なぜBSL-4施設を東京に置きたがるのか:「顔の見える関係」という時代錯誤

エボラウイルスなどを扱うBSL-4施設の移転先が検討されている。7/14の国会答弁で厚生労働省は「本省との距離」「顔の見える関係」を立地条件に挙げた。

しかし、IOWNのような次世代通信基盤が整備されつつある時代に、それは国家インフラの立地理由として十分なのか。海外事例、令和島、筑波を比較し、西日本の播磨科学公園都市への移転を提案する。

「顔の見える関係」は土地で作るものなのか

エボラウイルスやラッサウイルスなどを扱うBSL-4施設の移転先が検討されている。国家最高水準の封じ込め施設なのだから、安全性、災害リスク、医療連携、研究力、土地、警備、費用を比較して決める。当然そう思う。

ところが厚生労働省の2020年の検討会報告書は、移転先について「厚生労働本省と近距離であることが必要」と明記し、行政担当者と研究者の「顔の見える関係」を理由に挙げた。しかも、その報告書を議論した会議自体はウェブ開催だった。

国家がIOWNのような次世代通信基盤を推進する時代に、官僚と研究者が対面しやすいことが、危険病原体を扱う施設の立地条件になるのか。

問題はBSL-4の必要性ではない。必要だからこそ、官僚と研究者の生活圏ではなく、国民全体の安全と国土設計で場所を決めるべきだ。

BSL-4施設は、病原体を扱う実験室だけでは成立しない。隣接するBSL-2、BSL-3施設、設備保守、警備、廃棄物処理、非常用電源、専門人材、医療搬送まで含む国家インフラである。

厚労省との連携が重要なのは理解できる。しかし、政策協議、データ共有、施設監視、緊急映像の伝送は、専用回線、暗号化通信、常設連絡官、定期出張で代替できる。緊急時に厚労省の官僚が防護服を着て実験室へ駆け込むわけではない。

代替可能な官僚の移動時間を、代替できない土地、緩衝帯、災害リスク、拡張性より優先していないか。

「顔の見える関係」を重視するなら、人事異動で担当者が替わるたびに施設を動かすのか。必要なのは個人的な顔見知りではなく、記録、権限、訓練、通信、責任分担を制度化した関係である。

海外に「首都へ置け」という標準はない

海外のBSL-4は一様ではない。

ドイツのロベルト・コッホ研究所はベルリン市内に施設を持つ。ボストン大学のNEIDLも都市部の医学系キャンパスにあり、カナダ唯一のCL4施設はウィニペグにある。都市型BSL-4が現実に運用されている以上、「人口密集地には絶対に置けない」という議論は正確ではない。

だが、海外にも都市型があることは、東京が最適である証明にはならない。都市型には大学、病院、空港、人材への近さがあり、地方型には広い緩衝帯、土地、警備、拡張性、周辺人口の少なさがある。

国際比較から得るべき教訓は、「東京でも安全」ではない。施設目的と国土条件に応じて、利点とコストを公開比較せよ、である。

それでも東京なら、なぜ令和島ではないのか

東京立地が譲れないなら、大田区の令和島を候補に入れるべきだ。

令和島は約103.5ヘクタール2026年1月時点の住民登録人口は0人で、羽田空港にも近い。BSL-4本体、警備区域、発電・貯水設備、訓練棟、排水処理、ヘリポートを一体で設計する余地がある。

無論、埋立地である。高潮、液状化、塩害、海底トンネル寸断、港湾物流との動線衝突を検証しなければならない。だからこそ候補地比較が必要なのだ。

東京でなければならないと言いながら、東京の中で周辺住民を減らせる候補を検討しないなら、欲しいのは東京立地ではなく、官僚と研究者の通勤利便なのではないか。

筑波は有力だが、首都圏集中は残る

「それなら筑波でよい」との反論は当然ある。

筑波研究学園都市は研究機関、人材、大学、病院、成田空港、東京への接続で強い。公開採点をすれば有力候補になるだろう。

しかし筑波は、東京から少し離す案ではあっても、国家機能を東西に分散する案ではない。首都直下地震、関東圏の広域停電、交通遮断が起きれば、東京と同じ広域圏で影響を受ける可能性がある。

筑波を排除する必要はない。筑波と播磨を同じ評価表に載せればよい。

播磨科学公園都市なら「余裕」を設計できる

西日本側の対案として、兵庫県の播磨科学公園都市を提案したい。アニメ『攻殻機動隊』 で描かれる播磨研究学園都市のモデルでありタチコマたちの生まれ故郷である。

ここにはSPring-8、SACLA、ニュースバル、兵庫県立大学などが集積している。国家級大型研究施設を維持し、国内外の研究者を受け入れてきた実績がある。播磨新宮ICに近く、播磨自動車道から山陽道、中国道へ接続できる

そして何より土地に余裕がある。

BSL-4施設だけを箱物として建てるのではなく、BSL-2・3施設、職員宿舎、家族向け住宅、訓練棟、消防設備、非常用発電、貯水、廃棄物処理、警備緩衝帯、将来増設用地、専用ヘリポートまで、最初から一体設計できる。

都市部では土地不足のために削られがちな「余裕」こそ、安全施設では価値を持つ。

医療連携は県境ではなく機能で組む

播磨案の弱点は、高度感染症医療への距離である。ここを曖昧にしては提言にならない。

日常の救急や職員医療は姫路、西播磨の医療機関が担う。一類感染症や曝露事故は、岡山県内唯一の第一種感染症指定医療機関で、高度救命救急センターでもある岡山大学病院を主軸候補とする。神戸、加古川、大阪の指定医療機関を広域バックアップに置く。

敷地内ヘリポート、負圧搬送設備、専用搬送車、受入協定、定期訓練を整備する。近い病院ではなく、対応できる病院へ最短で運ぶ仕組みを作るのである。

病原体は県境を守らない。医療連携も県境で設計するな。

西播磨は「研究者を追放する僻地」ではない

私は西播磨が好きだ。

姫路は買い物、医療、教育、外食に困らない十分な都市で、新幹線も停まる。南へ下れば赤穂があり、瀬戸内の景色と坂越の牡蠣をはじめとする海の幸がある。相生、たつの、宍粟、佐用には、海、山、城下町、温泉が身近にある。

車なら神戸・大阪にも、岡山にも、鳥取方面にもつながる。東京の地図で見ると遠くても、車で暮らす人間の時間感覚では、西日本の複数都市圏に開かれた場所だ。

空が広い。道路にも住宅にも余裕がある。研究者に必要なのは六本木への近さではない。家族が暮らせる住環境、静かな研究時間、休日に回復できる自然、安定した雇用である。

播磨科学公園都市には、スーパー、飲食店、郵便局、交番などを備えた光都プラザとバスセンターもある。「研究者は地方へ来ない」と決めつける前に、職員住宅、家族の就業支援、教育、通勤バス、研究手当を提示して、実際に募集してみればよい。

地方に人が来ないのではない。東京と同じ生活しか想像できない制度設計が、人を地方へ行けなくしている。

BSL-4を東京へ動かすな、次世代光通信網を播磨へ引け

西播磨に足りないのは、霞が関との物理的な近さではない。必要なのは、高速で安定した通信と、国家が拠点を育てる意思である。

NTTのIOWN構想は、光技術を核に大容量、低遅延、低消費電力の通信基盤を目指している。播磨、JIHS本部、厚労省、国立国際医療センターを専用のAll-Photonics Networkで結び、高精細会議、研究データ、設備稼働、警備情報、緊急映像を常時共有すればよい。

IOWNは病原体や患者を運べない。だから物流と医療搬送は別に整備する。しかし、厚労省が東京近接の理由にした「意見交換や情報共有」は、まさに通信で代替できる。

BSL-4を東京へ動かすのではなく、次世代光通信網を播磨へ引けばよい。

公開採点なら播磨は十分に戦える

以下は正式評価ではなく、立地論の論点を可視化するための筆者による思考実験である。

配点を変えれば順位は変わる。だから重要なのは、播磨が必ず1位になることではない。

誰が、どの項目に、何点を配したのか。追加整備にいくらかかるのか。東京湾岸、筑波、播磨、長崎などの候補地を、同じ物差しで比較したのか。

政府は候補地、評価項目、配点、費用試算を公開すべきである。「総合的に判断した」は説明ではない。

副首都とは東京の責任を引き受けることだ

維新が大阪・関西を副首都として掲げるなら、企業本社や中央省庁といった華やかな機能だけを求めてはならない。

感染症危機、災害対応、研究、検査、備蓄という、費用も住民説明も責任も伴う国家機能を引き受けてこそ、副首都である。

播磨は大阪府内ではない。だが国家機能は府県境で考えるものではない。大阪の行政・経済、神戸の医療産業と港湾、播磨の研究用地、岡山の高度医療、長崎の既存BSL-4を結ぶ「西日本感染症安全保障圏」を構想すべきだ。

副首都とは、東京の利益を分けてもらう都市ではない。東京の責任を分担する都市である。

播磨が唯一の正解とは言わない。筑波も令和島も比較すればよい。

だが、数十年使う国家施設の場所を「顔の見える関係」で決めてはならない。BSL-4施設は官僚の会議室ではない。

通信で代替できる距離を理由に、代替できない土地と安全性を犠牲にしてはならない。

【出典リスト】

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