賃上げしても人手不足は終わらない --- 山村 太祐

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社員に辞められないように、賃金を上げた。上げたくて上げたのではなく、上げなければ人を採用できず、人が逃げるから、無理をして賃上げした。今年、そうやって賃上げに踏み切った中小企業の経営者は、少なくないはずです。

連合の集計によれば、2026年の春闘の賃上げ率は3年連続で5%台。帝国データバンクの調査でも、賃上げの理由は、人手不足などによる「労働力の定着・確保」が74.3%で断然の首位です。今の賃上げは、物価や業績の話である前に、人手不足への支出なのです。

けれど、それで人手不足は終わったでしょうか。同じ帝国データバンクによれば、2025年度の人手不足倒産は441件と過去最多。従業員や幹部の退職が引き金になった倒産も118件と、初めて100件を超えました。

当然だ、と思われるかもしれません。売り手市場では、腕のある人ほど、より良い条件へ動きます。それは市場の摂理であって、1社の賃上げで止められるものではありません。経営者が本当に問うべきは、「いくら上げれば人が残るか」ではなく、「この競争を、何年続けられるか」です。

なぜ、賃上げに終わりが見えないのか

賃上げ競争には、ゴールがありません。自社が上げれば、隣も上げる。大企業は来年も再来年も上げ続けます。降りれば人が採れず、続ければ利益が削られていく。

そして、中小企業の手元には、もう余力が残っていません。2026年版の中小企業白書によれば、中小企業の労働分配率、つまり稼いだ付加価値のうち人件費に回る割合は、すでに8割近くに達しています。付加価値に占める営業純益は、1割未満。賃上げの原資は、とっくに底が見え始めているのです。

つまり、この競争の勝敗を分けるのは、今年いくら上げたか、ではありません。来年も、5年後も、上げ続けられる原資を生み出せるか。1人当たりの付加価値、すなわち生産性です。賃上げ競争とは、実のところ、賃金の競争ではなく、生産性の競争なのです。

動くだけでは、生産性は上がらない

では、生産性はどうすれば上がるのか。私のもとに来る相談も、突き詰めればこの1点に行きつきます。会社を続けるための財務基盤をどう立て直すか。その重要な1項目が、原資を生む力だからです。

ただ、中堅・中小企業の現場には、これを考える時間が、そもそもありません。今月の資金繰り、目の前の受注、明日の現場。「今、この瞬間、この1年」を生き抜くことに、すべての時間が吸い取られています。考えるより先に、とにかく動く。判断は、勘と経験と度胸に頼るしかない。けれど、動く忙しさは、生産性とは別物です。

ある専門商社が、まさにその状態でした。来た引き合いには断らず全部応じ、社長も社員も走り回り、売上はあるのに利益が残らない。私がしたのは、増員でも値上げでもありません。一緒に、1つの問いを立てました。「どの顧客の、どの仕事だけは、何があっても手放さないか」。

これは優先順位の話ではありません。捨てる順番を決める軸です。最も価値を生む顧客と仕事が定まれば、裏返しで、惰性で続けてきた薄い取引が浮かび上がる。そこから先は、断る決断の連続でした。長く付き合った相手にも、これは引き受けない、と線を引いていく。経営とは、何をやるかを足すことではなく、何を捨てるかを決めることだ。私はそう考えています。

捨てると決めた瞬間から、会社のあちこちが連動して動き出します。営業がどの案件に時間を割くか、誰に何を任せるか、どの在庫を持つか。バラバラだった判断が、「最も成果を生む顧客に集中する」という1本の筋でつながっていく。半年後、扱う案件は減ったのに、利益は伸びました。同じ人数、同じ給与のままで、です。

伸びたのは、社員が優秀になったからではありません。営業も、配置も、在庫も、意思決定も、すべてが噛み合って成果へ向かう1つの仕組みに変わったからです。私は、こうした「会社が成果を生み出す仕組み」を組織の力(ケイパビリティ)と呼んでいます。重要なのは、このメカニズムそのものです。

そして、メカニズムが動き出した組織は、自分たちで「何をやめ、何に集中するか」を問い続けます。人がとどまるのは、自分の働きが会社全体の成果につながり、前へ進んでいる手応えがあるからです。定着は、「やりがい」という気分ではなく、会社が成果を生み続けるメカニズムの副産物なのです。

賃上げは、もはや経営の前提です。降りるという選択肢はありません。だからこそ、勝負は賃金の外で決まります。

賃上げ競争の勝者は、最も高く払った会社ではありません。何を捨てるかを決め、賃金を払い続けられる仕組みをつくった会社です。

山村 太祐(やまむら たいすけ)
株式会社フェルディナンド・キャピタル代表取締役社長 兼 Chief Growth & Capital Officer(CGCO)。事業再構築・再成長の成果にコミットし、資本と執行の両輪で組織の力(ケイパビリティ)を立て直す「共闘者(フラクショナル・エグゼクティブ)」。組織が自走したら去る。

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