干ばつとマンモスの骨と「神の遺体」

アルプスの小国オーストリアの首都ウィーンで最高気温が35度以上の猛暑日が3日から5日まで3日間続くと予想されている。3日はウイーンの市内の一部で40.1度の記録を樹立し、初の酷暑日だっだ。ここ数日、熱帯夜が続く。天気予報では、「4日も最高気温が40度前後と予想されている。正午から午後6時までは出来るだけ外出しないように」と警告していた。

ウィーンから見た“美しく青きドナウ川”の風景(2013年4月26日撮影)

オーストリア国営放送(ORF)の4日午前の天気予報によると、「最高気温は31~38℃と厳しい暑さになり、東部の一部では40℃前後に達する見込みです。概ね晴れますが、日中以降は山間部で局地的なにわか雨や雷雨があるでしょう。東部の低地では南寄りの風が強めに吹く見込みです」という。

高温対策として朝は目を覚ますと窓を全開して空気を入れ替える。そして8時から9時頃になったら、窓を閉め、部屋のカーテンやシャッターは一斉に閉める。部屋は暗くなるが、日中の熱い空気が部屋に流れ込まないようにするためだ。日本とは違い、ウィーンではクーラーを設置している家が少ないが、6月頃からクーラーを設置する家が増えたという。電機屋の話ではもはや通常の簡易クーラーは在庫がないという。

当方宅は2台の小型扇風機と3機の携帯扇風機を家人の間でフル回転させている。もちろん、それで快適ということはないが、「夏が暑いのは当然だ」と自分と家人に言い聞かせながら凌いでいる。テレビからは「猛暑対策としてはやはり水分を十分摂取することが重要です」というアドバイスが流れてくる。意識して水分を取る。当方はコーヒーを飲む回数を抑え、冷蔵庫で冷やしたミネラルウオーターを飲む。外出は早朝、ごみ捨てと新聞とりの時だけ。そしてカーテンを閉めて暗くなった仕事部屋でPCを前に、次のコラムのテーマを考える、といった生活だ。

テレビを観ると、スぺイン、フランス、イタリアで山火事が多発、住民や旅行者が避難。やっと火災が収まったかなと思っていた時、今度はギリシャで山火事だ。ロイター通信が3日報じたところによると、「ギリシャの首都アテネの北西部で発生した大規模な山火事は4日目を迎え、数百人の消防士が消火活動に当たった。強風と突風によってこれまでに住宅や松林、数千ヘクタールの農地が甚大な被害を受けた」という。

山火事の猛威を見ていると、何か恐ろしくなってしまう。山火事の延焼で家を失った住民が茫然と立ち続けている姿は悲惨だ。火事が全てを燃えつくしたのだ。誰にも文句や怒りをぶつけることが出来ない。それだけに一層、被害者は悲しい。

猛暑に火事、そして干ばつの3重パンチを受けている日々だ。ハンガリーで2日、国内唯一の原子力発電所であるパクシュ原子力発電所が、冷却水として利用するドナウ川の水位低下により運転開始から40年余りで初めて停止を余儀なくされたという。ドナウ川の観光船の運航が水位の低下で欠航になったというニューもあった。

ところで、ブルガリアでは干ばつと熱波の影響でドナウ川の水位が低下し、底からマンモスの骨が見つかったというのだ。地域歴史博物館のニコライ・ネノフ館長が30日、AFP 通信に明らかにしたという。マンモスの骨は先月29日、ルセ州リャホボ村の住民によって偶然発見され、30日に地域歴史博物館の専門家たちに回収された。

ソフィアからの情報によると、マンモス専門家らはこれまでに見つかった骨の中から、下顎骨、牙の一部、肩甲骨の一部、関節頭のついた大腿骨などを確認している。ケナガマンモスは約4000年前に絶滅した。

干ばつは大変だが、これまで川底に沈んでいた様々なものが地上にその姿を見せる機会ともなる。何が出てくるか分からない。第1次、第2次世界大戦時の軍需品やナチスが隠していた金塊や財宝が発見されるかもしれない。

新約聖書「ルカによる福音書」8章17節には、「隠されているもので、あらわにならないものはなく、秘められているもので、人に知られず、公にならないものはない」という聖句がある。そこまで考えてくると、「ひょっとしたら、殺害された神が浮かび上がってくるのではないか」という‘妄想‘が当方の小さな灰色の脳細胞に浮かんできた。

ドイツの哲学者フリードリヒ・ニーチェは「神は死んだ」と言い、「我々が神を殺したのだ」と述べた。それでは我々が殺害したという神の遺体はどこに埋葬されているのか。イエスの遺体もモーセの墓もこれまで考古学者は発見していない。干ばつが今後も続けば、ドナウ川の底から神の遺体が見つかるのでないか。「水位が低くなったドナウ川底から聖骸布で包まれた遺体らしきものが見つかった」というAFP通信のニュースが流れてくるかもしれない。

断っておくが、神を冒涜するつもりは全くない。「全てはこの酷暑日のせいだ」と言い訳しようとして、アルベール・カミュの小説「異邦人」の主人公ムルソーが殺人の動機を聞かれた時、「それは太陽のせいだ」と答える場面を思い出した。今日的に表現すれば、「酷暑日のせいで・・」といった表現になるだろう。

猛暑、火災、干ばつという一連の厳しい自然現象に対峙していると、全てに偶然はないから、何らかの意味があるはずだ、という哲学的確信が蘇ってくる。「ひょっとしたら、我々が殺してしまった神の遺体が再発見されるかもしれない」といった妄想が生き生きとしてきたのだ。全ては酷暑日のせいだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2026年8月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

コメント投稿をご希望の方は、投稿者登録フォームより登録ください。

コメント