「悪魔は実際に存在するか」ーこの問いかけは「神は存在するのか」よりポピュラーではない。ドイツの哲学者フリードリヒ・ニーチェ(1844年~1900年)は「神は死んだ」「われわれが神を殺したのだ」と叫んだが、「悪魔」については多くを語っていない。悪魔の存在については、悪魔にとって好都合なことだが、キリスト教会でも様々な解釈があって、統一した定義はない。悪魔を人間と敵とするならば、その敵の正体が分からずにどうして悪魔との戦いに勝利できるだろうか。

悪魔祓い(エクソシズム)、ドイツ・カトリック通信から、2026年6月30日
神学者アウグスティヌス(354年~430年)は、悪を「実体のある存在」ではなく、「善が欠如した状態」(光に対する影のようなもの)と捉えていた。つまり、悪魔は「悪という物質」でできているのではなく、「善から完全に離れ去った存在」だという考え方だ。聖ヨハネ・パウロ2世(教皇在位1978年~2005年)は悪魔について、「悪魔は擬人化した悪」と規定し、「悪魔の影響は今日でも見られるが、キリスト者は悪魔を恐れる必要はない。しかし、悪魔から完全に解放されるためには、時(最後の審判)の到来を待たなければならない」と述べている。一方、前教皇フランシスコは、悪魔は単なる比喩や概念ではなく「現実の人格を持った存在であり、常に人々を誘惑しようとしている」と説教などで度々語っていた。
「国際エクソシスト協会」(AIE)第15回年次総会が昨年9月15日から20日まで、イタリアのローマ近郊のサクロファーノで開催された。ローマ教皇レオ14世はオンラインで参加し、「悪魔からの解放という、繊細で極めて必要な奉仕だ」と、エクソシストの業を評価し、「悪に取り憑かれた者は、祈りとキリストへの呼びかけを通して支えられなければならない」と述べている、といった具合だ。
ちなみに、 キリスト教の悪魔は「神の敵」だが、ユダヤ教の「サタン(Satan)」は全く異なる役割を持っている。ヘブライ語のサタンは「妨げる者」「告発する者」を意味する。彼は神に逆らう反逆者ではなく、神の許しを得て人間に試練を与え、その信仰心をテストする「検事官」のような役職だ。
ところで、1976年7月1日、当時23歳のドイツの女学生アンネリーゼ・ミシェルはクリンゲンベルク・アム・マインで極度の栄養失調により亡くなった。彼女は長年にわたり、深刻な身体的・精神的苦痛に苛まれていた。敬虔な信仰を持つ両親のもとに育った彼女は、若い頃から発作に苦しんでいた。やがて彼女は、悪魔のような恐ろしい形相が見えたり、声や説明のつかない物音が聞こえたりすると訴えるようになった。
この若い女性に対しては、いわゆる「悪魔祓い(エクソシズム)」と呼ばれる儀式が70回近くも行われた。1976年の春、アンネリーゼはついに食事を摂らなくなった。最後の悪魔祓いの儀式が行われたのは、彼女が亡くなる前日のことだ。ドイツ教会にとって忘れることが出来ない出来事だった。あれから7月1日で50年目を迎えた。ドイツのカトリック通信は50年前の悪魔祓いとその後の動向について記事を書いている。
通称「アンネリーゼ事件」はドイツ全土に大きな衝撃を与えた。後にミシェルの両親と2人の神父は、不作為による過失致死罪で執行猶予付きの有罪判決を受けた。ドイツ司教協議会は、悪魔祓いの儀式を改革するための提言をまとめる委員会を設置するなどの措置を講じた。ドイツ国内では、悪の本質や悪魔の存在をめぐって、神学的な激しい議論が交わされていった。
エクソシズム(悪魔祓い)について紆余曲折があった後、バチカン教皇庁は1999年、1614年のエクソシズムの儀式を修正し、新エクソシズム儀式を公表した。それによると、①医学や心理学の知識を除外してはならない、②信者が霊に憑かれているのか、通常の病気かを慎重にチェックする、③秘密を厳守する、④教区司教の許可を得る―など、エクソシズムの条件が列記されている。
バチカンが新エクソシズムを公表した背景には、霊が憑依して苦しむ信者が増加する一方、霊の憑依現象と精神病との区別が難しくなり、一部で混乱が生じてきたからだ。霊の憑依現象と精神病の相違として、「精神病患者の場合、祈祷に反応を示さないが、霊に憑依された人の場合、祈ると激しく反応してくる」といわれている。
グローバルなインターネット市場調査および世論調査会社YouGov(ユーガブ)による最近の調査では、このテーマが依然として世間の関心を集めていることが示されている。同調査によれば、ドイツ人の約4人に1人が、悪魔やサタン、あるいは悪魔憑きの存在を(確信を持って、あるいはある程度)信じている。
エクソシストの一人、グリッファ神父は「悪魔は存在し、その様相は多種多様に及ぶ。その活動はここにきて激しさを増し、悪魔の憑依現象が広がっている」と証言している。ドイツ司教協議会はウェブサイト上で、悪魔祓いの取り組みの目的は、苦しみを抱える人々に包括的な支援を提供することにあるという。それは、「苦しみの霊的な側面を無視することなく、かといって治療を単に霊的な側面だけに矮小化することもない支援のあり方」という。
なお、新約聖書の預言書「ヨハネの黙示録」によると、「終わりの日に、霊界の戸が開き、無数の霊人がこの地上界に降りてくる」という。すなわち、封印されていた戸が開き、多くの悪魔が地上に降りてきて、世界はハルマゲドンの様相を呈する。
悪魔祓いの専門家、ルイス・ラミレス・アルマンサ氏は、現在の世界情勢の責任を全て「悪魔」の仕業に帰すべきではないと警告した。「悪は甚大な影響力を有しているが、人間の責任もある。多くの決定の背後には、政界や軍界など、権力の座にある多くの人々の責任が潜んでいる」と指摘している。「悪いのは悪魔だけではない」というわけだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2026年7月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。







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