この動画にたくさんコメントがついているが、持統天皇の次の3代は「女系」ではないという点に議論が集中している。これは議論のわかれる問題で、今週のNHKの番組でも所功氏は元明と元正を女系としたが、百地氏は否定して論争になった。
これは「男系」の定義に依存する。男系とは「父方をたどると神武天皇に行きつく」ことだという人がよくいるが、神武天皇は実在しないのだから、この定義は成り立たない。
政府の有識者会議では「父方の系譜によって皇統に属する天皇」と定義されているが、女系の定義はない。この表現にならうと「母方の系譜によって皇統に属する天皇」は女系だから、図のように元明も文武も元正も持統の系譜に属するので女系である。

天皇家の系図(赤は女帝)
これに対して「元明は天智天皇の子だから男系だ」という反論があるが、これも正しい。古代の天皇家では、父方も母方も天皇の血筋を引いていることが珍しくないので、男系と女系は排他的ではないのだ。
たとえば日本書紀でも継体は「垂仁の女系の8代孫」かつ「応神の5代孫」とされ、それ以前は男女の別も書いてない。女帝が継承権のない「中継ぎ」だったというのも誤りである。持統はその後3代の天皇を決めたのだ。
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コメント
記事の指摘は鋭い。しかしながら本記事の核心的な主張やその根拠には、看過できない概念のすり替えと、明らかな史実の歪曲が含まれています。
まず、文武・元明・元正の3代が「女系である」とする主張です。これは現代の皇位継承議論における「男系・女系」の定義を意図的に混同させた、悪質な言葉のすり替えです。歴史的事実を述べれば、文武天皇の父は草壁皇子(天武天皇の皇子)であり男系、元明天皇の父は天智天皇であり男系(男系女子)、元正天皇の父も草壁皇子であり男系(男系女子)です。古代の皇族同士の婚姻で母方も天皇の血筋を引いているのは事実ですが、それは「遺伝学的な話」に過ぎません。皇位継承における「男系」の定義は「父親が天皇(皇族)であること」です。この3代は全員、父方を遡れば完璧に歴代天皇に繋がります。母方にも皇統があるからといって、これを現代の「女系天皇(父親が民間人で、母親だけが皇族の天皇)」と同列に扱うのは単なる詭弁です。「男系と女系は排他的ではない」というのは血縁関係の話であって、継承原理としての男系の定義を否定する根拠にはなりません。
そして看過できないのが、「継体天皇は垂仁の女系8代孫」という記述です。『日本書紀』において継体天皇は一貫して「応神天皇の五世の孫」(『古事記』では四世孫)と記され、これこそが皇位継承の正統性の根拠(男系)です。確かに母の振媛が垂仁天皇七世孫という整理は存在しますが、『日本書紀』が継体即位の根拠として「垂仁の女系八代孫」と明記しているかのように書くのは、一次史料の引用として極めて不正確です。母方の系譜を、あたかも男系継承を否定する決定的証拠であるかのように使うのは無理があります。さらに「それ以前は男女の別も書いてない」というのも乱暴で、記紀には皇子・皇女、后妃が明確に書き分けられています。
総じて本記事は、「古代には母方の血筋も重視された」という妥当な指摘を、「だから文武・元明・元正は女系だ」「だから男系継承にこだわる意味はない」という結論へ飛躍させています。古代王権の複雑さを論じることと、現代の女系容認論を正当化することは別問題です。女性天皇、男系女子、女系天皇、双系的血縁を区別したうえで、正確な一次史料と厳密な定義に基づいた誠実な議論こそが求められます。その区別を崩したまま「おおらかな王家だった」と結論づけるのは、歴史論というよりYoutuberであり、到底賛同できません。
5代も離れている継体天皇が即位されたのは男系が重要視されていたのでは?
女性で良いなら武烈天皇の姉妹の手白香皇女がおられたのですし。
また、持統天皇以降の流れが男系継承でも正しい、というなら、始祖から男系継承が途切れていないということでは?