私たち、日本人にとってのワールドカップがとうとう始まりました。6月15日、午前5時、対戦相手は日本サッカーが長年憧れ続けたオランダ代表。
私のように30年、いや40年も50年も日本代表を応援してきたオールドファンにとって、感涙ものの対戦相手です。結果は「引き分け」。成果は「勝ち点1」。
4年前、世界の強豪であるドイツ、そしてスペインを破っての「勝ち点3×2」と比べると色褪せて見えるかもしれません。
ですが、違うのです。
この「勝ち点1」は、ある意味ではそれ以上に輝くものなのです。
それだけの歴史的なゲームだったのです。
ここでは、この「引き分け」が持つ、日本サッカーにおける意味について、日本サッカーの30年の進化も含めて解説したいと思います。
「市場価値およそ2.8倍」のスター集団とガチに渡り合った90分
お金の話から入るのが良いかどうかわかりませんが、移籍情報サイト「Transfermarkt」をもとに両チームの「選手の時価総額」を合計してみましょう。すると、かなり衝撃的な数字になります。
オランダ代表は約7億5420万ユーロ(約1394億円)、日本代表は約2億7085万ユーロ(約500億円)。その差はおよそ2.8倍です。
まあ、4年前の日本代表のそれは約130億円だったので、この4年で大きく伸ばした「有望株」であることは間違いありません。ですが、結果がすべてのスポーツの世界でこの評価額の違いは、間違いなく実力への評価額です。単純な一人ひとりの足し算であれば、「刃が立たない相手」と言って間違いないでしょう。
もちろん、この市場価値の格差は4年前のドイツ戦、スペイン戦ではそれ以上でした。今さら言う必要もないかもしれません。
しかし、今回は4年前とは決定的な違いがあります。それは「オランダ代表が日本を舐めていなかった」ということです。
「騙し討ち」ではない「勝ち点1」
ちなみに5月31日にはオランダのデュラン副首相が小泉進次郎防衛相に「オランダ代表が勝った後も私たちの友情が続くことを願う」というジョークを飛ばしました。ここでの小泉進次郎防衛相の返しは見事なものでしたが、興味がある方は検索してみてください。
ですが、オランダ代表は監督も選手もまったく日本を舐めていませんでした。「世界の強豪」が一切の油断なしで日本戦に臨んでいたのです。
もちろん、前回大会のドイツ戦、スペイン戦も価値のある勝利でした。ただし、欧米メディアの論調を冷静に振り返ると、日本の実力を評価しない論調が多いことも事実です。
その論調では、日本の勝利は、彼らの「想定外」と「読み違い」を誘った、いわば「騙し討ち」でもぎ取った勝利、という穿った見方がされています。要は日本が先制点を許した後に“死んだふり(タナトーシス)”で試合を寝かせ、「もう勝った」と油断させて、隙を狙って仕留めた……という論調です。スポーツマンシップとしては、ちょっと貶められている印象を否めません。
しかし今回のオランダは違いました。最初から最後まで日本を強敵として認識し、決して緩むことなく、インテンシティ高く戦ってきました。
その中での引き分けというのは、質がまったく異なります。しかも得点の内容を見ても、お互いに技ありの1点目、そしてディフレクション(偶然によってボールの軌道が逸れること)という“サッカーらしい偶然性”を含んだ2点目。点の取り方も五分五分。これはもう、完全に同じ土俵で戦った結果と言っていいでしょう。
オランダから没収した「勝ち点2」
また、勝ち点という意味でも注目すべき点があります。日本が獲得したのは「1」に過ぎません。
しかし、仮に負けていたら、オランダに「3」を献上していました。その差も「3」になります。
つまり、実質的にはオランダから勝ち点「2」を没収したのです。そして、勝ち点の差を「0」にしたゲームだったのです。
これはもう、オランダ代表がグループ首位通過を争う「日本のライバル」になったということです。実際、試合後のオランダ代表の監督は記者会見の中で「強豪、日本」と発言しています。
数字だけ見ると、前回大会の初戦ドイツ戦の「3」より小さいかもしれません。しかし、ゲームの内容、この先のグループリーグの首位争い、そして日本の立ち位置の変化を考えると、4年前の「3」以上の「1」なのです。
ちなみに1998年、初出場のアルゼンチン戦では0-1と敗れました。失点は「1」です。しかし、献上した勝ち点は「3」。今回はそれを許さなかった。ここに日本サッカー30年の進化が凝縮されています。オールドファンとしては、この隔世の感に酔いしれたいですね。
30年前、オランダサッカーは100年経っても追いつけないお手本だった
次に、今回の引き分けは「オランダというお手本に追いついた」という輝きを持っています。
実は1990年代、日本サッカーの教科書は間違いなくオランダでした。トヨタカップで来日したアヤックスの完成度に、当時の日本のチームは衝撃を受け、マスコミは「100年経っても追いつけない」と煽ったものです。
ところが現在、日本はそのアヤックスの主力クラスに板倉や冨安を送り込んでいます。さらには、そのライバルチームであるフェイエノールトのエースは上田綺世です。つまり学ぶ側から、競い合う側へと完全にフェーズが変わったのです。
試合スタッツを見ても興味深いものがあります。ボール支配率ではオランダがやや上回りましたが(57% vs 43%)、シュート数はほぼ互角。パス本数・成功率も、ほとんど差はありません。
ゲームを決定づける違いは、スタッツの上ではまったくありませんでした。つまり、日本は試合の「質」において、まったく引けを取っていなかった。
だからこそ、オランダの監督に「強豪、日本」と言わしめたのです。この一言は、スタッツ以上に価値があります。30年前には想像すらできなかった評価です。
鎌田選手の、そしてチームとしてのサッカーIQ
そして最後に強調したいのが、「サッカーIQの高さ」です。特に鎌田大地選手のポジションチェンジが日本代表のチーム知性の高さを象徴しています。
鎌田選手はゲームを組み立てる想像力豊かな選手です。本来のフォーメーション上では、フィールドの中央に陣取るボランチ的な役割です。
ですが、お気づきだったでしょうか? この試合では展開に応じてディフェンスラインに落ちたり、左サイドに流れたりと、まさに変幻自在でした。サッカーは力学の相互作用のスポーツです。敵がどこかを塞げば、他のどこかが空きます。
その空いている「どこか」を見つけるのが上手い選手はたくさんいます。しかし、鎌田選手は空いている「どこか」を作り出せる選手なのです。
この鎌田選手の秘訣はまた別の記事で解説したいと思いますが、大切なことは、この鎌田選手のサッカーIQを活かせるチームとしてのサッカーIQが高かったということです。
重要なのは、彼が動くだけではチームは機能しないという点です。チームメートがその意図を理解し、連動してポジションを再構築するからこそ、鎌田選手の自由度が戦術として成立する。これはチーム全体のサッカーIQが高くなければ実現しません。
サッカーIQが詰まった中村敬斗選手のゴール
象徴的だったのが中村敬斗選手のゴールです。前半にも似た形がありましたが、その時はボールを動かさずにシンプルに打ちました。そして、わずかに外れた。
後半のシチュエーションでは、久保建英選手が足技で敵をある程度固めてくれていた後でした。
その中で、中村選手は自分に迫る1枚目のDF、その後ろの2枚目のDFの動きを冷静に見ながら、ボールを細かいタッチで内側にコントロールしました。打つそぶりを見せずにコースを作る。
そして小さな振りで、地を這う鋭いシュート。不意を突かれたDFもGKも反応が遅れ、見事な同点ゴールとなりました。
この「修正力」と「判断の速さ」。これはテクニックだけでなく、明確に知性のプレーです。
総じてこの試合は、日本代表が「偶然に勝つチーム」から「必然で結果を出すチーム」へと進化していることを証明した一戦でした。強豪に警戒され、研究され、それでもなお五分に戦う。その姿はすでにチャレンジャーではなく、完全にコンテンダー(優勝候補)です。
日本代表、優勝へのロードマップに熱いエールを!!
このように、この引き分けは「2-2」のスコア以上に、勝ち点「1」以上に重いものなのです。日本サッカーが世界の構造の中で、確実に一段階上へと進んだことを示しています。
まさに、歴史的な「90分」だったと言っていいでしょう。
優勝を公言する森保ジャパン。単なるビッグマウスではないことを証明した1戦でした。
日本代表の優勝へのロードマップ、この先もご一緒に熱いエールを送ってまいりましょう!!
■

杉山 崇(脳心理科学者・神奈川大学教授)
臨床心理士(公益法人認定)・公認心理師(国家資格)・1級キャリアコンサルティング技能士(国家資格)。
1990年代後半、精神科におけるうつ病患者の急増に立ち会い、うつ病の本当の治療法と「ヒト」の真相の解明に取り組む。現在は大学で教育・研究に従事する傍ら心理マネジメント研究所を主催し「心理学でもっと幸せに」を目指した大人のための心理学アカデミーも展開している。
日本学術振興会特別研究員などを経て現職。企業や個人の心理コンサルティングや心理支援の開発も行い、NHKニュース、ホンマでっかテレビ、などTV出演も多数。厚労省などの公共事業にも協力し各種検討会の委員や座長も務めて国政にも協力している。
サッカー日本代表の「ドーハの悲劇」以来、日本サッカーの発展を応援し各種メディアで心理学的な解説も行っている。








コメント