皇族数の確保に向けた皇室典範改正案が、早くも漂流し始めている。衆参両院の正副議長が取りまとめた「立法府の総意」にもとづき、政府は皇室典範改正案の作成を進めているが、ここへ来て野党側の反発が一気に強まった。

「制度設計は与野党で詰める」という藤田発言が波紋
発端は、日本維新の会の藤田文武共同代表の発言だった。藤田氏は高市早苗首相から「自民党と維新の連立政権なので、制度設計の細かいところまで両党で詰めてほしい」と要望されたと説明した。
この発言は、野党にとって看過できないものだった。皇室典範改正は、単なる与党内の政策調整ではない。衆参両院の正副議長が仲介し、各党各会派の意見を積み上げてきた案件である。しかも「立法府の総意」には、改正案の骨子は正副議長が、要綱は与野党の代表者協議で確認すると明記されている。
それにもかかわらず、制度設計を自民と維新で詰めるという話になったら、野党から「全体会議は何のためだったのか」という批判が出るのは当然だろう。
国民民主まで反対に回って今国会は無理か
実際、総意に反対していた共産党だけでなく、総意に賛成した国民民主党からも異議が出た。立憲民主党の水岡俊一代表も「静謐な環境や丁寧な議論ができるのか」と懸念を示している。共産党などの反対派だけでなく、いったん手続きに乗った政党まで不信感を抱き始めたのだ。
藤田氏はその後、「言葉足らずだった」と釈明し、首相の要望は「自民と維新で割れないように心合わせしてほしいという趣旨だった」と説明した。しかし、いったん火がついた手続き不信は簡単には収まらない。
皇室制度をめぐる議論で重要なのは、結論の中身だけではない。手続きの正統性である。特定の政党や政権の都合で決めたように見えれば、たとえ内容に賛成する人であっても納得できない。
「国民の総意」はどうなるのか
天皇は、憲法で「日本国民の総意」にもとづくと定めている。皇室の安定、国民統合、将来の皇位継承に関わる以上、多数決ではなく、できるだけ幅広い合意を形成することが求められる。それがここまで時間のかかった原因だ。
一般人を皇族にするのは憲法の禁じる「門地による差別」ではないかなどの疑問がある中で、「正副議長の取りまとめ」という異例の形で多くの会派の合意を取り付けたのが台なしになった。これでは「国民の総意」ではなく「与党の総意」になってしまう。
高市首相もこの法案にはほとんどコメントせず、あまり熱心なようには見えない。というか、麻生副総理以外の政治家は法案を通す気がないのではないか。今国会での成立はかなりきびしくなったとみるべきだろう。
皇族数の減少は大事な問題だが、いま急いで改正する必要もない。ここで合意形成を壊してしまうと、制度改正が座礁する。いま必要なのは与党内の調整ではなく、仕切り直して各会派と協議することではないか。







コメント
◆言葉の説明
**国民の総意(そうい)**
「国民みんなの気持ち・考え」という意味です。憲法には「天皇の地位は国民の総意にもとづく」と書かれています。
**議院内閣制(ぎいんないかくせい)**
国会の多数派(与党)が中心になって政府をつくり、政治を進めていく仕組みです。日本はこの仕組みです。
**旧宮家(きゅうみやけ)**
昔は皇族だったけれど、戦後に皇族をやめて一般の国民になった家のことです。
**男系男子(だんけいだんし)**
父・祖父…とたどっていくと天皇につながる血すじの、男の人のことです。
◆ 一、「国民の総意」という言葉の使い方はおかしい
平河さんは、「国民の総意」という言葉を、「だれ一人反対しないこと」「すべての野党も賛成すること」とほとんど同じ意味で使っています。「これでは『国民の総意』ではなく『与党の総意』だ」という言い方に、それがよく表れています。
でも、ぼくはこの考え方はあぶないと思います。
たしかに憲法には「天皇の地位は国民の総意にもとづく」と書かれていて、これはとても大事な言葉です。でも、「総意」を「だれ一人反対しない状態」と読みかえてしまうのは、言葉のすりかえです。
憲法には、もう一つ大事なことが書いてあります。「皇位は世襲であり、国会が決めた皇室典範にしたがって受けつぐ」というものです。つまり、ルールを具体的に決めるのは国会の仕事なのです。国会が決めるとは、選挙で選ばれた議員が決める、ということです。
もし「総意」を「だれも文句を言わない状態」と考えてしまったら、どうなるでしょうか。答えははっきりしています。**何も決められなくなります。**
皇室のような大きなテーマには、必ず意見の対立があります。「男系を守るべきだ」という人と「女性や女系の天皇を認めてもいい」という人。「旧宮家にもどってきてもらおう」という人と「ずっと一般人だった人が急に皇族になるのは変だ」と感じる人。こうした意見が全部ぴったり一致するまで待つというのは、「話し合いのふり」をして、いつまでも何も決めないことと同じです。
政治の役割は、反対があったら止まることでもありません。
反対意見をしっかり聞いて、それをどこまで取り入れられるか取り入れられないかを判断し、最後に国会として責任をもって結論を出すことです。
「総意」とは、全員の意見が一致することではなく、**反対意見もふくめて「どこまで取り入れられるか取り入れられないか」を決めて国会の責任ある判断**のことだと、ぼくは考えます。平河さんの意見では、「総意」がいつのまにか「野党が反対したら何も決められない」という意味にすり変わってしまっているように見えます。
◆ 二、手続きの問題——賛成できるところと、ひっかかるところ
平河さんは「与党が中心になって法案をつくること」そのものを強く警戒しています。けれど、議院内閣制の日本では、政府を動かしている与党が法案づくりを中心になって進めるのは、ふつうのやり方です。だから、藤田さんの発言を「与党が皇室のルールを独りじめしようとしている証拠だ」と決めつけるのは、少し言いすぎだと思います。
同時に、野党の側にも責任があります。「この内容なら賛成できる」と、自分たちの考えを具体的に出すべきです。落ち着いた話し合いを求めるのは正しいことですが、それを理由にいつまでも結論を先のばしするなら、それは「落ち着き」ではなく、ただの「足ぶみ」です。
◆ 三、「門地による差別」という反対意見について
平河さんは「一般人を皇族にするのは、憲法が禁止している『門地による差別』ではないか」という疑問にふれていますが、ほとんど通りすぎてしまっています。でも、この点こそが、話し合いがこんなに難しくなっている本当の理由なのです。
そのうえで、ぼくはこの「門地差別だ」という意見には、法律の理解としてまちがいがあると思います。
憲法は一方で「みんな平等」と言いながら、もう一方で「天皇の位は世襲で受けつぐ」とも決めています。世襲とは、まさに「特定の血すじの人に特別な地位を認める」ことです。
つまり、日本の憲法は、その仕組みの中に最初から「平等のルールの例外として、皇室・世襲がある」ことを認めているのです。「平等」のルールだけを絶対だと考えて、「世襲」のルールを成り立たなくしてしまうのは、憲法の読み方として筋が通りません。
さらに、旧宮家の人たちは、もともと天皇と同じ祖先につながる男系の血すじです。皇族をやめたのも、戦後にGHQ(連合国軍)からの強い圧力でそうせざるをえなかっただけで、日本人が自分から望んだことではありません。だから、彼らを「ただの一般人」と同じにあつかって「門地差別だ」と機械的に言うのは、歴史をわすれた意見だと思います。
## 四、「今すぐ急いで変えなくていい」は、致命的なまちがい
ここが、ぼくの一番言いたいところです。
平河さんは「皇族の数が減るのは大事な問題だが、今すぐ急いで変える必要はない」と言います。でも、これは今の皇室がかかえている危機の深刻さを、まったくわかっていない意見だと思います。
皇族には、天皇の仕事を一時的に代わりに行う、摂政になる、公式の行事に出る、外国との親善を行う、天皇を近くで支える——こうした具体的な役目があります。担い手が減れば、これらの仕事を物理的にこなせなくなるのです。
しかも、この問題は時間がたてば自然に解決するものではありません。**むしろ、時間がたつほど悪くなる**仕組みになっています。
次の世代で天皇になれる方は、悠仁親王殿下お一人です。皇室の将来すべてが、そのお一人の肩にかかっています。そして、まだ結婚していない皇族の多くは女性で、今のルールでは結婚すると皇族でなくなってしまいます。つまり、時がたつほど、仕事の担い手はどんどん減っていきます。ご高齢の皇族も少なくないことを考えると、いずれ皇室全体の活動を続けられなくなる日が、確実にやってきます。
ここで思い出してほしいのが、これまでの「先のばし」の歴史です。2005年、2012年、2017年——政治は、そのたびに「落ち着いた環境で議論しよう」と言って、決断を先のばしにしてきました。今の混乱は、その先のばしが積み重なった結果なのです。「急がなくていい」と言い続けてきた結果が、今のこの状況です。同じ言葉をくり返すのは、なまけていることを「慎重さ」という言葉でごまかしているだけです。
## おわりに
ここまで考えてきて、ぼくは「野党が反対したのだから話が進まなくて当然、今は急ぐ必要がない」という平河さんの結論には、どうしても賛成できません。
「国民の総意」とは、だれか一人が反対したら何も決まらない、という意味ではありません。
第四に、皇族の数の危機は、時計の針のように確実に進んでいます。先のばしを正当化することは許されません。
反対意見をしっかり聞き、「どこまで取り入れられるか取り入れられないか」を決めて、与党が責任をもって決断する——それこそが国会の本当の役割です。
◆2005年
2005年とは、小泉純一郎(こいずみじゅんいちろう)首相のもとでつくられた**「皇室典範に関する有識者会議」**が、報告書を出した年です。
この会議の問題意識は、とてもはっきりしていました。「今の皇室のままだと、いずれ天皇の位を受けつぐ人がいなくなるかもしれない。だから、安定して受けつげる仕組みを早くつくる必要がある」というものです。つまり、20年も前から「このままでは天皇を継ぐ人がいなくなるかもしれない」という心配が、政府の中で共有されていたのです。
この報告書の中身は、今の議論よりもずっと思いきったものでした。
– 天皇の位を継げる資格を、女性や女系にも広げる
– 順番は、男女に関係なく最初に生まれた子を優先する「長子優先」がよい
– 女性の皇族が、結婚した後も皇族のままでいられるようにする
今の皇室典範では「男系の男子」しか天皇になれませんが、この2005年の報告書は、そこを大きく変えて、女性天皇だけでなく女系天皇にも道を開こうとしていたのです。
だから2005年は、とても大きな節目です。専門家が17回も会議を重ねて、公式の報告書を出し、その方向でルールを変えようとしていた年なのです。
ところが、この動きは止まりました。小泉首相は法律の改正案を国会に出すつもりでしたが、2006年に秋篠宮妃紀子(あきしののみやひきこ)殿下のご懐妊(赤ちゃんを授かったこと)が発表され、提出は見送られたままになったのです。
これが「先のばし」の一つ目です。
当時は、長いあいだ男の子の皇族が生まれていませんでした。だから「女性・女系の天皇を認める方向に変えよう」という声が強まっていました。けれども、紀子さまのご懐妊、そして2006年9月の悠仁(ひさひと)親王殿下のご誕生によって、「当面は男系男子の継承者がいる」という状況になり、政治は大きなルール変更を見送ったのです。
でも、ここで気をつけてほしいことがあります。悠仁親王殿下がお生まれになっても、問題が完全に消えたわけではない、ということです。「悠仁さままでは何とかなる。でも、その次はどうするのか」「皇族の数が減っていく問題はどうするのか」という心配は、そのまま残りました。2005年の報告書は、まさにその先の問題を見ていたのに、政治はそこで止まってしまったのです。
◆2012年
2012年とは、野田佳彦(のだよしひこ)首相のもとで、**皇室制度についての「論点整理」**が出された年です。
2012年の議論は、2005年とは少しちがいます。2005年は「だれが天皇になれるか」という、いちばん根本の話でした。これに対して2012年は、天皇を継ぐ話そのものには深く立ち入らず、おもに**「皇族の数が減っていく問題」と「皇室の活動をどう続けるか」**に注目しました。
このときの心配は、こういうものでした。「女性の皇族は、今のルールだと結婚すると皇族でなくなってしまう。このままだと皇族の人数がどんどん減って、皇室の活動を続けられなくなるのではないか」。
そこで、おもに二つの方向が示されました。
– 一つ目は、**女性の皇族が結婚した後も、皇族のままでいられるようにする案**。(このとき、結婚相手や子どもも皇族にするかどうかで、さらに考え方が分かれました。)
– 二つ目は、結婚して皇族でなくなった後も、皇室の活動を手伝えるようにする案。
ここでよく出てくるのが「女性宮家」という言葉です。
大事なのは、2012年は、対立しやすい「女性・女系天皇を認めるか」という大問題はいったん横に置いて、まず「皇族の数が減る問題」だけにしぼって動こうとした、という点です。
しかし、これもルール改正にはつながりませんでした。意見を広く集めている途中で衆議院が解散され、選挙で政権が変わってしまったのです。
◆2017年
2017年とは、**天皇の退位を実現するための特例法**ができた年です。これは、上皇陛下(当時の天皇陛下)が位をゆずれるようにするための、特別な法律でした。
ですから、この年の中心テーマは、まず「退位」でした。皇族の数を増やす法律でも、女性宮家を決める法律でもありません。
この退位の法律を話し合うなかで、「皇族の数が減る問題」や「皇位を安定して継ぐ問題」が、**これから取り組むべき大事な宿題として、はっきり残された**のです。
国会は、法律にそえる「附帯決議」で、政府にこう求めました。「天皇の位を安定して継ぐための課題や、女性宮家をつくることなどは、皇族の方々のご年齢を考えても、先のばしできない大事な問題だ。だから、この法律が始まったらすぐに検討して、その結果を早く国会に報告しなさい」。さらに「国会も、その報告を受けたら、**『立法府の総意』**としてまとめられるよう話し合う」としました。
つまり2017年は、「退位の法律を通して、それで終わり」ではなかったのです。退位の問題を片づけると同時に、「皇族の数」や「安定した継承」については、政府と国会に宿題を出した年でした。しかも「先のばしできない」と、かなり強い言葉が使われていたのです。
ところが、その後もすぐにルール改正には進みませんでした。2019年には退位と新しい天皇の即位があり、政府は「まず即位の行事をきちんと終えてから取り組む」という立場でした。実際に政府の有識者会議が動いたのは、2021年です。
その2021年の報告では、「天皇を継ぐ問題」と「皇族の数の問題」を分けたうえで、「悠仁親王殿下の世代に、悠仁さま以外の皇族がいなくなる事態は避けなければならない」「だから、継承問題とは切り離して、まず皇族の数を確保することが、急いで取り組むべき課題だ」と整理されました。
そして、皇族の数を確保する具体策として、次の三つが示されました。
– 女性の皇族が、結婚した後も皇族のままでいられるようにする
– 今は認められていない皇族の養子縁組をできるようにして、男系男子を皇族にする
– 男系男子を、法律で直接、皇族にする