
まず、東電が支払った件数と賠償額について、東京電力のHPには、賠償請求件数が約592,000件、賠償額が約11兆7,268億円と掲載されている。天文学的な数字である。
普通の企業なら債務超過で倒産してしまうほど大きな額であるが、東電が倒産すると賠償金を支払えなくなる。それにより原賠法の趣旨が損なわれないよう、政府が同社に資金を供給し、倒産しないようにしている。なお、その資金は今後、時間をかけて同社が返済する。

万一、事故が起きて損害賠償事案が生じた場合に備え、原子力損害の賠償に関する法律(原賠法)は、日本初の原子力発電所である日本原子力発電株式会社東海第一原子力発電所が営業運転を開始した1966年1月16日よりも約5年先立つ1961年6月8日に成立し、1962年3月15日から施行されている。福島第一原発事故にも、当然、この法律が適用されている。賠償責任は東京電力に集中されており、東京電力以外との間では賠償金の授受は行われていない。
現在、この事故がどのように取り扱われているのかを以下に示す。
2015年5月、原子力委員会に「第1回原子力損害賠償制度専門部会」が設置され、2018年10月の第21回まで、政府と専門家による詳細な議論が重ねられた。なお、同専門部会は、専門家が原子力損害賠償制度を検討するために設置されたものである。事故の賠償がどのようになっているのかをかいつまんで知りたいという本稿の趣旨とは異なるため、ここでは本稿の趣旨に沿って簡略化して説明する。
1. 原子力損害賠償制度について
我が国の原子力損害賠償制度の特徴は、①原子力事業者に責任を集中し、その責任範囲に上限を設けていないこと、②国が、原子力事業者が財政負担によって債務超過にならないよう支援することである。

2015年5月21日原子力委員会「我が国の原子力損害賠償制度の概要」p.2より
政府は、同法第3条ただし書きにある「異常に巨大な天災地変」とは、全く想像を絶するような事態に限られるとし、「今回の事故の責任は一義的に東京電力にある」という見解を示している。
また、東京電力は、原子力損害賠償支援機構法に基づく国の資金援助を申請しており、今回の原発事故が事業者の免責事由に該当しないことを前提に、賠償措置が進められている。なお、原子力委員会は、HP上で、このただし書きを変更する計画はないとしている。
【原子力損害の定義】
「原子炉の運転等」とは、原子炉の運転、加工、再処理、核燃料物質の使用、廃棄物埋設・廃棄物管理、およびこれらに付随する核燃料物質または核燃料物質によって汚染された物の運搬、貯蔵または廃棄のうち、政令で定めるものをいう。
「原子力損害」とは、核燃料物質の原子核分裂の過程の作用、または核燃料物質等の放射線の作用もしくは毒性的作用(これらを摂取し、または吸入することにより、人体に中毒およびその続発症を及ぼすものをいう)により生じた損害をいう(原賠法第2条)。
【対象となる原子力事業者】
- 原子炉設置者(実用発電炉、試験研究炉)
- 加工事業者、濃縮ウランまたはプルトニウムを扱う核燃料使用者
- 廃棄物埋設または廃棄物管理を行う者
- 運搬を行う者
【無過失責任】
原子力事業者の故意・過失は問われない。
- 原子炉の運転等の際、当該原子炉の運転等により原子力損害を与えたときは、当該原子炉の運転等に係る原子力事業者が、その損害を賠償する責めに任ずる(原賠法第3条)。
【事業者の責任】
- 損害を賠償する責めに任ずべき原子力事業者以外の者は、その損害を賠償する責めに任じない(原賠法第4条)。
【免責規定】
- 原子力損害が、異常に巨大な天災地変または社会的動乱によって生じた場合、原子力事業者は免責される(原賠法第3条第1項ただし書き)。
【賠償措置の義務】
- 原子力事業者は、原子力損害を賠償するための措置(賠償措置)を講じていなければ、原子炉の運転等をしてはならない(原賠法第6条)。
- 原子力事業者は、原子力損害賠償責任保険契約(民間保険契約)および原子力損害賠償補償契約(政府補償契約)の締結、もしくは供託等を行う(原賠法第7条)。
賠償措置の額は、原子炉の運転等の種類に応じて定められている。
熱出力1万kW超の原子炉を運転する場合、賠償措置額は1,200億円とされている。
【求償権】(原子力損害賠償補償契約に関する法律)
- 民間保険契約では埋めることができない原子力損害を原子力事業者が賠償することにより生ずる損失を政府が補償する(原賠法第2条)。
- 対象は、地震又は噴火によって生じた原子力損害、正常運転によって生じた原子力損害等、政令で定めるもの(津波)(原賠法第3条)。
- 補償契約金額は民間保険と同額。補償料は、政令で定める料率を乗じて得た金額とする(原賠法第4条、第6条)。
- 損害賠償すべき額が賠償措置額を超え、かつ、目的を達成するため必要と認めるときは、政府は、原子力事業者に対して賠償するために必要な援助を行う(原賠法第16条)。
- 異常に巨大な天災地変又は社会的動乱の場合、政府は、被災者の救助及び被害の拡大の防止のため必要な措置を講じる。(原賠法第17条)。
【国の援助・措置】
- 原子力事業者が損害を賠償する責めに任ずべき額が賠償措置額を超え、かつ、この法律の目的を達成するために必要と認められるときは、政府は、原子力事業者に対し、損害を賠償するために必要な援助を行う(原賠法第16条)。
- 異常に巨大な天災地変または社会的動乱の場合、政府は、被災者の救助および被害の拡大防止のために必要な措置を講じる(原賠法第17条)。
【原子力損害賠償紛争審査会】
- 文部科学省に、原子力損害の賠償に関して紛争が生じた場合に、以下の事務を行わせるため、原子力損害賠償紛争審査会を置くことができる(原賠法第18条)。
- 原子力損害の賠償に関する紛争について、和解の仲介を行うこと。
- 原子力損害の賠償に関する紛争について、原子力損害の範囲の判定指針その他の、当該紛争の当事者による自主的な解決に資する一般的な指針を定めること。
- 上記の事務を行うために必要な、原子力損害の調査および評価を行うこと。
【罰則】
- 第6条に規定する賠償措置を講ずべき義務に違反した者は、1年以下の懲役もしくは100万円以下の罰金に処し、またはこれを併科する(原賠法第24条)。
2. 原子力損害賠償・廃炉等支援機構法について
原子力損害賠償の迅速かつ適切な実施および電気の安定供給等の確保を図ることを目的として、2011年9月に原子力損害賠償支援機構が設立された。2014年8月には原子力損害賠償・廃炉等支援機構に改組され、廃炉等の適正かつ着実な実施の確保が目的に加えられた。また、廃炉等を実施するために必要な技術に関する研究・開発、助言、指導および勧告などの業務も行っている。なお、同機構は、内閣府、文部科学省および経済産業省が所管している。

2015年5月21日原子力委員会「我が国の原子力損害賠償制度の概要」p.14より
政府は、原子力損害賠償・廃炉等支援機構に交付するため、国債を発行することが法律で認められている。この国債は無利子とされ、機構は必要に応じて国に償還を求め、受け取った資金を原子力事業者に交付する。
したがって、国債を発行するのは機構ではなく政府であり、機構は政府から国債の交付を受ける立場にある。なお、機構自身が「機構債」を発行する制度もあるが、これは政府が発行する無利子の交付国債とは別のものである。
機構は、事故を起こした原子力事業者による被災者への賠償が滞らないよう、認定された特別事業計画に基づいて必要な資金を交付する。これは、巨額の賠償負担によって原子力事業者の経営が行き詰まり、賠償や電力供給に支障が生じることを防ぐための制度である。
資金援助を受けた原子力事業者が、交付された国債を直接返済するわけではない。東京電力などの認定事業者は機構に特別負担金を納付し、その他の原子力事業者も一般負担金を納付する。機構は、これらの負担金などを原資として国庫に納付する仕組みとなっている。
したがって、国が原子力事業者に代わって最終的な賠償責任を引き受ける制度ではなく、国が当面の資金繰りを支援し、その後、原子力事業者の負担金などを通じて国庫に回収する制度である。
3. 原子力損害賠償制度が果たした役割
原子力事業者の賠償責任:
原子力事業者に責任が集中し、かつ、原子力事業者が無過失責任を負うことにより、被害者は原子力損害に関する賠償の請求先を容易に特定できた。
賠償措置:
賠償措置により、原子力事業者は、政府との補償契約に基づいて支払われた1事業所当たり1,200億円の補償金を、被害者に対する賠償に利用することができた。
国の措置:
賠償措置額を超える賠償が必要となった場合には、国による援助が可能とされ、経営の安定が見込まれた。このため、事故後に必要となった事業資金について、金融機関から融資を受けることができた。
原子力損害賠償紛争審査会の活動:
原子力損害賠償紛争審査会の設置、指針の策定および原子力損害賠償紛争解決センターによる和解の仲介を通じて、膨大な数の被害者と多様な賠償形態に対応する、迅速かつ公平な賠償の仕組みが実践されている。
4. 原賠制度はなぜ福島第一原発事故に対応しきれなかったのか
今回の原発事故の損害賠償については、原賠制度の主要項目に関して、以下のような意見や考え方が示されている。
原子力事業者の免責規定:
原賠法には免責規定が設けられていたが、地震に伴う津波に起因する今回の原発事故が、果たして原賠法の免責規定に該当するのか、免責された場合に国による被災者救済がどのように行われるのかなど、大きな議論を呼んだ。
賠償措置制度:
1,200億円の賠償措置は一定程度機能したが、今回のような過酷事故による大規模な原子力災害に対しては、十分に有効であったとは言い難い結果となった。これについては、事故後に制定された原子力損害賠償支援機構法により、原子力事業者に対する資金援助等の仕組みが構築された。
原子力事業者の責任限度:
我が国では、原子力事業者の賠償責任に上限が設けられていない。このため、賠償措置額をはるかに超える賠償負担は事業者の資力を大きく上回ることとなり、その対処方法を巡って多様な意見が出された。
国の責任:
原賠制度に基づき、原子力事業者が一義的に責任を負うとされる一方、当初から国策として原子力発電を推進し、許認可に密接に関与してきた国の責任についても議論された。
原子力損害賠償の困難性:
制度に基づいて設置された原子力損害賠償紛争審査会による賠償指針の策定や、原子力損害賠償紛争解決センターによる和解の仲介によって、被害者に対する迅速かつ公平な賠償が進められた。一方、事故によって原子力損害特有の問題も顕在化しており、これらが原子力損害賠償を一層困難なものにしている。
5. 結言
本稿の最後に、経済産業省が、総合資源エネルギー調査会発電コスト検証ワーキンググループ第3回会合の資料2「原子力」(2024年10月18日)で示した事故対応費用の試算を紹介する。
| 項目 | 東電資料 | METI見直し |
|---|---|---|
| 事故廃炉費用 | 8.0兆円 | 2.7兆円 |
| 損害賠償費用 | 7.9兆円 | 7.4兆円 |
| 除染・中間貯蔵費用 | 5.6兆円 | 3.3兆円 |
| その他 | 2.3兆円 | 2.24兆円 |
| 合計 | 23.8兆円 | 15.7兆円 |







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