雨の日に傘を取り上げるANA:SFC改悪が壊したロイヤル顧客との信用

ラウンジが混む。だから上級会員の権利を削る。

そう言う前に、ANAは一つだけ思い出すべきではないか。

その上級会員を増やしたのは、誰だったのか。

2026年6月26日、ANAホールディングスの株主総会で、上級会員向けカード「ANAスーパーフライヤーズカード」、いわゆるSFCの制度改定が大きな論点になった。

Aviation Wireによれば、ANAは4月に発表したSFC制度改定について見直しを検討し、2026年9月末までに改めて案内するとした。株主総会では、ラウンジ混雑が制度改定の背景として説明され、2030年度に向けて混雑がさらに悪化するとの見通しも示された。

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見直し自体は当然だろう。むしろ、最初からなぜこの形で出したのかが疑問である。

ANAが当初示した制度改定では、2028年4月からANAカードとANA Payの年間決済額に応じて会員区分を設け、300万円以上を「SFC PLUS」、300万円未満を「SFC LITE」に分ける予定だった。SFC LITEではANAラウンジを利用できず、スターアライアンスの資格もゴールドからシルバーへ下がる。ANA公式ページでも、現在は改定内容を再検討中であり、詳細は2026年9月末までに案内すると説明されている。

問題は、ラウンジが混んでいることではない。

ラウンジが混むなら、入室制限、時間帯制限、同伴者制限、利用回数制限、予約制、混雑空港だけの特別運用、あるいは新規取得者からの段階適用など、考えられる手段はいくらでもある。

ところがANAは、既存SFC会員を含めて、年間300万円の決済額で線を引こうとした。

これは航空会社としてのロイヤルティではなく、決済経済圏への忠誠を求める制度に見えた。飛行機に乗ってANAを支えてきた人よりも、カードで年間300万円を決済する人を優先する。そう受け止められても仕方がない設計だった。

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「修行僧」を育てたのはANA自身ではないのか

SFC会員は、勝手に湧いてきた迷惑客ではない。

ANAは長年、上級会員制度、マイル、カード、ラウンジ、優先搭乗、専用デスクといった特典を訴求してきた。さらに、いわゆる「修行」は、もはや一部マニアの隠語ではなくなった。

日本テレビ「沸騰ワード10」は、風間俊介氏のステータス修行を繰り返し取り上げ、番組公式サイトも「ステータス修行に取り憑かれた俳優」と紹介している。

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しかも風間氏は、ANAカードのテレビCMにも出演していた人物である。ANAカード新TVCMでは「毎日にマイルを。人生にドラマを。」をテーマに、日常の買い物や支払いでマイルが貯まることを訴求していた。これは、航空券だけでなく日常決済までANA経済圏へ寄せる宣伝である。

番組ではANAのラウンジや関連施設も紹介され、ANAグループ公式Xも「エアラインに取りつかれた風間俊介さんが、ANA、AirJapanに遊びに来てくれました」と番組を告知している。もちろん番組制作の細部までANAが決めたと断定する必要はない。しかし少なくともANAが、修行文化を自社ブランドにとって不都合なものとして距離を置いていたとは言い難い。むしろ、広報・宣伝上、利用してきたと見る方が自然である。

さらに決定的なのは、コロナ期以降のプレミアムポイント施策である。ANAは需要が落ち込んだ時期に、プレミアムポイント2倍キャンペーンやボーナスポイント施策を行い、上級会員資格の取得・維持を後押しした。2022年の「沸騰ワード10」でも、風間氏は「今、1回乗るとプラス1000ポイント、プレミアムポイントが貯まるっていうキャンペーン中」と説明している。

これは偶然ではない。業績が苦しい時期、ANAは上級会員や修行僧に乗ってもらいたかったのである。空席を埋め、運賃収入を得て、将来のロイヤル顧客をつなぎ止める。そのために制度を設計し、キャンペーンを打ち、修行を事実上後押しした。

ところが需要が戻り、ラウンジが混み始めると、今度はその会員を混雑の原因のように扱う。これは筋が悪い。

晴れの日には傘を貸し、雨の日には取り上げる

企業が苦しい時に固定客を頼ること自体は悪くない。むしろ、ロイヤルティプログラムとはそういうものだ。問題は、固定客が企業を支えた後で、状況が回復すると、その固定客をコスト要因のように扱うことである。

晴れの日には傘を貸し、雨の日には傘を取り上げる。銀行批判でよく使われる比喩だが、今回のANAのSFC改定にも同じ匂いがある。

コロナ期にはプレミアムポイント2倍キャンペーンなどで搭乗を促し、修行僧に空席を埋めてもらう。需要が戻り、ラウンジが混雑すると、今度は年間300万円決済を条件に既存SFC会員を選別する。これでは、利用者から「都合のよい時だけロイヤル顧客扱いされた」と受け止められても仕方がない。

ANAは、SFCを通じて利用者全体の利便性を高めることが第一の目的だったと説明している。しかし、利用者が見ているのは目的ではなく設計である。既存会員を含めて、年間決済額でラウンジ利用とスターアライアンス資格を分ける設計は、どう見ても「飛行機に乗る顧客」ではなく「決済する顧客」を優遇する制度である。

「離反」という言葉が露呈させたもの

今回の株主総会では、芝田浩二ANAHD社長がSFC改定をめぐって「一定程度の離反というのは織り込んでの話」と述べたことについて、複数の株主から批判が出た。芝田社長は「適切な言葉遣いに努める」として陳謝したと報じられている。

私は、この言葉が反発を招いたのは当然だと思う。

「離反」とは、企業側から見れば顧客流出の管理用語かもしれない。しかし、利用者側から見れば、自分たちは切り捨て前提で計算されていたのか、という話になる。

ロイヤルティプログラムとは、本来、企業と顧客の信頼関係で成り立つ。企業は「長く使ってくれれば報いる」と約束する。顧客は「この会社を選び続ければ報われる」と信じる。その相互期待があるから、利用者は多少高くても同じ航空会社を選び、カードを作り、マイルを貯める。

そこで企業側が、「一定程度の離反は織り込み済み」と言ってしまう。

これは、数字としては合理的でも、商道徳としては危うい。ロイヤル顧客を、経営シミュレーション上の離反率として扱った瞬間、ロイヤルティプログラムの土台である信用が傷つく。

ラウンジ混雑は経営の失敗ではないのか

ラウンジが混む。これは事実だろう。

しかし、それは本当に既存SFC会員の責任なのか。

ANA自身がSFCの価値を訴求し、上級会員制度を設計し、カード決済を促し、マイル経済圏を拡大してきた。その結果として会員が増え、ラウンジが混んだのなら、それは制度設計と需要予測の問題である。

つまり、経営側のKPIなき拡大のツケを、利用者側に押し返している構図ではないか。

ラウンジの収容能力には限界がある。ならば、本来はもっと早く、入口の設計を変えるべきだった。新規取得者から条件を変える。混雑空港だけ利用条件を調整する。ピーク時間帯だけ制限する。既存会員には十分な経過措置を置く。

そうした設計をせず、突然、既存会員を含めて年間決済額で線を引いたから反発を招いた。

ANAは「皆様との信頼関係を取り戻せるよう、誠心誠意取り組む」と説明したと報じられている。その言葉通りにするなら、見直すべきは300万円という金額だけではない。問われているのは、ANAがロイヤル顧客をどう位置づけるのかである。

問題はSFCだけでは終わらない

今回の問題は、SFCだけを見ていては分からない。

ANAで起きているのは、もっと広い価値の切り分けである。

安い運賃では座席指定を制限する。特典航空券は取りにくい。マイルは貯まるが、出口が細る。SFCは一度取れば長く使えるはずだったが、今後は決済額でサービスが分かれるところだった。

一つ一つは、企業の収益改善策として説明できるのかもしれない。

しかし、利用者側から見ると、同じ方向を向いている。

期待価値を売る。
顧客を囲い込む。
あとから出口を絞る。

これである。

旧来の航空会社は、単に座席を売っていたわけではない。移動の安心、上級会員としての扱い、マイルによる将来の旅行、ラウンジでの快適性、専用デスクの安心感。そうした総体として、ANAブランドを売っていた。

ところが今、その総体が細かく分解され、条件付きにされ、後から変更されている。

ここに、消費者保護上の問題がある。

約款に書いてある。制度は変更可能である。企業には裁量がある。

それはその通りだ。

しかし、企業が長期の期待を売り、顧客がその期待に基づいて時間と金を投じた場合、後出しの制度変更は単なる規約変更では済まない。信用の毀損になる。

次回は、この問題をマイルそのものに広げる。

ANAマイルは、単なる販促ポイントなのか。それとも、利用者が将来の旅行に備えて保有する「私設通貨」に近づいているのか。特典航空券に変えられないマイルを、なぜ利用者は貯め続けるのか。

SFC改悪で露呈した問題は、ANAマイルの世界でも静かに進んでいる。

【出典リスト】

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