桐谷広人さんは「バカなことしてないで現金使って好きな事すればよかった」と言ったのか

株主優待投資家として知られる桐谷広人さんのがん公表をめぐり、次のような見出しが広範に拡散された。

【つらい】資産7億円の株主優待投資家の桐谷広人さん、がん発覚してから「バカなことしてないで現金使ってごちそう食って好きな事すればよかった」と後悔…

http://blog.esuteru.com/archives/10553504.html…

一読すると、桐谷さん本人が、これまでの株主優待中心の生活を「バカなことだった」と否定し、資産を使わなかった人生を激しく後悔しているように見える。

引用したXは数百万インプレッションとなり、「ずっとお金増やすのが趣味なだけだと思ってたけど違うかったんや。だったら気づくの遅すぎやで」「これなんだよね。いくら資産増やしても年取ったら使えない。若い時元気な時にに経験しなかった事の方がマイナス」「この人よりそこまで金なくても夏休みに家族で川でBBQやって子供に気をつけろよ!ってしかってるパパの方が幸せそうだなって感じるわ」といったコメントが付いている。

しかし、元になったダイヤモンドZAiの桐谷さんのインタビューを読むと、桐谷さんは「バカなことしてないで」などとは一言も語っていない。これは、不正確な引用によって読者の印象を誘導する記事の典型例である。

「自分に寿命があるなんて思っていなかった」――桐谷さんが2つのがんを経て辿り着いた「お金と人生」への考えの変化 | ZAi記者の取って出しホットニュース | ダイヤモンドZAi
「まさか自分に寿命があるなんて思っていなかった」――。2つのがんが見つかり、そう語るのは“優待名人”として親しまれる、株主優待投資家の桐谷広人さん。テレビ出演をきっかけに「意地でも現金を使わない生活」を徹底してきた桐谷さんですが、命と向き合...

「意地を張らずに」が「バカなことしてないで」に

桐谷さんの実際の発言は、次のようなものだった。

でも、こうして、がんになってみると、「意地を張らずに、もっと現金を使ってご馳走を食べたり、温泉にでも行ったりすればよかったな」って少し後悔しています。

テレビで「株主優待だけで暮らす人」として有名になったことで、そのイメージを守るために現金を使わない生活を徹底していた。そのことについて、病気を経験した今では、もう少し柔軟にお金を使ってもよかったと振り返ったのである。

ところが、まとめ記事では「意地を張らずに」が「バカなことしてないで」に置き換えられている。

両者の意味は大きく異なる。

「意地を張っていた」という言葉は、自分が作り上げたイメージに縛られていたという穏やかな自己分析である。一方、「バカなことをしていた」となると、株主優待生活そのものや、これまでの人生を愚かなものだったと全面否定したように読める。

これは単なる言い換えではない。発言者の評価や感情の強さを、勝手に変更してしまっている。

桐谷広人さん

「少し後悔」から「人生への深刻な後悔」へ

元発言には「少し後悔しています」という限定がある。

桐谷さんは続けて、病気によって人生には限りがあると分かったことを「それはそれで勉強かなと思っています」と、冷静かつ前向きに受け止めている。人生を絶望的に振り返っているわけではない。

だが、まとめ記事は「少し」を落とし、冒頭に「【つらい】」を付け、末尾を三点リーダーで締めている。

その結果、元記事にあった穏やかな人生観の変化が、「7億円も持っていたのに使わず、がんになって初めて人生を後悔した」という悲劇的な物語に作り変えられている。

「現金を使ってご馳走や温泉を楽しめばよかった」という具体的な反省も、「好きな事すればよかった」という大ざっぱな人生論へ拡張されている。元発言の核心を残しながら、感情だけを増幅させる巧妙な加工である。

引用符は「本人の言葉」という約束

記事の見出しでかぎ括弧を使う場合、読者は通常、その中身を本人が実際に発した言葉だと受け取る。

発言の趣旨を編集者が要約すること自体は問題ではない。しかし、要約や解釈を本人の直接発言であるかのように、かぎ括弧に入れてはならない。

今回のケースでは、次の3段階の加工が行われている。

「意地を張らずに」を「バカなことしてないで」に変更し、「少し後悔」を単なる「後悔」に強め、「温泉や観光を楽しめばよかった」を「好きな事すればよかった」という人生全般の後悔に拡張した。

中心的な事実――桐谷さんが、病気を機に現金の使い方を考え直したこと――は合っている。そのため、まったく根拠のない捏造とは言い切れない。

しかし、一部の事実が合っていれば、本人が言っていない言葉を引用符の中に入れてよいわけではない。

「事実を伝える」のではなく「感情を売る」

この種の記事の問題は、事実を完全に作り上げることではない。

本人の発言から読者の感情を刺激しそうな部分だけを取り出し、言葉を強くし、文脈を削り、最後に引用符を付ける。そうすることで、作成者の解釈が本人の告白に化ける。

読者が反応するのは、桐谷さんが本当に語った穏やかな反省ではなく、「7億円を持ちながら人生を無駄にした人物」という編集者が作った物語である。

より正確な見出しにするなら、例えば次のようになる。

桐谷広人さん、がんを経験し「意地を張らず、もっと現金を使ってご馳走や温泉を楽しめばよかった」と心境を語る

これでは刺激が足りず、拡散されにくいのかもしれない。しかし、記事の見出しに求められるのは、読者を興奮させることよりも、まず本人の発言を正確に伝えることである。

「バカなことしてないで」という言葉は、桐谷さんのものではない。それを書いた側の言葉である。

自分の感想を本人の発言に偽装する。この見出しは、作成者による不正確な引用による印象操作がどのように行われるかを示す、分かりやすい教材になっている。

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