人手不足という思考停止:働く人は増えているのになぜ生産性は上がらないのか

減っているのは、本当に人手なのか?

中央最低賃金審議会は7月28日、2026年度の目安を全国加重平均1176円、55円の引き上げと答申しました。その翌日、総務省の集計で、日本人の人口が1年間で91万人あまり減り、減少幅も減少率も過去最大を更新したことがわかりました。賃金は上がり、人は減る。この二つが並ぶと、決まって同じ結論が出ます。人口が減っているのだから仕方がない。

ただ、事実は違います。総務省の労働力調査では、2026年6月の就業者数は6890万人。前年同月より17万人増え、5か月連続の増加です。人口は減っていますが、働いている人の数はむしろ増えているのです。

人がいない、と言われます。どういう方が必要ですかと聞き返すと、答えはたいてい一つに収まりません。現場の実務を最後まで持っていける人。それから、任せて全体を見られる人。二つが続けて出てきます。ただ、話しているご本人に、二つを言ったつもりはありません。

この二つは、育ち方が違います。実務のほうは、仕事そのものが教えてくれます。もう一方はそうはいきません。任せて、見て、判断が外れて、また任せる。その往復を何年か重ねるほかに道はないのですが、多くの会社で、その往復をする時間は誰にも与えられていません。手が空いたらやるもの、実務の合間にやるものとして置かれているからです。

育てていないものは、社内から出てきません。だから外に探しに行き、市場にもいないことを知ります。そこにようやく、人口が減っているからだという説明が置かれます。私が現場で見ているのは、この順番です。

減っているのは人手ではありません。減っているのは、一人が生み出す価値のほうです。日本生産性本部の集計では、2024年の日本の時間当たり労働生産性は60.1ドルで、OECD加盟38カ国中28位です。働く人は増えているのに、一人当たりが生む価値は伸びていない。人口減少のせいにできる数字ではありません。

生産性は、分母を削って上げるものではない

それでも生産性の話は、ほとんどが同じ方向を向いています。省力化、自動化、時短、DX。すべて投入量を減らす話です。分母を小さくすれば、数字は確かに上がります。ただ、人が減り続ける局面で分母を削り続ける戦い方に、終わりはありません。

しかも分母と分子は、別々には動きません。作業が増えるとき、先に削られるのは考える時間であり、やり方を組み直す時間であり、お客様のところへ足を運ぶ時間です。目の前の作業には期限がありますが、新しい価値を生む仕事に期限はないからです。実務も管理も一人に負わせている会社では、これが全員に同時に起きています。

削ること自体が誤りなのではありません。誤りは、空いた時間の行き先を先に決めないことです。決めなければ、空いた時間は翌週には別の作業で埋まります。10月から効いてくる賃上げの原資も、削った経費ではなく、生み出した価値からしか出てきません。

ドラッカーは、肉体労働の生産性は「いかに行うか」を問うことで飛躍的に上がったが、知識労働の生産性は「何をなすべきか」を問うところからしか始まらないと書いています(『プロフェッショナルの条件』)。日本の生産性論議は、いまだに前者の問いで回っているように見えます。

私は入った会社で、全員に同じことを聞きます。あなたの仕事のうち、お客様に届く成果に直結しているのはどれですか。ある製造業では、十数人から十数通りの答えが返ってきました。全員が忙しく、それでも一人当たりが生む価値は5年間ほとんど動いていませんでした。

そこで取りかかったのは、増やすことではなく決めることでした。何を成果と呼ぶかを定め、そこに直結しない業務をやめる。任せる仕事と自分で回す仕事を分ける。空いた時間の使い道を先に決める。人も設備も増やさないまま、1年後に数字は動きました。

決めたことが現場で本当に止まり、空いた時間が新しい仕事に向かうところまで届いて、はじめて数字になります。そこまで動く力を、私は組織の力(ケイパビリティ)と呼んでいます。2026年版の中小企業白書は、大企業と遜色のない労働生産性を持つ中小企業が現に存在すると指摘しています。同じ人口減少、同じ人手不足のなかで、差はついているのです。

人口が減ることは、もう決まっています。決まっていないのは、その前提のもとで自分の会社が何をなすべきかを、経営者が問い直すかどうかだけです。

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