英国に来たつもりがアフリカへ:失敗したルワンダ計画をEUが追い始めた

「ルワンダに送る?」

英国にたどり着いた難民申請者を、約6500キロも離れたアフリカ東部の国に移送するーー。4年前、ジョンソン英政権が移送計画を発表したとき、多くの市民が耳を疑った。筆者もそんな一人だった。

ルワンダは人口約1300万人を抱え、隣国コンゴなどからの難民約13万人をすでに受け入れている国だ。しかしそれでも、さまざまな理由で英国を目指して命がけで海を渡って来た人々を英国ではなく第3国となるアフリカに送り出すという発想は、あまりにも異例に映った。

当初から批判を浴びてきた「ルワンダ移送計画」は、2024年、保守党政権から労働党政権への交代を経て中止されるが、紆余曲折を経て実質的に「完全に終わった」と言える結末を迎えたのは今月だ。

1日、計画廃止に伴う未払い費用をめぐり、ルワンダ政府が英国に求めていた最大1億600万ポンド(約200億円)の賠償請求が、オランダ・ハーグの国際仲裁機関によってすべて退けられた。

スターマー首相 同首相インスタグラムより

ルワンダ計画とは

ルワンダ移送計画は、2022年4月、ジョンソン首相(当時)が発表したものだ。英国に不法入国した人をルワンダに移送し、そこで亡命申請手続きをさせるという仕組みで、英国側はルワンダに関連費用を支払うことになっていた。難民として認定されても英国に戻ることはできず、そのままルワンダで定住することが想定されていた。 しかし約2年後、スターマー現首相(労働党)が計画の廃止を決めた。

もともと、導入の背景には英仏海峡を小型のゴムボートで渡る移民・難民の急増があった。

密航者は2020年の約8400人から2021年には約2万8500人へと急増し、年間6万人規模に達する勢いとなっていた。2021年11月にはゴムボートが沈没し、27人が死亡する事故も起きた。

EU離脱(ブレグジット)を掲げたジョンソン政権にとって、「国境管理の主導権を取り戻す」ことは政治的にも重要だった。密入国の増加は、政権の正当性そのものを揺るがしかねなかった。

英国政府の統計では、密航者の多くは18〜39歳の男性で、出身国はイラン、イラク、エリトリア、シリアなどが中心だった。紛争や迫害から逃れてきた人も多く、単純な経済移民とは言い切れない実態があった。

ルワンダへのオファーと契約内容

移送計画実施のため、英国とルワンダは「移民・経済開発パートナーシップ」と呼ばれる5年間の協定を結んだ。

英国はルワンダ経済に1億2000万ポンド(約240億円)を投資し、協定2年目・3年目にはそれぞれ5000万ポンド(約100億円)を支払う。300人の移送達成で1億2000万ポンド(約240億円)を追加支払いする、という内容だった。

ジョンソン首相はルワンダを「世界で最も安全な国の一つ」と位置付け、国際的な移民対策モデルとして強調した。ルワンダにとっては、資金・投資・国際的な地位向上という魅力的なオファーだった。

持ち上げられ、はしごを外されたルワンダ

第3国への移送計画に対し、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は強く反発した「難民はモノのように取引されるべきではない」。160を超える支援団体も「残酷な制度だ」と非難した。

命がけで海を渡り、ようやく英国にたどり着いたと思ったら、行き先は第3国。しかも難民として認定されても英国には残れない。こうした構図は、難民保護の国際原則に反するとの批判を集めた。

一方UNHCRは、ルワンダについて「一定の安全性はあるものの、経済機会や長期的な保護環境には課題がある」とも指摘している。

計画は、政府が意図するようには進まなかった。2022年の初便は欧州人権裁判所の介入で直前に停止され、その後も司法判断が続いた。2023年には英国最高裁が「違法」と判断した。

ジョンソン政権の後を引き継いだスナク政権はルワンダを「安全な国」と再指定することで計画の維持を試みたが、2024年の政権交代後、スターマー首相は就任初日に「計画は完全に終わった」と宣言した。

問題となったのは、その終わらせ方だった。ルワンダ側は「英国から事前の説明はなく、報道で初めて知った」と主張した。ルワンダは受け入れ準備のために投資や制度整備を進めており、それが英国国内政治の変化によって実現しないまま終わった。

裁判の結論

争点となったのは、2024年11月の両国間の外交文書の解釈だった。

計画廃止を宣言した英国政府は同月、ルワンダに対し、2025年と2026年に予定されていた各5000万ポンド(約100億円)の支払いについて、正式な協定終了を見越して免除するよう外交文書で求めた。

これに対しルワンダは、一定の柔軟姿勢を示した。「新たな財政条件を交渉・合意することを前提とするなら、受け入れる用意がある」と返答したのである。

しかしその後、両国間の追加協議は結局行われなかった。英国側は最終的に「今後一切の支払いを行わない」方針を一方的に通告した。

ルワンダにとっては、条件付きで柔軟な姿勢を見せたにもかかわらず、交渉の機会すら与えられなかった形となった。

2025年末、ルワンダは仲裁手続きを開始し、今年1月に正式申し立てを行った。

6月の裁定は、ルワンダの請求をすべて退けた。裁判所は「2024年11月の外交文書のやり取りが実質的な合意を構成する」と認定。ルワンダの「条件付きだった」という主張は多数意見で退けられ、反対意見を示した裁判官は1人にとどまった。

英国の総支出は約7億ポンド(約1400億円)、うち約2億900万ポンドがルワンダへの支払いに充てられた。しかし実際に移送されたのはわずか4人だった。

ルワンダは国際的な期待を受けながら英国の政治状況がかわったために計画を失い、英国は巨額の費用を投じながらほとんど成果を得ることができなかった。

欧州でも広がる「域外移送」の波

ルワンダ移送計画は英国では頓挫した。しかし、第3国への移送という発想そのものは消えていない。むしろ今、欧州全体で制度化されようとしている。

2日、EUの交渉担当者たちは移民政策の大幅な見直しを正式に承認した。新たな制度は、加盟国による強制送還をより容易にするもので、「過去数十年で最も強硬な移民政策への転換」とも評されている。

最大の特徴は、「帰還ハブ(Return Hub)」と呼ばれる仕組みだ。加盟国はEU域外の第3国と協定を結び、不法滞在者をその国の施設へ移送できるようになる。施設は一時的な通過拠点としても、送還までの滞在場所としても利用できる。

さらに当局には、不法滞在者に関連すると判断した場所への立ち入り捜索権限が与えられる。批判派は、こうした手法が米国の移民・関税執行局(ICE)による摘発に近づくものだと警戒している。また、送還を待つ移民の拘束期間も現行の最長6か月から2年へと延長され、安全保障上の脅威と判断された場合は上限が設けられない。

こうした強硬策の背景には、EU各国が抱える送還制度の機能不全がある。公式統計によると、退去命令を受けた移民のうち実際に送還されるのは約29%にとどまる。EU側は、移民の流入を抑えるだけでなく、「帰るべき人を確実に帰還させる仕組み」が必要だと主張している。

興味深いのは、不法入国者数そのものは2025年から2026年にかけて大幅に減少しているにもかかわらず、各国の政策はむしろ強硬化していることだ。

その背景には政治的な事情もある。フランスの国民連合やスペインのVoxなど、反移民を掲げる右派・極右政党が支持を伸ばし、2027年に重要な選挙を控える各国政府に圧力をかけている。移民問題はもはや行政上の課題にとどまらず、欧州政治を左右する最大級の争点の一つとなっている。

欧州議会のチャーリー・ワイマース議員(スウェーデン民主党)は、新制度について「強制送還の時代が始まった」と歓迎した。一方で、アムネスティ・インターナショナルは「非人道的で実効性にも乏しく、結果的により大きなコストを生む」と警告している。

数年前まで欧州ではタブー視されていた域外移送の発想は、いまやEU全体の政策として検討される段階に入っている。英国では失敗に終わったルワンダ・モデルは、その姿を変えながら欧州全体へと広がりつつある。


編集部より:この記事は、在英ジャーナリスト小林恭子氏のブログ「英国メディア・ウオッチ」2026年6月6日の記事を転載しました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、「英国メディア・ウオッチ」をご覧ください。

コメント投稿をご希望の方は、投稿者登録フォームより登録ください。

コメント