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市場が変わる。売上が落ちる。人が辞める。事業承継の問題に直面する。
経営者は危機に直面すると、「何をすべきか」という正解を探し始める。新商品を作る。広告を増やす。別事業を始める。販路を広げる。しかし、本当に重要なのは「何をするか」だけではない。
危機を乗り切る経営判断で問われるのは、「何をしないか」である。何を守り、何を手放すのか。その線引きが、危機の経営判断を左右する。
大量仕入れの失敗から見えたこと
私自身にも、痛い経験がある。
かつて、オリーブオイルの生産量が激減するという情報に危機感を覚え、通常ではあり得ないほどの量を輸入してしまったことがあった。結果としてさばききれず、大量の期限切れ在庫を抱えた。
「仕入れすぎた」と確信したのは、翌年も生産量が落ちずに輸入できると判明した後のことだ。結果だけを見れば、明らかな失敗だった。
しかし、当時の先が見えない状況下において、「何があってもお客様に商品を届け続ける」という自社の軸に照らし合わせれば、あの決断自体は単なる思いつきではなかった。
問題は、危機感そのものではない。守りたいものを明確にしないまま、行動だけを増やしてしまうことだ。
すべてを守ろうとすると、何も守れなくなる
危機の経営で難しいのは、守りたいものが一つではないことだ。
売上を守りたい。社員を守りたい。顧客との関係を守りたい。理念を守りたい。会社そのものを存続させたい。
どれも大切である。だからこそ、経営者は迷う。
しかし、すべてを同じ重さで守ろうとすると、かえって何も守れなくなる。限られた時間、お金、人の力をどこに集中させるのかを決めなければ、判断は遅れ、打ち手は散らばっていく。
危機のときに必要なのは、努力の総量を増やすことではない。何を守るために、何をしないのかを決めることである。
「しない」と決めることは、消極的な判断ではない。守るべきものに経営資源を集中させるための、積極的な判断である。
手放す判断にも、守る価値がある
会社を続けることには大きな意味がある。雇用を守り、取引先との関係を守り、顧客への責任を果たすこと。会社を存続させることは、決して軽いテーマではない。
しかし、存続そのものが目的になったとき、判断は少しずつ曇っていく。本来は顧客のために始めた事業が、いつの間にか会社を維持するための事業になる。その瞬間、経営者は「何を守っているのか」を見失いやすくなる。
私たちは22年間、オリーブオイル輸入業を営んできた。世界で最もおいしいと信じたオリーブオイルを、日本の人に楽しんでもらう。その想いで続けてきた。
長い年月の中で、市場も環境も変わった。そして私は、父が創業した事業を承継せず、続けないという選択をした。もちろん簡単な決断ではない。
それでも、私が守りたかったのは会社という器ではなかった。世界で最もおいしいと信じた味を、日本の人に届けたいという願いだった。
事業を畳むと伝えたとき、お客様からの叱責を覚悟していた。しかし、届いたのは驚くほど温かい声ばかりだった。「長い間、本当においしいオリーブオイルをありがとう」という感謝の言葉が寄せられた。
手放すことは、必ずしも敗北ではない。守るべき価値を見失わないために、手放すものを決めることもある。
危機は判断軸を問い直す時間である
危機に直面したとき、会社を存続させることは大切である。しかし、危機を乗り切る経営判断とは、単に会社を延命させることではない。
自分たちは何のために存在してきたのか。何を守りたかったのか。そのために、何をしないと決めるのか。
この問いに、経営者自身が答えられるかどうかである。
危機とは、会社の強さだけを試す時間ではない。経営者が、何を大切にしているのかを問い直す時間である。
危機を乗り切る経営判断は、何を守り、何を手放すのか。その線引きから始まる。
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佐藤 裕(さとう ゆたか)
味語り®代表/ブランド設計士。20年超の企業経営経験を活かし、企業と個人の「価値観の接点」を言語化。理念を現場の判断軸へ落とし込むブランド設計に伴走している。







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