1ドルが163円の大台に乗った。円安が進むたびに、片山財務相は「必要があれば果断に行動する」などと語る。政府が円買い介入に踏み切れば、一時的に円は上がるが、数日後には円安に戻る。いわゆるワロス曲線になるのだ。
介入を重ねるほど市場は「日本政府には為替介入以外の政策がない」と理解し、安心して円を売る。政府は円安を止めているつもりで、円安の持続可能性を証明しているのだ。
為替介入では通貨の量は変わらない
まず、円買い介入の仕組みを確認しよう。政府は保有するドルを売り、その代金で円を買う。市場から円が吸収されるため、表面的には金融引き締めと同じ効果が生じるように見える。
しかし日銀が政策金利を一定に維持する限り、銀行間市場で円資金が不足すれば、日銀は資金供給によって穴を埋める。介入によって吸収された円は、金融調節を通じて再び市場に戻る。これを不胎化介入という。
要するに、財務省が右手で円を回収し、日銀が左手で円を供給する。政府全体で見れば、通貨供給量はほとんど変わらない。風呂の栓を抜きながら、同じ勢いで蛇口から湯を入れ、「水位を下げた」と発表しているようなものである。
ポートフォリオ効果にも限界がある
不胎化介入にも、まったく効果がないわけではない。政府がドル資産を売って円資産を買えば、市場に存在するドル建て資産と円建て資産の構成が変化する。投資家が両者を完全な代替資産と考えていなければ、需給の変化によって円高になる可能性がある。
これはポートフォリオ・リバランス効果と呼ばれるが、世界の外国為替市場や国際資本市場の規模に比べれば限定的である。しかも日本は巨額の対外資産を持ち、民間企業や機関投資家は日々、海外資産を購入している。
政府がドルを売る横で、民間はそれ以上のドルを買っている。コップで海水をくみ出しながら、「太平洋の水位低下に断固たる決意で取り組む」と宣言しているようなものだ。
「国債バブル」が縮小している
市場が見ているのは、介入額そのものではない。政府と日銀が、物価や円安に対してどのように行動するかという財政スタンスである。
インフレ率が上がっても金利を十分に引き上げない。円安で輸入物価が上昇しても、補助金で消費者の負担を一時的に隠す。国債費が増えるのを恐れて金融引き締めをためらう一方、歳出拡大と減税の議論は続ける。
そして円安が進んだときだけ、外貨準備を取り崩して円を買う。これほど市場にとって分かりやすい政策はない。政府の財政スタンスが変わらない以上、介入後の円高は絶好の円売り機会になる。
これは理論的にいうと、国債バブルが縮小していることを意味する。日本国債は金融村のホームバイアスで過剰に買われ、国際的な水準より高価格(低金利)だった。
それが高市政権の財政バラマキで、国際標準に近づいてるのだ。バブルは心理的な変数なので、高市首相の財政スタンスが変わらないかぎり、円安は止まらない。
「財政支配」の下では円は売られる
円安の根本には、日本の金融政策が財政支配に陥っているという疑念がある。政府債務が巨額になると、金利上昇は国債費を急増させる。日銀がインフレ抑制のために金利を上げれば、政府の財政運営が苦しくなる。
すると市場は、日銀が物価安定より財政維持を優先するのではないかと考える。これが財政支配である。高市政権は「骨太の方針」の原案に日銀の利上げを牽制する方針を明記し、それを世界に宣言してしまった。
「国際金融のトリレンマ」からは逃げられない
よく知られた国際金融のトリレンマでは、自由な資本移動、独立した金融政策、固定的な為替相場の三つを、同時に実現することはできない。日本は資本移動を自由にしている。日銀は国内景気や国債市場を優先して、低金利を続けたい。それなら為替相場は市場に任せるしかない。
それにもかかわらず、政府は円安になると為替を管理しようとする。つまり日本政府は、トリレンマの三つをすべて手に入れようとしている。経済学上不可能なことでも、「高い緊張感」を持てば実現できると思っているらしい。
だが市場は、記者会見より教科書を信じる。低金利を維持し、資本移動も自由にしたままなら、円相場を永続的に押し上げることはできない。介入によって時間を稼ぐことはできても、均衡レートそのものは変えられない。
介入は政府の弱さを知らせるシグナルになる
為替介入にはシグナル効果がある。本来、中央銀行が介入すれば、市場は「近く金融政策も変更されるのではないか」と予想する。介入が将来の利上げを示すシグナルなら、為替相場への効果は大きくなる。
しかし介入を繰り返しても利上げが行われず、財政拡張も続けば、シグナルは逆転する。市場は介入しかできないと判断する。政府が巨額の円買い介入を実施するほど、財政と金融政策の矛盾は目立つ。外貨準備を動員しなければならないほど追い詰められている、という情報を世界に発信することになる。
投機家は政府より資金力がある
政府はしばしば、円安を「投機的な動き」のせいにする。しかし投機家が円を売るのは、政府が嫌いだからではない。金利差と政策の一貫性を見て、利益が出ると判断しているからだ。
円で低金利の資金を調達し、高金利のドル資産を購入するキャリートレードは、金利差が続く限り合理的である。介入で一時的に円高になっても、政策金利差が変わらなければ再び円売りが起きる。
政府は外貨準備という有限の弾薬を使う。一方、市場は世界中の資金を動員できる。しかも政府は介入するたびに、自分の行動パターンを市場に教えている。一定の水準で円を買い、相場を数円押し戻し、その後は政策を変えない。
これほど親切な中央政府も珍しい。投機家に対して「この水準まで円を売ると、政府が一度だけ安くドルを買わせてくれます」と案内しているようなものだ。
円安を止める方法はわかっている
持続的な円安を止めることはむずかしくない。日銀が物価安定に必要な金融政策を行い、政府が国債市場への影響を理由にそれを妨げないことだ。恒久財源のない歳出拡大や減税を抑え、政府債務の持続可能性を示すこと。補助金で物価上昇を覆い隠すのではなく、円安を生む政策そのものを修正することだ。
しかし金融引き締めには住宅ローン利用者や企業が反発し、歳出削減には業界団体が反発し、増税には有権者が反発する。そこで政府は、誰の既得権にも直接触れずに済む為替介入を選ぶ。
外貨準備を売るだけなら、国会審議も歳出改革も必要ない。記者会見で勇ましい言葉も使える。政策として効果が乏しくても、政治的には非常に便利なのである。
為替介入が円安を引き起こすわけではない。より正確にいえば、介入を繰り返さなければならない財政スタンスが円安を生む。低金利を維持し、財政赤字を拡大し、円安による物価上昇は補助金でごまかす政策が円安を生んでいるのだ。






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