黒坂岳央です。
子供の頃、問題行動をすると叱られる。令和になって学校は叱らなくなったという意見もあるが、少なくとも筆者の子供たちの学校や、クラスメイトが通う塾ではそんなことはなく、「あの先生は怒ると怖い」といったりしているので、子供の世界はあまり変わらないのだろう。
親、教師、近所の大人など、誰しも叱られることは煩わしかったかもしれない。だが、誰しもアラサーになると「叱られる」ということが突然なくなる。
これを「怒られないのは、自分に問題がないから」と勘違いして問題行動を改めないと恐ろしい目に遭う。
取引先なら契約を切る。顧客なら離れる。友人なら誘わなくなる。会社なら昇進候補から外す。そう、社会人になると見捨てた相手には優しい。別れの瞬間、相手は必ず笑顔だ。「今後のご活躍をお祈りしております」という応援の言葉は「さようなら」の言い換えなのだ。

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叱責にまつわるよくある誤解
叱責や指摘について、こんな解釈をする人がいる。「怒鳴る側は自分のストレス解消をしたいだけだ」と。だが、これは平成一桁時代の古い感覚であり、現代社会でこれはほぼ当てはまらない。
今の職場でそれをやれば一発でパワハラ認定となり、指摘した側が退場させられる時代だ。件の学校の話でも、怖い先生たちは「こういう理由で指導をした」という明確な根拠を持っている。ストレス解消などで生徒に噛みつけば、今どきは保護者が黙っていないからだ。
現代において誰かが叱ってくれる、指摘してくれるとしたら、それは「組織全体としてコストを払ってでもこの人間を成長させたい、この人間は指導を受け入れる器と成長の可能性がある」という期待の現れだと解釈するのが正しい。叱責はコストである。コストを払うということは、まだ可能性のある投資対象と見なされているということだ。
指摘はお金を払わねば受けられない
現代社会において、フィードバックを得るにはお金を払うしかない時代になった。
筆者はパーソナルジムに通い、筋トレのフォームを専門家に矯正してもらっていた。技術指導であると同時に、「指摘を受ける権利」を購入した感覚だ。「もし間違っていたら遠慮なくドンドン、ダメだししてください」と頼んで、しっかり間違いを教わったことで正しいフォームが出来るようになった。
だが、一般的なジムで見ず知らずの他の会員からフォームの指摘を受けたとすると話が変わってくる。たとえその内容が正しくても、それは「ありがたい助言」にはならない。「要らぬお世話」という解釈に変わるのが現代社会だ。
指摘は関係性と文脈を失った瞬間に、ハラスメントへと転化する。だからこそ、コンサル、コーチ、トレーナーという職業が成立する。金銭という明示的な合意があって初めて、指摘は受け入れられる形になる。
「冷たい社会だ」などと思う人がいるかも知れない。だが、誰しも見知らぬ人にわざわざ間違いを指摘するリスクなど犯さない。今どきは本気の指導が出来るのは親子関係くらいなものである。
叱ってもらえる環境は、もはや無償では手に入らない時代なのだ。
丁寧な別れはリスクマネジメント
社会人になると「お前は間違っている」と正面からは言われない。遠回しに気づきを与える提案があり、それが何度かスルーされると「この人はダメ」と投資不適格銘柄と判断され、「円満な別れ」を切り出さられる。これは優しさのようで、実際にはリスクマネジメントなのだ。
たとえば会社が厳しい指導をしたり、「あなたのこういうところがダメなので契約を切ります」などといえばどうなるだろうか?
退職者が情報を持ち出す。顧客情報が流出する。SNSに内情を暴露される。取引先に悪評を流される。引き継ぎを放棄される。こうした恐ろしいことになる。組織が「問題のある人間」を排除するとき、最大のリスクはその人間が追い詰められて予測不能な行動に出ることだ。
失うものが少なくなった人間は、合理的な損得計算より感情を優先することがある。だから組織は相手を完全に論破することより、穏便に退場してもらうことに価値を置く。
「あなたはダメだから辞めてもらう」ではなく、「新しい環境でのご活躍を祈っています」という円満な形で出口を作る。これは情けではなく、コスト最小化の判断だ。
この構造は会社組織だけでなく、人間関係全般に当てはまる。大人は相手を変えようとしない。変えようとして揉めない。表面上は愛想よくして静かに距離を取るのだ。
これまで叱っていた人が急に優しくなった時、相手はお別れを覚悟したと思ったほうがいいかもしれない。
◇
大人の世界の淘汰は静かだ。怒鳴られるわけでも、罰を受けるわけでもない。ただ笑顔で「ありがとうございました、これからも頑張ってください」と言われて、次の機会が二度と来ない。
この構造を理解している人間には一つの優位性がある。フィードバックのない環境でも自己補正できることだ。
アラサー以降で「叱られなければ気づかない人間」は大人の世界では詰む。叱責という外部信号がなくても、行動の変化というシグナルを読み取り、自分の立ち位置を測定できる人間だけが、静かな淘汰を回避できるのだ。
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