「進化させていないので」と言うホンダの変革責任者

ホンダが苦しんでいます。

2021年に三部社長は「2040年に脱エンジン」を宣言しましたが、5年後の2026年5月に撤退。損失は2.5兆円に及び、現在、経営変革の真っ只中です。

こんな中、ホンダの「企業変革責任者」を三部社長から引き継ぐのが、48歳の四竈真人(しかままひと)常務です。

四竈さんは、生粋のエンジニアです。

2002年入社直後、隣のグループが燃料タンクの欠陥に頭を悩ませているのを見て、解決方法を進言。

その後、配属希望を聞かれて「1番やべぇのをお願いします」と言って難題を与えられ、3ヶ月間上司に報告せずに考えたシステムは、米規制当局から「10年先を行った」と高く評価。現在もホンダの全車種に搭載されています

難題に向かう鉄則は…

「先入観を排除するため、既存のことは勉強しない」

こうして2015年、自動運転開発の初代プロジェクトリーダーに抜擢され、600人のチームをまとめます。

この時、AIやセンシングなど自動運転の要素技術を学ぶ前に、チームで合宿を開き「成し遂げたいこと」を考えてきました。

しかし予定通り進みません。

役員が「去年から1ミリも進化してない」と言われても…

「そうですよ。進化させていないので」

その後のチームは、2021年に世界初となるレベル3の自動運転車・レジェンドの発売にこぎつけました。

その四竈さんは、変革担当の就任直前は、SDV(ソフトウェア・デファインド・ビークル:ソフトウェアによって定義されるクルマ)事業の開発統括責任者でした。

メディアに出ることが少ない四竈さんがこの事業責任者だった時のインタビューが、週刊東洋経済2026.4.11号に掲載されています。ホンダの変革の方向性が見えてくるので、概要を紹介します。

  • SDVの真の価値は、自動運転にとどまらない。中古車や保険などの既存バリューチェーンビジネスと繋げ、ビジネスチャンスを広げる事業変革ツールである
  • 新興企業ならば理想的なEVをゼロから作れるが、ホンダは長年培ったサプライチェーンや堅牢なオペレーションがあるので、それらを変革し既存事業と両立させるのは時間がかかる
  • 過去のしがらみがなく、極めて効率的に開発できる中国勢から学ぶべき点は非常に多い
  • ホンダが、自前の車載OS「ASIMO OS」を開発する最大の理由は、システム全体を「手の内化」すること。競争力の源泉となる独自サービスやアプリは自前で作る。全て外部発注するよりもトータルで安くなる
  • ASIMO OSは、機能別だった従来の組織の壁を超えて、複数機能を統合する存在となる。組織と領域を横断して、新たな価値を大量生産できる。だから我々は頑張っている
  • 自動運転システムを自前化する最大の理由は、自動車メーカーとして「説明責任」を果たすこと。AIがなぜその判断や操作をしたのか、社会に対して明確に説明できなければならない

こうした言動を見ると、四竈さんはイーロン・マスクやピーター・ティールがいうところの「第一原理思考」を実践しているように思います。

私たちは考えているようで、意外と常識に縛られて思考をショートカットしています。

思考のショートカットによって、脳が効率よく動いて多くの作業をこなせますし、ビジネスでも「常識は○○」「経験では□□」といった経験則で、失敗を減らしてより多く仕事ができます。

しかし未体験ゾーンの変革や新規事業では、こうした常識やショートカットは通用しません。むしろ足かせになります。

そこで「そもそもこれって…」と原理原則からジックリ考える第一原理思考が必要なのです。

イーロン・マスクも「そもそも、なぜロケットは高いのか?」と考え、原材料費を計算すると、ロケットの完成品の価格は原材料費の50倍だったので、自分でロケット会社を立ち上げてコストを下げるために、スペースXを立ち上げました。

この第一原理思考は、進化論的な考え方の真逆です。

進化論的な考え方とは「モノゴトは今の形から試行錯誤で進化していく」という発想です。

四竈さんは「そうですよ。進化させていないので」と役員に答えたように、進化論的に考えていません。

ピーター・ティールは進化論的な考え方について「ちっぽけな考え方は捨てよう」と言った上で、「まず必要なのは、偉大なる意志である」と述べています。

ティールの思想は、進化論とは対極にある「神が生命を作りたもうた」という思想です(インテリジェント・デザインと呼ばれます)。

四竈さんのように第一原理思考をする異能の人材は、大企業では風当たりが強く淘汰されがちです。

しかしこうして抜擢され、難しい仕事を任されて成果を上げ、企業変革を任されるあたりに、ホンダにまだ残っている強い組織文化を感じます。

振り返れば、ホンダの創業者である本田宗一郎さんも、合理的思考や科学的真理、企業の社会的使命を重視する人でした。

世界中の自動車メーカーが「達成不可能」と言ったマスキー法(1970年改正の米国大気浄化法)についても

「自動車をつくるメーカーとして、社会における責任の一環として取り組むべきだ」

と考え、対応するためにガスタービンやアルコール燃料といった様々な方法を調査・研究する社員に対して

「排出ガス対策で、今のエンジンをなくすには、生産設備などを全部捨てなくてはならない。だから既存エンジンを改造しなきゃだめだ」

と言って、低公害のCVCCエンジンを開発しました。

ホンダは、ここしばらく迷走気味です。

一方で中国の自動車メーカーも、この5年間で大きく躍進しています。

こうした大きな逆境の中で、「1番やべぇのをお願いします」と言いのける四竈さんがリードする今後のホンダの変革に期待したいと思います。

【参考情報】
・『【Deep Insight】ホンダは「素人」に戻れるか』日本経済新聞 2026.6.11
・『沸騰! 自動車ソフトウェア革命』週刊東洋経済 2026.4.11 p.43
・『イーロン・マスク 上』ウォルター・アイザックソン著
・『Zero to One』ピーター・ティール著
・本田技研工業 75年史(ホンダのサイト)


編集部より:この記事はマーケティング戦略コンサルタントの永井孝尚氏のオフィシャルサイト(2026年6月16日のエントリー)より転載させていただきました。永井孝尚氏のメルマガのご登録はこちらから。

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