「永山基準」は法理か、選択か?本当に問われているもの

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(前回:「感情論」という便利な蓋は何を議論から締め出すのか

2026年6月、北海道で相次いだ二つの判決——17歳の少女殺害事件と大学生集団暴行死事件——をめぐり、「極刑でないのは生ぬるいのか」と問うた論説がある。

内田梨瑚被告は懲役27年、川村葉音被告は懲役30年 残虐な犯罪に対して「極刑」でないのは生ぬるいのか
「生ぬるい」「家族が報われないだろうが」2026年6月22日、旭川地裁の法廷に怒号が響いた。続けて「こんな判決おかしいだろうが」「死刑だろ」などと叫んだ北九州市の自称・配達業の48歳の男は逮捕された。このとき旭川地裁では、2024年4月に1...

前編では、この論説に潜む二つのすり替えを見た。遺族の問いを「感情論」のラベルで片づけていること。そして、被害者数を重視する自分の物差しを「中立的な事件の中身」と呼び替えていることである。

「感情論」という便利な蓋は何を議論から締め出すのか
J-CASTニュースの一本の記事を読んで、強い違和感を覚えた。「内田梨瑚被告は懲役27年、川村葉音被告は懲役30年 残虐な犯罪に対して『極刑』でないのは生ぬるいのか」。2026年6月、北海道で相次いで言い渡された二つの判決を取り上げたものだ...

だが、最も見えにくい三つ目のすり替えが、まだ残っている。

それは、記事が最後に置く根拠についてだ。記事は、永山基準が40年以上参照され続けてきたことを、司法の一貫した公平性を守るためだと位置づける。継続が公平性に役立つという指摘そのものは、誤りではない。同じ尺度を全国で一貫して当てはめれば、判断のばらつきは確かに抑えられる。

だが、ここで立ち止まりたい。一貫性が保証するのは「同じ尺度を使うこと」であって、「その尺度が正しいこと」ではない。尺度の選び方そのものに偏りがあれば、一貫した適用は、一貫した偏りを生むだけだ。被害者数という軸を主役に据えたこと自体が一つの選択である以上、それを40年続けてきたという事実は、選択の妥当性を何ら証明しない。継続は、安定をもたらす。しかし、正しさまでは保証しないのである。

記事はさらに、数字を挙げて読者を安心させにかかる。無期懲役で仮釈放が認められるまでの平均は30年を超える。有期刑でも、刑期の九割以上を服役する受刑者が大半だ。だから刑は「実は生ぬるくない」——そういう理屈である。

だが、遺族が問うているのは「実際に厳しいか」ではない。「罪に見合っているか」だ。厳しさの実態をいくら並べても、釣り合いという問いへの答えにはならない。ここでも問いが、そっと別のものにすり替えられている。

誤解のないように言っておきたい。この記事が守ろうとしている一点——世論の熱量で量刑を決めれば、命の重さが報道量に左右されてしまう——は、手放してはならない原則だ。だが記事は、その正しい一点を守るために、遺族の釣り合いへの問いまで「感情論」として切り捨て、自分の尺度を中立に見せかけ、制度が続いてきたことを正しさの根拠にしてしまった。強い前提を、弱い論証で支えているのである。

だから、本当に立てるべき問いは「感情を司法に入れるべきか否か」ではない。「永山基準のどこまでが揺るがぬ法理で、どこからが運用上の価値選択なのか」を切り分けることだ。被害者数という線引きは、法の必然なのか。それとも、私たちが公平性という名のもとに採用し、問い直すことを忘れてきた、一個の選択にすぎないのか。

感情を脇に置けと説く論こそ、被害者数という尺度を疑わない、ひとつの選択の上に立っている。冷静さを装う論理にも、選ばれた前提がある。それを見据えることこそが、感情論にも私刑にも飲み込まれずに、量刑のあり方を問い直す出発点になるはずだ。

そもそも永山基準は、死刑を選ぶべきか否かを見極めるために生まれた指針だった。それが時を経て、死刑には至らない事件の量刑感覚にまで影を落としている。今回の二件も、死刑が正面から争われたわけではない。それでも「極刑でないのは生ぬるいのか」という問いが立ち上がるのは、被害者の数を軸にした重さの感覚が、私たちの中に深く根を張っているからだ。

その感覚を、ただ古いから、ただ続いてきたからという理由で受け入れ続けるのか。それとも一度立ち止まり、この物差しが本当に事件の重さを映しているのかを問い直すのか。問われているのは、裁判所だけではない。判決に「生ぬるい」と声を上げる私たち自身の、重さの測り方でもある。

私は言論に携わるコラムニストであり、同時に一人の市民でもある。司法の冷静さを尊ぶからこそ、その冷静さが何を前提にしているのかを問いたい。論理を否定するためではない。論理がよって立つ選択を、可視化したいのである。

尾藤克之(コラムニスト、著述家、作家)

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