走行用のトップギア(高度急性期)から、トルクの強いセカンドギア(ポストアキュート・サブアキュート)へと「シフトダウン(ギアチェンジ)」し、力強く坂を登り切ることを意味する。
3. 「撤退戦」から「市場適応」へ
ダウンサイジングは病院側の都合による「消極的な撤退戦」であり、住民から「医療の切り捨て」と猛反発を受ける。しかしダウンシフトは、地域で最も増えている「高齢者の軽度な救急(肺炎・骨折)」や「術後リハビリ」という確実なニーズに合わせて、自らの機能を最適化させる「積極的な市場適応」である。
「外来の軽症患者は地元クリニック(かかりつけ医)へ完全に譲り渡し、公立病院は『入院(ポストアキュート)』に特化して後方支援に徹する」という、明確な棲み分け(Win-Winの提示)を入れ込むと、地元医師会の反発を抑え込むロジックが成立する。
見栄えの良い高度急性期から、地域を支える『ポストアキュート・サブアキュートの巨大な防波堤』へとプライドを持ってギアを下げる。この決断こそが、ニーズと収益を両立させる唯一の生存戦略なのだ。
(後編につづく)







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