日本企業の経営力を損なっているのは誰か:日経記事への反論

日本経済新聞は先日、IMD(国際経営開発研究所)の国家競争力ランキングを取り上げ、「経営者が損なう日本の競争力」という見出しの記事を掲載しました。記事は、日本企業の意思決定の遅さや国際経験の不足などを、日本の競争力低下の主要因として紹介しています。

経営者が損なう日本の競争力 財政難・少子化と並ぶ急所に - 日本経済新聞
5月下旬、スイスの名門ビジネススクールIMDが東京都内で「ブートキャンプ」(新兵訓練)と名付けたビジネスリーダー向けの短期集中講座を開いた。テーマは競争力だ。IMDのアルトゥロ・ブリス世界競争力センター所長は1枚のスライドをスクリーンに映し...

しかし、この記事を読んで私は強い違和感を覚えました。

最も気になったのは、「経営者が損なう日本の競争力」という標題そのものです。

日本の経営とは、一つの組織でも、一人の経営者でもありません。市場も技術も経営哲学も異なる無数の企業と、個々の経営者による選択の集積です。それを「日本の経営」という一つの主体にまとめ、国家競争力低下の原因であるかのように断定すること自体、あまりにも乱暴な分析ではないでしょうか。

戦後日本経済を支えたのは、無駄と分かりながら規制や行政指導の圧力を押し返すことに長時間を費やし、独自の技術と市場を切り開いた経営者たちです。そうした企業が世界的企業へ成長し、日本の輸出力、雇用、技術力を支えてきました。

このことは、NHKの『プロジェクトX』を思い出してもらえば分かりやすいと思います。あの番組で繰り返し描かれたのは、既存の常識、業界秩序、資金不足、組織内部の反対、特に規制や行政の壁に直面しながら、経営者と技術者が自らの判断で道を切り開いた物語でした。

それにもかかわらず、その成果を生み出した経営を「日本の競争力を損なう側」に置くのは、原因と結果を逆さにした議論です。

さらに疑問を感じるのは、IMDの国家競争力ランキングを企業経営の評価へ無理に当てはめている点です。

国家競争力の順位は、財政、金融、教育、人口構成、労働制度、行政効率、インフラ、法制度など、企業経営者には決定できない多くの要素から成り立っています。

この記事は、日本の国家競争力ランキングの低迷の責任が行政や制度にあることを無視して、企業経営者の能力不足を主要因だとする、IMDの意図的とも思える論理のすり替えを見逃しています。

なぜ、このような無理な転換が行われるのでしょうか。

IMDは経営者教育を提供する機関であり、皮肉なことに今回の講座もIMDの経営(営利)策の一つとして企画されていることです。

講座を主催する側も営利団体であり、「日本の競争力低下の原因は経営者にある」「経営者はさらに学ばなければならない」という結論は、自らの事業目的と極めてよく符合します。

講座を主催すること自体を批判するつもりはありません。しかし、その主催者が提示する診断には事業上の利害が反映されることは避けられません。新聞に求められるのは、それを権威ある結論として紹介することではなく、分析の前提、適用範囲、そして利害関係を検証することです。

日本企業の意思決定が遅いという一般的事実は否定できません。しかし、その原因を単純に経営者の能力不足に求めるのは適切でしょうか。

企業経営の代表的な考え方の一つであるMBO(目標管理)は、達成すべき目標を明確にしたうえで、その方法については現場の判断や創意工夫に委ねるというものです。現場に裁量があるからこそ、状況に応じた迅速な判断や改善が可能になります。

ところが、日本の行政はしばしばその反対です。達成すべき結果だけでなく、そのための方法や手順まで細かく定める「やり方規制」が数多く残っています。企業がより効率的で優れた方法を見つけても、行政が定めた手順から外れれば違反とされることがあります。

これでは、企業に迅速な意思決定を求める一方で、その判断による創意工夫を制度が妨げるという矛盾が生じます。

スバルや日産の完成検査資格問題、さらにはトヨタが世界水準を上回る独自技術を採用しながら行政基準との相違を理由に大きな損失を被った問題は、その象徴です。同じ技術や生産方式で海外工場で製造された自動車は問題なく輸入・販売できるにもかかわらず、日本国内では違反となる。この矛盾は、企業の技術力ではなく、制度思想そのものに原因があることを示しています。

経営者に「もっと早く判断せよ」と求めながら、その判断による新しい方法を制度が認めないのであれば、意思決定が遅くなるのは経営者の能力不足ではなく、制度設計の帰結です。

繰り返しますが、個々の企業の経営判断は千差万別です。しかし、日本に拠点を置く企業にとって、行政規制は共通の経営環境です。この視点を抜きに企業経営だけを論じることはできません。

むしろ、日本企業の経営判断を遅らせてきたのは、企業の目的や成果まで行政が方法で縛り、許認可、行政指導、業界秩序によって自由な選択を狭めてきた日本の行政ではないでしょうか。

したがって、私はこの記事の標題は「経営者が損なう日本の競争力」ではなく、「行政が損なう日本の経営力」にすべきだと思うのです。

その意味で、この記事は日本の競争力を高めるよりも、むしろ誤った改革へ導く危険をはらんでいるように思います。

2026年7月29日 北村隆司(NY在住)

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