眠り姫は、起きる。30年かかっても

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先に言ってしまう。昔ばなしは道徳の教材ではない。子どもにお説教するための道具でもない。むしろ逆だ。

子どもを楽しませているうちに、その子が本来持っている力を、こっそり引き出していく。そういうものだ。

本当の頭のよさが育つ昔ばなしの魔法』(沼賀美奈子著)青春出版社

桃太郎、白雪姫。たぶん大半の人が思い浮かべるのはそのあたりだろう。古い、子ども向けの、ちょっと退屈な——そう思っているなら、もったいない。

話を、自分のことに戻させてほしい。私の恩師は、昔ばなし研究の第一人者で、国際的にも名の通ったドイツ文学者・小澤俊夫先生だ。で、その教え子だった18歳の私はというと、講義中によだれを垂らして眠っていた。

睡眠学習。やる気? あったかどうか、自分でも怪しい。30代は育児に追われて本一冊読めず、先生の研究所に名前を置きながら、ろくに顔も出せなかった。要するに、ずっと寝ていたのだ。比喩でなく、わりと文字通りに。

それでも先生は、何も言わなかった。30年たって、大学の教壇に立つようになった私を見て、ぽつりとこう言っただけだ。「やっと起きたか、眠り姫」。

100年眠って魔法から覚める、あの姫にかけた冗談である。「立派にやってる教え子も、若い頃はみんな寝てばかりだった。でも、いつかは起きるんだよ」と。

この長さ。この、ぞっとするほどの長さこそが、昔ばなしの正体だと思う。

親は最初、誰だって素人だ。自分の子、せいぜい数人しか知らない。当たり前だ。一方で昔ばなしの後ろには、何百年も孫に語り続けてきた、無数のおじいちゃんおばあちゃんがいる。

子どもが大人になるまでを、嫌というほど見てきた連中だ。だから動じない。目の前の「今」でいちいち一喜一憂しない。

私たちはどうか。今日の子どもの一場面を見て「どうしよう」とオロオロする。集中力がない。すぐ諦める。友だちとうまくやれるのか——わかる。痛いほどわかる。

でも、その不安、あなた一人のものではない。何百年前の親も、同じ夜空を見上げて同じことを案じていた。

昔ばなしは、その先人たちの声でできている。「今は寝てばかりの寝太郎でも、ときが来れば起きるよ」。「失敗ばかりの愚か者でも、愛嬌があれば誰かが助けてくれるよ」。

迷ったら、本を開けばいい。説教ではなく、声が返ってくる。眠り姫は、起きる。たとえ30年かかっても。

※ ここでは、本編のエピソードをラノベ調のコラムに編集し直しています。

尾藤克之(コラムニスト、著述家、作家)

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