エミリー・カーメ・ウングワレーという画家をご存知だろうか? 1910年ごろにアボリジニのアンマチャリー族の管理者として生まれた女性だ。6万年以上の歴史を持つアボリジ二の文化を継承伝達する管理者として、歌唱、舞踊、絵画と密な繋がりを持つコミュニティーの儀礼を司ってきた。
エミリーが外界のアートの世界に触れたのは、70歳近くになった1977年のこと。コミュニティーで開催されたオーストラリア政府の教育プログラムの一環で、美術工芸のアトリエに参加したのだ。これを機に、バティック(ろうけつ染め)制作をスタート。1988年からはブラシや絵筆を手に絵画制作をはじめ、1996年にこの世を去るまでのわずか8年間で3000点以上の絵画作品を完成させた。
2017年のヴェネツィア・ビエンナーレでオーストラリアの代表として数点が展示されるなど、アボリジナルアーティストの代表格であると同時に、モダンアート界全体においても、非常に高い評価を得ているアーティストだ。
2008年には東京と大阪で「エミリー・ウングワレー展」が開催されており、彼女のプリミティフであると同時にコンテンポラリーな作品は、日本でも大きな評判を呼んだ。

オパール財団で開催されている「エミリー・カーメ・ウングワレー」展の様子
© Stefan Altenburger
エミリー・カーメ・ウングワレーの没後30年を記念した大規模な回顧展が、スイス南西部、レマン湖東岸から東へ車で1時間ほどの山間の村ランスにある「オパール財団(フォンダシオン・オパール」で、6月14日〜11月8日で開催中だ。
この展覧会は、2023-24年に「オーストラリア国立美術館」で、2025-26年に「テート・モダン」でそれぞれ開催された展覧会とのコラボレーション。画家としてのエミリーの生涯を振り返る80点以上の作品が展示されている。

印象的な色彩が目を引く展覧会ポスター
オーストラリア、イングランドのトップ美術館と並んで、なぜ小さなスイスの財団で?と思われる方もいるだろう。2018年に誕生した「オパール財団」のトップであるべランジェール・プリマは、世界屈指のアボリジナルアートのコレクター。エミリーの作品を含め、440人、1900点に及ぶアボリジナルアートを擁し、積極的に展覧会を開催し、作品の貸し出しを行なっている。

アボリジナルアートの世界的コレクターでオパール財団の代表である、ベランジェール・プリマ
© Olivier Maire

スイスの美しい山々に囲まれたシックな村、ランスにあるオパール財団。
すぐ近くには、高級スキーリゾート地クラン=モンタナがある。
広々とした展覧会場に飾られたエミリーの作品に投影されているのは、自らが生まれ育ちそこで土に還った大地、そこに根付く動植物、部族に伝わる歴史と文化……。自身を取り巻く環境を、時空を超えて大きく俯瞰するように、エミリーはカンヴァスに描いた。アクリル絵具を主に利用したが、中には、伝統的に利用されてきたオークルにエミューの脂と炭を混ぜた絵具を使ったものも。
具象でありながら抽象な表現、抽象の中に具象が宿る。カンヴァスに閉じ込められたはずの色の重なりが、なぜか、常に動いていて膨大なエネルギーを観る者に対して放つ。そんな圧倒的な力強さが、彼女の作品に宿っている。
イーゼルにカンヴァスを立てて描くのではなく、大地にカンヴァスを置き膝をついて制作するエミリーの作品の多くは、上下左右がない。キュレーターのセンス次第で、見せ方を変えられるのも興味深い。実際、オーストラリア、イングランド、スイスの3つの展覧会すべてを見たキュレーターたちは、各会場のキュレーションの違いにも言及した。

バティック(ろうけつ染め)の作品
アボリジニとして生きた約86年、その最後の8年間で、エミリーは、悠久の時を経て継承されてきたアボリジ二の文化を、カンヴァスとアクリル絵具という西洋のツールで表現した。一族が守ってきた伝統の継承という管理者としての大切な使命が、ここに昇華している。

本展覧会のオープニングに合わせてオーストラリアからやってきた、エミリーが属した一族の女性たち。
赤ちゃんの時にエミリーに抱いてもらったという人も。
© Georges Petitjean
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