論破したつもりが自ら持ち出した歴史観に論破されたひろゆき

降伏も「話し合い」と呼べば平和主義になる

ゆたぼん氏が「戦争が起こっても話し合いで解決できると思う人は、頭がお花畑だ」と投稿したところ、ひろゆき氏は「第二次世界大戦は話し合いで終戦しました。日本史も役に立つよ」と反論した。

さすが論破王である。戦争で徹底的に打ち負かされ、勝者が提示した条件を敗者が受け入れて署名することも「話し合い」に含めてしまえば、ほぼすべての戦争は話し合いで解決したことになる。

銀行強盗が警察に包囲され、銃を捨てて投降した場合も、「警察と犯人は話し合いで事件を解決した」と表現できそうだ。

しかし、それは一般に「交渉」ではなく「降伏」と呼ぶ。

第二次世界大戦は対等な交渉で終わったのか

欧州の第二次世界大戦は、ドイツが無条件降伏文書に署名して終わった。米国立公文書館も、ドイツ第三帝国の「無条件降伏」と明記している。日本が署名した降伏文書も、日本軍の「完全な降伏」を定め、ポツダム宣言の条件を正式に受け入れるものだった。

そこにあったのは、双方がテーブルを囲み、「お互いに譲歩して仲良くしましょう」と合意した和平交渉ではない。軍事的に勝敗が決した後、敗者が勝者の条件を受諾したのである。

ひろゆき氏の定義に従えば、無条件降伏さえ「話し合い」になる。日本史が役に立つというより、日本語の意味を限界まで広げる技術が役に立っているようだ。

日清・日露戦争も「話し合いだけ」ではない

日清戦争が下関条約、日露戦争がポーツマス条約によって終結したことは事実である。

だが、下関で講和会議が始まった時点では戦局は日本優勢だった。日露戦争でも、奉天会戦や日本海海戦の後、日本も国力の限界に近づき、ロシア側も戦争継続が困難になったため、米国の仲介による講和に進んだ。

つまり、話し合いが武力に代わって戦争を解決したのではない。戦場で形成された力関係を、条約という文章に転化したのである。

もちろん、最終的な停戦や和平には外交が必要だ。しかし、それは「軍事力や抑止力がなくても話し合えば解決できる」という意味にはならない。

話し合う相手が消えれば戦争も終わる

さらに歴史には、対等な講和交渉に至らないまま、一方が消滅した戦争もある。

紀元前146年、第三次ポエニ戦争でローマはカルタゴを破壊し、その領土を属州化した。生き残った約5万人は奴隷として売られ、カルタゴ国家は消滅した。確かに戦争は終わったが、カルタゴとローマが話し合って問題を解決したわけではない。話し合う国家そのものがなくなったのである。

1904年から1908年のドイツ領南西アフリカでは、ドイツ帝国がヘレロ人とナマ人の抵抗を「絶滅戦争」で鎮圧した。ドイツ政府自身が、約10万人が暴力、渇き、収容所などで死亡したジェノサイドだったと認めている。

これも「話し合いで終わった戦争」ではない。一方が相手を交渉主体として扱わず、民族そのものを消そうとした結果である。

そしてひろゆき氏はそういった「話し合いで終わらなかった戦争」があったことも認めている。自分で持ち出した歴史認識に自ら論破されたかたちとなった。

必要なのは話し合いを可能にする力

ゆたぼん氏の表現は乱暴であり、「話し合いは無意味だ」と受け取られかねない点では問題がある。外交を否定して武力だけを信奉するのも、別の意味でお花畑である。

しかし、ひろゆき氏の反論はそれ以上に雑だ。降伏文書や講和条約が存在することをもって、「戦争は話し合いで解決する」と説明するのは、原因と最終的な手続きを取り違えている。

話し合いは重要だ。だが、相手が話し合いに応じるとは限らない。応じたとしても、その条件は軍事力、経済力、同盟関係、戦況によって決まる。

戦争の歴史が教えているのは、「最後に署名するから話し合いが万能」ということではない。相手に滅ぼされず、対等な立場で話し合うためにも、抑止力が必要だという不都合な現実なのである。

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