【後編】Claude CodeもHTMLも使わずに、ツールは作れる

前編では、7月24日のWAVE出版主催セミナーで実演した自作ツール「文体の万華鏡」を紹介した。テーマを1つ入力すると、新聞コラム調、週刊誌調、学術論文調、そして私自身の文体という4つの文章が一斉に立ち上がる。

【前編】Claude CodeもHTMLも使わずに、ツールは作れる
2026年7月24日、WAVE出版主催のセミナー「あなたの文章、AIに添削させてみた ~コラムニストが見せるClaude文章術~」で、自作のツールを実演した。「文体の万華鏡」という。使い方は単純だ。テーマを1つ入力して、ボタンを押す。それだ...

後編では、このツールをどう作ったのかを明かしたい。

Claude CodeもHTMLも使っていない

会場では、この点をはっきり申し上げた。Claude Codeは使っていない。HTMLも、私自身は1行も書いていない。Claude AIとの日本語のやり取りだけで作れる、と。

実際、私がしたのはブラウザでチャット画面を開き、日本語で「こういうものが欲しい」と書いたことだけである。開発環境も立ち上げていない。4つの文体が同時に走る画面は、それなりに手の込んだ仕組みに見えるはずだが、裏側にあるのは日本語の指示だけだ。

もちろん、1回の指示で完成したわけではない。最初に出てきたものを見て、ここは違う、この文体はもっと硬く、と日本語で注文を重ねた。だがそれは、部下に仕事を頼んで戻ってきたものに赤を入れる作業と何も変わらない。特別な知識は最後まで要求されなかった。要求されたのは、自分が何を欲しいのかを言葉にする根気だけである。

高額講座の入口は、なぜプログラミングなのか

ツールを作ると言うと、たいていプログラミングの話になる。高額な講座の入口も、たいていそこに置かれている。「まずは環境構築から」「コードが書けなければ始まらない」。この入口の設定こそが、多くの人を立ち止まらせてきた。入口が高ければ高いほど、案内料は高く取れる。技術を入口に置く商売の構造は、昔から変わらない。はっきり言えば、この種の高額講座は無意味である。

最近は、Claude Codeを初心者に教えるという講座まで現れた。順序が完全に逆である。Claude Codeは、もともとターミナルで使うことを前提に設計された、開発者向けの道具だ。エンジニア歴が1年もない人間に扱える代物ではない。ましてや、ブラウザで開くだけのClaude AIすら使いこなせていない人が、Codeを使えるはずがない。箸の持ち方を知らない人に、いきなり包丁を売りつけているようなものだ。売る側がそれを知らないなら不勉強であり、知っていて売っているなら、なお悪い。

誤解のないよう書いておくが、Claude Code自体は素晴らしい道具である。私が疑っているのは道具ではなく、一般の人がこれを使いこなして稼げるかのような風潮のほうだ。ではCoworkならどうか、という声も聞く。だが考えてみてほしい。Coworkでやろうとしている作業の9割は、おそらくClaude AIで対応できるはずだ。

残りの1割は何か。量である。社員1万人分のデータを人事評価と紐づける。この規模になると、チャット画面のClaude AIは適切ではない。裏を返せば、あなた1人が自分の仕事のために使うのなら、Claude AIで足りるということだ。量が問題にならない限り、追加の道具は要らない。要らないものを買わされないこと。それもAIリテラシーの一部である。

だが必要だったのは技術ではなかった。自分の仕事のどこが定型で、どこが自分にしか書けない部分なのかを、あらかじめ分けておくこと。それだけだ。分けられていれば、指示は自然と具体的になる。

私の場合、定型は「複数の文体で同じ題材を書き分ける」という枠組みであり、自分にしか決められないのは「どの文体を並べるか」「私自身の文体とは何か」という中身だった。この線引きさえ済んでいれば、あとはAIに渡せる。線引きが済んでいなければ、どれほど高度な開発環境を持っていても、作るべきものが定まらない。

問われているのは道具ではなく仕事の解像度

つまり、AIでツールを作れるかどうかは、技術力の試験ではない。自分の仕事をどれだけ細かく言語化できているかの試験である。毎日やっている作業を、他人に引き継げる程度まで分解できているか。感覚でこなしている判断を、条件として書き出せるか。それができる人は、コードを1行も知らなくてもツールを持てる。できない人は、講座に通ってコードを覚えても、何を作ればよいか分からないままだろう。

セミナーの参加者に伝えたかったのも、この一点に尽きる。AIの操作方法は、触っていれば覚える。覚えても仕事が変わらない人と、大きく変わる人の差は、操作の習熟度ではなく、自分の仕事をどこまで見えているかにある。

これは文章の仕事に限らない。営業資料でも、議事録でも、顧客への案内文でも同じである。型の部分と、自分の判断が入る部分。この2つを切り分けた瞬間に、型の部分は道具に渡せるものになる。逆に言えば、切り分けができていない仕事は、AIがどれほど進化しても渡しようがない。渡せないのはAIの限界ではなく、こちらの言語化の限界である。

道具を作る力ではなく、何を作らせるかを決める力のほうが要る。『3時間で身につくClaude活用術』で扱ったのも、結局はその一点である。

尾藤克之(コラムニスト、著述家、作家)

日本初のClaude実用書です。発売即重版しました。

3時間で身につくClaude活用術』(WAVE出版

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