沖縄県名護市辺野古沖で3月、船2隻が転覆し、同志社国際高校2年の武石知華(ともか)さん(17)ら2人が死亡した事故で、武石さんの遺族が30日、東京都内で初めて記者会見を開いた。
「なぜ知華が亡くならなければならなかったのか。真相を明らかにし、責任の所在が法に基づいて明らかにされることを望んでいる」
父親のこの言葉が、会見のすべてを物語っているように思えた。
遺族は学校関係者や、船を運航した抗議団体「ヘリ基地反対協議会」の関係者ら計11人を業務上過失致死傷罪で刑事告訴している。
「船長一人の事故」で終わらせない
父親が繰り返し訴えたのは、この事故を「船長一人の事故」にしてはならないということだった。
海上保安庁の捜査だけでは、「現場の海に誰一人いなかった学校関係者にたどり着くことはなかなか難しいのではないか」と懸念を示した。
船長のみが被疑者死亡のまま送検されれば、「誰一人法廷で刑事責任を問われることなく終わってしまう可能性がある。私たちは、それは耐えられない」と語った。
事故が起きた瞬間の操船だけではなく、そもそも誰が修学旅行で生徒をこの船に乗せることを決め、どのような安全確認をしたのか。その過程まで明らかにしてほしいという遺族の願いである。
公開された映像「危険は突然現れたのではない」
会見では、事故当日の船内から撮影された動画に加え、過去の修学旅行で同校の生徒が抗議船に乗った際の映像も公開された。
そこには、高速で航行する船が強い波を受ける様子が映っていた。事故当日の映像には、船が沈んでいく場面も収められていたという。
父親は、その映像について「初めて見たときは直視できなかった」と振り返った。
そして「危険はあの日突然現れたのではない」と語った。
この言葉は重い。もし過去にも同様の航行が行われていたのであれば、危険性を事前に認識する機会はなかったのか。学校は何を確認していたのか。「ヘリ基地反対協議会」は高校生を乗せることについて、どのような安全管理を行っていたのか。
まさに今回の捜査で明らかにされるべき点だろう。
母親「先生も学校も大好きだった」
会見で最も胸に迫ったのは、母親の言葉だった。
知華さんは2人娘の次女で「ママっ子」だったという。学校も先生も大好きだった。
だから母親は、「教員も含めた刑事告訴がいいのかどうか悩んだ」と明かした。
それでも告訴を決断した。
「当たり前に守られなくてはいけない子供の命が、ずさんに扱われることのない未来を残したい」
母親はいまも、夜更かしすることが多かった知華さんのために、夜食を仏壇に供えることがあるという。
17歳の娘を修学旅行に送り出した親が、帰宅した娘に夜食を作る代わりに、仏壇に夜食を供える。その悲しみは外部の人間には到底推し量れない。
だからこそ、学校側には「事故でした」では済まされない説明責任がある。
なぜ「抗議船」に高校生を乗せたのか
遺族によれば、知華さんは自分が乗る船が基地建設への政治的な抗議活動に使われる「抗議船」であることを知らなかったという。
ここにも大きな疑問が残る。
辺野古基地建設への賛否とは別問題だ。政治的な主張を行う自由は当然ある。しかし、その活動に高校生を巻き込み、海上で使用している船に修学旅行生を乗せるのであれば、通常の観光船以上に慎重な説明と安全管理が必要だったのではないか。
抗議運動の大義を掲げれば、未成年者をどのような活動に参加させても許されるわけではない。
代理人の唐沢英城弁護士は、修学旅行生を乗せた船で過去に起きた海難事故の類型的危険性や現場海域の危険性、船の装備などを挙げ、「計画策定など事前の関係者の話し合いが適切になされていれば起きなかった事故。それが本質ではないか」と指摘した。
この指摘こそ、事故の核心ではないだろうか。
メディアは遺族が会見するまで何をしていたのか
そして今回の会見を見て、改めて疑問を感じるのが報道機関の姿勢である。
産経新聞など一部のメディアは事故後から学校側や抗議船をめぐる問題を追ってきた。しかし全国ニュースとして見れば、「なぜ高校生が抗議船に乗っていたのか」「学校はどこまで安全性を検討していたのか」という問題が、その重大性に見合うだけ継続的に報じられてきたとは言い難い。
政治的に扱いにくい問題だから報道が鈍ったのだとすれば、それはジャーナリズムとして深刻である。
基地建設に賛成か反対かではない。
17歳の高校生が修学旅行中に亡くなったのである。
しかも遺族自身がインターネットで発信を続け、事故から数カ月を経て記者会見を開き、「船長一人の事故で終わらせないでほしい」と訴えなければならなかった。
その事実をメディアは重く受け止めるべきだ。
父親は、事故の全容解明と再発防止を「知華からの宿題」と語った。
学校はなぜこの計画を認めたのか。抗議団体はなぜ高校生を船に乗せたのか。安全管理は十分だったのか。そして、なぜ社会はこれまでこの事故の背景を十分に検証してこなかったのか。
遺族が会見で投げかけた問いに、学校も抗議団体も、そしてメディアも答えなければならない。








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