
周知のとおり、皇室典範の改正は「男系男子うおおおお!」派を除く全国民にとって、最悪の結果に終わった。部数として最大の保守系新聞の社説が、なんとここまで書くほどである。

典範は改正されたとしても、その施行を凍結することも 躊躇してはならない。……女性皇族が結婚後、皇室に残ることができる仕組みは妥当だ。だが夫と子は一般人で、「宮家」ではないため、愛子さまらの一代で途絶える。女性皇族は公務を分担しさえすればよいと言うに等しい扱いであり、敬意に欠けているだろう。
(中 略)
今の皇室に代わり、一般人から皇族となる養子の子孫が新たな天皇として別系統を作れば国民が目にする皇室の風景は一変しよう。それで理解を得られるのか。旧宮家から養子を取る制度は白紙に戻して再検討すべきだ。
読売新聞、2026.7.18
(強調を附し、段落を改変)
文藝春秋の動画でも議論したが、衆参の正副議長が斡旋し、①女性・女系解禁寄りと②男系男子限定寄りの「2本立て」で当初案をまとめたことは、”時間稼ぎ” としてなら一定の意味があった。
皇位を継ぐ予定の悠仁親王が結婚後、複数の男子に恵まれれば、①②のいずれにせよ「国論を二分する」改正なしで “やり過ごせる” 可能性もある。それ込みで、ただしリスクヘッジだけはしておく、という考え方はあり得た。
ところが立法府がその線でまとめたところに、高市政権が後出しで手を入れて、ぶっちゃけ①の道は塞いで②だけを爆走しますよ、との趣旨を書き足してしまった。これは、先の読売社説も、
衆参両院正副議長が与野党協議を経て決めた「立法府の総意」にはない、女性皇族の夫と子の身分と、養子の子の皇位継承資格に一方的に踏み込む内容となった。
(中 略)
「静謐な環境」での議論が必要との共通認識を持っていたはずなのに実際は、拙速な議論で衆参両院とも質疑を1日で終わらせた。……時間をかければ賛否が割れて「立法府の総意」が成り立たず、改正案の基盤が崩れることを恐れたのだろう。
と記して、怒っているところである。
さて、そんな経緯のさなかに、楽しいものを見たのだが(満面の笑み)、

2026.7.12
はい(笑)。いやぁ~、今回もなんの役にも立たなかったですねぇ歴史学。おーい、大学に “引きこもり” 中の穀潰しぃ、聞いてるかぁ?(苦笑)
とはいえ、公平無私で知られるぼくとしては、ちゃんと発言した「歴史学者もいたこと」は、記録に残してあげたい。まったく注目されなかったが、こんなニュースもあるにはあった。

うち「日本女性史の研究者らが反対を表明」については、それを取りまとめた平井和子氏(この本の著者)が、舞台裏を報告されている。
…が、いちおうは元歴史学者で大学教員でもあったぼくの目で見ると、当事者たちの気持ちに比して、どうにも「もやもやする」部分が多い。
〔7月〕10日に衆院で審議入りという情報を得て、それ以前に何とか、国会議員さん方へ「要望書」を間に合わせるため、急きょ平井が素案を書き、古代王権論の第一人者、義江明子さん(帝京大学名誉教授)、『性差の歴史』の監修をされた近世史の横山百合子さん(国立歴史民俗博物館名誉教授)、近現代史の石月静恵さん(桜花学園大学客員教授)たちの助言、修正、加筆を得て、「要望書」をまとめました。
平井和子氏、2026.7.14
名誉教授・客員教授…が目立つのがなにを意味するかというと(平井氏も客員研究員)、いま現役の “教授・准教授” が働かずに、おばあちゃんたちだけが頑張ってるということなのだ。なにしとんねん。仕事せぇや(怒笑)。
しかも、しかもである。こうして作った要望書を持っていくや、
中道改革連合副代表(3党男女共同参画実践PT座長)の早稲田ゆき氏に面談することとなりました。
予め段取りをしてくださった早稲田氏の秘書さんからは、「来るのが遅い! われわれはもうだいぶ長い間議論してきた。もっともっと早めに要望書を持ってきてくれ〔れ〕ば…」と言われ、すでに3党での合意ができていること、最後の「附帯事項」で自民党案を修正させるところまで後退している事実を知りました。
要望書によると7.8の挿話
怒られてどうするの(涙笑)。それに中道が養子案の容認に傾いたことは、かなり前から報じられていた。たとえば、以下の朝日新聞社説は5.11だ。

なにより驚くのは、平井氏の報告によると、
わたしたち日本女性史・ジェンダー史研究者(有志、最終賛同人18人)は、……7月8日午前中に「要望書」を提出しました。天皇制そのものに関する是非は一旦おき、歴史を研究してきた者として、新たな「歴史の捏造」を許さない、という1点で一致しての行動です。
(中 略)
歴史系のいくつかの学会へ呼び掛けましたが、短期間では学会内を一つにまとめることは不可能ですので、学会名は出さず、個人としてともに作業に参加くださったり、賛同署名を寄せられる方もあり、最終的に男女18人の署名をいただきました。
という次第なのだけど…18人?
世間でも「皇国史観の復活では!?」との声があるのに、抗議に立ち上がる歴史学者がたったの18人ぽっちで、名簿もなし?(激怒笑)

いやしくも歴史学者なら、史実を思い出しましょう。わずか5年前には、たかだか「鍵付きのSNSで失言した学者がいた」くらいのことでも、すごい勢いで即、学会総出の連携組織が声明まで出しましたよねぇ?(失笑)
同じ2021年4月には、合計で1300人以上が署名した別の非難声明みたいなのにも、歴史学者が名前貸してたじゃないっすか。現役の教授・准教授が大学名つきで。後で消して逃げたけど、翻刻されてるみたいですよ(憫笑)。

嬉しいことに、そうした次第をきちんと、覚えてくれている人もいるようだ。正しく歴史学を修めれば自明なように、”公的” には文書を焼いたところで、それで過去をゼロにはできない。
記録を消せばどうせ忘れると居直るなら、とんだ思い違いか、確信犯の「歴史否定主義」である。もちろんそんな態度は、許されない。

2026.7.17
いやはや、恥ずかしい学問もあったものだが、とはいえ自分がなにもせずに「お前は仕事してない」とだけ言うのも、ぼくの流儀ではない。もう歴史学者はやめたから、やる義理はないんだけど。
というわけで、もしホンモノの歴史学者がいまもいるなら、本来やるべきだったことについて、今月の『Wedge』の連載で採り上げてみた。
イントロはずばり、こんな感じだ。本編の中身も後日紹介するが、ぜひ書店(や新幹線のグリーン車)にて、多くの人の目に触れるなら嬉しい。

鏡で眺める顔は左右が逆になっているので、厳密には「自分の顔」ではない。だから人によっては自分を写真で見たとき、しっくり来ずに違和感を持つこともある。
誰でも知っている話のようで、示唆する含意は意外に深い。人はしばしば本当の自分よりも、これが自分だというイメージの方になじんでいる。
(中 略)
「女系天皇」が忌避されるのは、知っている皇位継承のイメージにそぐわないからだ。でも有名な継体天皇も、前代の武烈天皇の姉(手白香皇女)が婿をとったと考えれば、女系天皇として見ることもできる。5世遡れば応神天皇につながる「男系男子」でもあったとされるが、どちらで捉えるかは解釈の差にすぎない(東島誠・與那覇潤『日本の起源』太田出版)。
9頁
参考記事:


編集部より:この記事は與那覇潤氏のnote 2026年7月21日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は與那覇潤氏のnoteをご覧ください







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