冒頭から、ひとつ反論しておきたい。「いまの円安は高市さんのせいじゃない。誰が総理をやっても同じだ」——そう言い張る人たちがいる。ネットでよく見る。政策の問題じゃない、日米の金利差の問題だ、日本の構造の問題だ、と。
いや、待ってください。下の一枚を見てから言ってほしい。
▲ 米ドル/円の日足。10月3日に高市総裁が決まった「その日」から、政策を一つも実行しないうちに円は147円台→156円台へ。※提供いただいた証券会社チャートをもとに作図。10/3終値147.44円・直近156.15円は実数値、途中の推移は元チャートの写しです。2025年10月3日。総裁選で高市総裁が決まった、その日のドル円は147円44銭でした。そこから、どうなったか。政策なんて、まだ何ひとつ実行していない。ただ「積極財政を掲げた高市さんが勝った」というニュースが流れただけ。それだけで、円は年末までに156円台。たった2か月半で、約9円、6%近い円安です。
「誰がやっても同じ」なら、こうはならない。市場は”誰か”を見て動いたんじゃない。“高市さんの積極財政”を見て、円を売った。市場はそう思っている、ということが、この一枚だけでわかってしまう。
……で、じゃあその「円を売らせている力」の中身は、いったい何なのか。ひとつじゃないんです。7つある。順番に、なるべく噛み砕いて説明します。

- いまの円安は、ひとつの原因で動いているんじゃない。7つの力が同時に円を売っている。だから「◯◯が効けば円高に戻る」という単発の説明が、ことごとく外れる。
- 昔の教科書はこう言っていた。「日米の金利差が縮まれば、自動的に円高」。ところが日銀が利上げして金利差が縮んでも、円は戻らなかった。この説明は、もう主役じゃない。
- 代わりに主役に躍り出たのが、財政への信認。「この国、国債を刷り続けて大丈夫なの?」という疑いが、為替に直接入り始めた。ここが今回いちばん大事なところ。
- 象徴的だったのが、8月10日の城内経財相の「積極財政はむしろ円高圧力になる」発言。言った直後も円は戻らず、市場は失笑。教科書の理屈は正しくても、市場は信じていない、という一幕。
- 正直な但し書きも先に。円高に振れる材料(GPIFの資金回帰・為替介入・ポジションの偏り・米金利低下)もちゃんとある。「もう永遠に円安」ではない。ただ、土台が円安側に傾いた、という話。
- そして、わたしがいちばん心配しているのはここ。円安を止めたい片山財務相と、円安上等の高市首相の間には、深い溝がある。もし片山さんが更迭されて政権に従順な財務相に代わったら、唯一のブレーキ役が消える。円安の本当のリスクは、金利でもエネルギーでもなく、実は「人事」かもしれない。
時系列を並べると、笑えないコントみたいになる。
6月30日。骨太の方針2026の原案が出た。中身は積極財政。財政が悪化する、日銀は利上げしづらくなる——そう読まれて、ドル円は162円台まで飛んだ。1986年以来、およそ40年ぶりの円安水準。いわゆる「骨太ショック」。
7月10日。さすがにマズいとなって、片山財務相が骨太の修正を明言。GPIFに国内資産をもっと買わせる、という話も出て、いったん161円台まで戻した。火消しである。
7月末。それでも円安は止まらず、再び160円台の後半へ。ついに15年ぶりの日米協調介入。介入前の水準から数円ぶん円高に振れた……が、翌日にはまた押し戻された。介入の効果は、半分くらいで溶けた。
そして8月10日。この流れの、ど真ん中で。城内経財相がブルームバーグの英語インタビューで、こう言った。「円安が継続するとは考えていない」「むしろ、円に上昇圧力をかける可能性がある」と。
理屈はこうです。積極財政で供給力・生産性・イノベーションを鍛える→日本への投資と円建て資産への投資が増える→円の需要が自然に高まる→だから円高になる。財政運営も「持続可能性を非常に重視しており、拡張的ではない」と反論。おまけに、骨太方針が金利上昇と円安の元凶だという見方には「単純化し過ぎている」と苦言まで呈した。
……あなた、この半年の値動きを見ました? ww
教科書的には、間違ってはいない。財政拡張→成長期待→投資増→円高、という筋はちゃんとある。城内さんの言い分も、紙の上では筋が通っている。だが、市場はその筋を1ミリも買っていなかった。この半年、円建て資産に殺到するどころか、円は40年ぶりの安値まで売られ、協調介入まで飛び出した。だから滑った。「理屈」と「信認」は別物。ここが今日の記事の急所です。
紙の上の理屈は、さっき認めた。認めたうえで、どうしても言わせてほしい。
「円安が継続するとは考えていない」。……あの、あなたが経財相に就いた去年10月から、円はどっちに動きました?ずーっと円安。40年ぶりの安値。挙句に15年ぶりの協調介入。予言が半年以上ハズレ続けている人が、まだ「これから円高」と言い張る。その胆力だけは尊敬します。でも、市場は胆力では動かないんですよ。
骨太方針から「財政健全化」の四文字を消したの、あなた方ですよね。健全化の看板を自分で下ろしておいて「拡張的ではない」は、さすがに無理がある。看板を外すという行為そのものが、いちばん雄弁な”拡張宣言”なんです。市場はそう読んだ。だから長期金利が30年ぶりの高さまで飛んだ。あなたの言葉じゃなく、あなた方の行動を見て、です。
減税5兆円は歳出・基金・租税特別措置の見直しで捻出できる、国債には頼らない、と。けっこう。じゃあその中身、数字で出してください。 市場が疑っているのは、まさにそこ。「難しくない」と口で言うのはタダ。裏付けの数字が一向に出てこないから、円が売られてるんです。順番が逆なの。
市場は海外金利や需給など複雑な要因を織り込んでいる——おっしゃる通り。で、その複雑な要因を全部足し合わせた答えが、いまの円安なんですよ。「投資が増えて円高」という一本道の楽観こそ、この局面でいちばん単純化された物語じゃないですか。
そしてトドメ。その骨太方針、取りまとめた張本人、あなたですよね。 火をつけた本人が「これは燃え広がりません」と言っている。信じろという方が無理でしょ。ww
……最後に一つだけ、意地悪じゃなく本気で。「供給力を鍛えれば円高」は、実は正しい。だったら順番が逆なんです。バラマキの前に、生産性を上げる規制改革が先。そっちは”敵”がいて骨が折れるから手を付けないだけ。円高にしたいなら、いちばん嫌な仕事から始めてください。
原因を7つ挙げると「多いな」で終わるので、性格の違う3つの層に仕分けします。
① 日米金利差(キャリー取引)
安い円を借りて、高い金利のドルで運用する。差額が儲かるから、みんな円を売ってドルを買う。為替の教科書の一丁目一番地。
② 日銀の利上げ不足
日銀は政策金利を1.0%まで上げた(7月末は据え置き)。約30年ぶりの高さ、とはいえ、アメリカの金利にはまだ全然届かない。「利上げした」けど「差を埋めた」わけではない。だから円売りは止まらない。
③ 投機的な円売り
ドル円市場の売買の9割超はプロ。彼らは英語のニュースを一瞬で織り込む。「日本は財政も金融も円安方向」と読めば、迷わず円を売る。円安が円安を呼ぶ、自己実現の回路です。
この第1層だけなら、「日米の金利差が縮めば戻る」で説明できた。問題は、縮んでも戻らなかったこと。だから次の層が効いている、と考えるしかない。
ここが本丸。日本はもう、昔の日本じゃない。
④ お金が海外へ出ていく国になった
新NISAで家計は外国株を買う。企業は海外に工場を建て、海外企業をM&Aする(これは戻ってこない一方通行の円売り)。さらに近年は「デジタル赤字」——クラウド・広告・サブスクの利用料を、毎月せっせとドルで払っている。全部、円を売ってドルを買う動き。
⑤ 海外で稼いでも、円に戻さない
「日本は貿易黒字で円が買われる国」——これ、もう昔の話。いまの黒字の主役は所得収支、つまり海外投資からの稼ぎ。ところがその稼ぎの多くは、海外で再投資されるか、ドルのまま置かれる。帳簿は黒字でも、実際の円買いは起きない。だから「経常黒字なのに円安」という、直感に反することが起きる。
⑥ エネルギーと原材料のドル買い
石油もLNGも、輸入するには円を売ってドルで払う。中東がキナ臭くなって原油が上がれば、それだけ余計にドルが要る。構造的な、逃げられない円売りです。
③(再掲)積極財政・国債増発への警戒
※①〜⑥とは性格が違うので、あえて独立させます。
ここでひとつ、大事な区別を。同じ「金利上昇」でも、意味が真逆になる。
- 良い金利上昇=成長期待で上がる → 円高要因
- 悪い金利上昇=「この国、財政大丈夫?」の不安で上がる(=リスクの上乗せ分) → 円安要因
いまの日本の長期金利の上がり方は、市場から見て後者に見えている。だから城内さんの「財政拡張で円高」は滑った。市場は「良い上昇」だと思っていないからです。教科書が想定する経路が、そもそも作動していない。
ちなみに過去30年、インフレで積極財政で成功した国はゼロ。一国たりとも成功していない。デフレの時のアベノミクスには一定の成功が望めたが、インフレで同じ事は成功する可能性がゼロなんです。アベノミクスの生みの親、リフレ派の本家本元の経済学者で米エール大学名誉教授の浜田宏一氏も、今の積極投資は完全に間違っていると仰っています。つまりサナエミクスは素人の妄想なんです。

まとめると、こう。
①②③(循環)+④⑤⑥(構造)+③(財政)が、
全部いっぺんに円を売っている
昔は①②(金利差)が主役で、「差が縮めば戻る」で済んだ。いまは、④⑤⑥という構造の土台の上に、③の財政不安が乗っかった。だから金利差が縮んでも戻らないし、閣僚が「財政で円高」と言っても誰も信じない。
円安は、円の実力の話であると同時に、この国の政策への信頼の話になった。わたしがいちばん言いたいのは、ここです。
煽るだけだと嘘になるので、反対側も。
- GPIFの資金回帰:年金基金が海外資産を減らして国内に戻せば、大きな円買いになる。ただし配分見直しの本番は先の話で、すぐには効かない。また法律の改正が必要。年金の運用額が減る可能性があるのにそれを国会で通せるのか?
- 為替介入:やれば効く。が、水準を反転させる力はなく、値動きをならす「時間稼ぎ」まで。7月末がまさにそれ。
- ポジションの偏り:投機の円売りが積み上がりすぎると、何かのきっかけで一気に巻き戻す(急な円高)リスクがある。
- 米金利の低下:アメリカが利下げに向かえば、①の金利差が縮んで円安圧力は和らぐ。
要は、構造(第2層)を反転させない限り、円高は「一時的な戻し」にとどまりやすい。ここだけは冷静に。
ここまで7つの力の話をしてきたけど、わたしがいま本当に心配しているのは、もっと生々しい話。内閣の中に、為替をめぐる深い溝がある、ということです。
片方に、円安上等の高市さん。積極財政で行く、多少円が安かろうが成長すればいい、という立場。城内さんの「積極財政で円高」発言も、その路線を守るための援護射撃でしょう。
もう片方に、円安は止めたい片山財務相。6月末に162円を突破したときも、修正だ介入だと火消しに走ったのは片山さんだった。ここが大事なんだけど、為替介入の権限も実務も、日銀じゃなくて財務省=財務相が握っている。つまり、いまの日本で円安に正面からブレーキを踏める人は、事実上ひとりしかいない。片山さつき、その人です。
(ちなみに小ネタ。その片山さん、2005年の郵政選挙では”刺客”として城内さんを落選させた張本人ですww いま「積極財政で円高」と旗を振る城内と、円安を止めたい片山。同じ内閣に、因縁の二人が、真逆を向いて座っている。コントかよ)
ところが、その足元がきな臭い。報道ベースだけど、財務省内で「片山交代」の噂が出ている(毎日新聞・財務省OB筋、9月人事、後任に小野寺税調会長の名前も)。噂の信ぴょう性はまだ何とも言えないし、後任が誰でどんな立場かも読み切れない。
でも、たしかなことがひとつある。減税に消極的とされた財務省のエース級幹部が、事実上の左遷で飛ばされた(女性自身、8/7付の財務省幹部人事)。高市さんの「財務省への不信」が、人事という実力行使で表に出てきた。この”向き”だけは、はっきりしている。
……ここでわたしが言いたいのは、こういうこと。
もし片山さんが外されて、高市さんの積極財政に逆らわない財務相に代わったら、どうなるか。 唯一のブレーキ役が、ブレーキを踏まない人に代わる、ということです。介入は及び腰になり、財政規律の建前すら消える。そうなったら、この記事で挙げた7つの力を、止める人がいなくなる。
円安の本当のリスクは、金利差でもエネルギー価格でもないのかもしれない。「止めたい人」が、政権の中で負けること。わたしがいちばん怖いのは、そこです。
(※片山交代も後任人事も、いまはすべて報道ベースの観測で、公式に決まった話じゃありません。そこは冷静に見ておきます)
こういう「ニュースの裏側で何が起きてるか」を、もっと踏み込んで・リアルタイムで議論しているのがオンラインサロン(月8,000円)です。相場や政策の”次の一手”を、一緒に読み解きましょう。
個別の経営・投資・事業の相談は、ブレスト(2時間6万円)でどうぞ。あなたの状況に合わせて、具体的なところまで詰めます。
編集部より:この記事は永江一石氏のブログ「More Access,More Fun!」2026年8月13の記事より転載させていただきました。







コメント